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リナ、○○と出会う

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 次の日からは、旅らしい旅が始まった。
 竜にかかれば一日のうちに暮れの川まで辿り着くという旅程を、一行は馬で辿ることになった。
 ゾーイは物資の調達役を一手に担った。
 彼は一行のムードメーカーとなって、一気に旅は和気藹々としたものになった。
 不思議に場の中心はリナになることが多い。
 ゾーイはリナを「フロリナねーさん!」と呼んで慕ってくれるようになった。リーナスとはもとからほんわかした空気を分かち合い、ドラコスはまるでいとこのかっこいいお兄さん。オーランド王子はあくまでも王子で、そこにいるだけで眩しい。皆がリナに優しい。
 けれど、旅が進むに連れて、リナのもやもやは高まっていく。

(これが、逆ハーってことなのかなぁ……)

 リナはぼんやりと馬に揺られながら思う。
 荷物と人を乗せた馬が列を作る。リナは荷物を積まない馬に、サクヤと同乗していた。
 リナが彼らの輪に入っているのに比べ、サクヤは距離を置いているようにも思う。

(ほんとは、『聖女』が逆ハーするところなんじゃないかなぁ……。異世界トリップだよ)

 馬を駆るサクヤの横顔は、無駄なところのひとつもなくくっきりと彫り出された、神話の美少年みたいだ。

(ん? でも、異世界トリップって、何にもわかんないのに、聖女とかまつりあげられて……? でも、サクヤって、全部知ってるよね)

 リナが異世界転生の自覚をしてから、折に触れ考えるのは、『情報量の差異』だった。
 リナは、古居 莉名のした設定と、フロリナとしての記憶を情報として持っている。
 他のメンバーは、彼らが生きてきたなりの、この世界での情報。

(サクヤは、古居 莉名も、メンバーも知らないことを全部知っている……?)

「ほら、ぼんやりしていると落っこちるわよ、リナ。もうすぐ今日のキャンプ地」

 サクヤが手綱をぴんと張り直す。リナはサクヤの腕の間で、背筋を伸ばした。
 馬に揺られ続けているのは、結構きつい。特にお尻が。

「キャンプ地ったって、水道も何もないのに!」

 いざとなれば竜を幻獣を呼び出し一息に夕べの国まで向かうこともやむなしとする彼らであったが、なぜ魔王軍が侵攻を始めたのかもわからない状態で攻め込むのはリスキーだ。魔王の正体も明らかでは無い
 中の国で魔王軍の動向を探りながら、また、魔王軍に聖女達の存在を知られないように身分を隠しての旅。従って、此岸の街を出て以来、ずっと天幕で野営している。神馬とリーナスが呼んだ馬たちは、並の馬の三倍を駆ける。それでも旅のしおりのない旅。終わりの無い修学旅行である。

(全然、始まったばかりなんだろうけど……)

 リナの腕の中で、竜の幼生が「きゅ、きゅきゅー!」と鳴く。リナにはきゅーちゃんが「そうだ、そうだ、リナの言うとおりだ!」と言っているように聞こえた。

「問題ないでしょ。何のために神官とか勇者とか連れてんのよ」

「生活を便利にするためじゃないでしょーが。……そりゃ便利だけどさ。火とかゾーイがパって出してくれて、ドラコスがどんってかまど作ってくれて、汚れた身体はリーナスが浄化の力できれいにしてくれて、学校の飯ごう炊さん合宿よりよっぽど快適だよ!」

「バカ。今のうちに旅を楽しみなさいよ。朝の国とは中の国は違うでしょ。景色も、緑がたくさんで」

「うん……」

 朝の国は温泉が湧いても、切り立った岩山と砂漠の国である。リナが住んでいた木こり小屋は森の中だが、植生そのものが違う。
 葉のとげとげしい高い木と下草ばかりの森しか知らなかったリナにとって、丸い葉が生い茂る豊かな森は新鮮だった。肥沃な大地はそこここに草原や林をなし、丘陵が連なる。街は避けて通ったせいもあって、中の国の力強い広大な風景は、リナを圧倒した。
 この中の国が蝕まれているのだろうか。

(魔王とか……なんか、困る)

 草原から森に入る。生い茂る木々の根を馬たちは軽やかに避けて進む
 サクヤとリナは先頭に。しんがりはドラコスが務めていた。

 見せつけられる不思議の力、かつて無い雄大な自然、『剣と冒険のファンタジー』とサクヤに宣言された世界。リナは確かにこの世界の一員なのに、蘇った記憶がリナを不安にする。
 リナが魔王にした設定は――。

「……そんな風に、わがままを言うと、おしおきハイドアンドシークしなきゃね」

「えっ、サクヤなんて言ったの?」

「なーんにも! ふふ」

 サクヤは仇めいた笑いをリナに見せると、彼にして珍しく弾んだ声を上げた。

「ほら、見なさいリナ! これが還らずの森よ」

「な、なにこれ? ラピュタ……?」

 森を抜け、緑なす大地に現れたのは崖である。崖の向こう岸は雲に包まれている。――雲では無い、水煙だ!
 大地の真ん中に、島が浮いている。
 空中にぽっかりと浮かぶ島からは、細く滝が幾つも流れ出ている。
 大地を抉るようにしてできた崖の中心に、その島は浮かんでいた。
 島は濃い緑に覆われている。その緑から天に真っ直ぐと、薄緑の光が伸びている。

「バカ。あれが世界樹。あの向こうに行った人は、誰も帰ってこない、エルフの国よ」

「エルフ……。ほ、本当に、いるの」

「あら、やっぱり、リナ興味あるの? やっぱり? 自分と同族には会ってみたいわよね? しょうがないねぇ、皆にはリナが無理を押して自分と同じエルフに会いに言ったって伝えて置くから」

「……ん? サクヤ!? ちょっと何か企んでない!?」

「企んでない企んでない。――いつも、アンタを愛してる」

「また、嘘ばっか……」

 頭を捻って後ろを向かされる。しなを作ってみせるサクヤの女性的な仕草のままに、力強さだけは見た目を裏切って、リナを縛る。
 唇は優しく重なって、リナの吐息を塞いだ。サクヤの舌は慣れた動きで、リナの口の中をまさぐって、欲しいものを奪っていった。

「……世界樹よ、愛(めぐ)し子はここにあり、汝れの賜いし時により、朝な夕なを別れしが、いま帰り来たり。
 受け取りませ。ひとときの逢瀬、吾は世界樹を言祝ぐもの、祈らせまし、そして還らせまし、屹度、乙女を吾がもとへ!」

 一息にサクヤが唱える。リナの身体が光に包まれる。プリズムに分散された虹色の光。

「サクヤ!」

「リナ、行ってこい。おしおきハイドアンドシークの始まりだ」



 リナが目を開けると、そこは深い、深い森の中だった。
 木々の葉は、水晶のように透き通っている。あまりに薄い葉がたくさん重なっているので、緑が深くなる。
 影を持たない葉は、重なるごとにひたひたと緑を満たしていく。

「……ここ……どこ……?」

 リナは下草のしとねを起き上がる。下草はちっともちくちくするところもなく、彼女の身体を上等の絹よりも優しく受け止めていた。
 立ち上がってあたりを見回す。輝く緑の向こうに、白っぽい塔が天に向かって伸びている。
 塔では無い、あれは幹だ。

「行ってこいって、バカサクヤ……まさか、ここ、還らずの森の中ってこと?」

 なるほど、リナの親しんだ森とはまるで違う。この森は、全てが生きている。枯葉のひとつ、枯れ枝のひとつも落ちていない。
 常(とことわ)の森。
 さらさらと水の音はきっと滝から水が崖を流れ落ちる音。

「だ、誰か-! 誰か、いませんか! ……サクヤ! オーランド王子!」

 返事は無い。
 リナはぶるりと身体を震わせた。この森は美しいが、虫も、鳥も、生きて動く同胞の姿がひとつもない。

 リナはとぼとぼと歩き出し、すぐに立ち止まった。

「誰かぁ……はぁ……。パパ、ママ……」

 リナは一人に慣れていない。古居 莉名は、甘ったれで、会社勤めをして、一人暮らしを始めても、しょっちゅう実家に帰ったり電話をしたり。
 フロリナは父母に可愛がられて育った。古居 莉名よりは短い人生、ひとりで過ごしたことは殆ど無い。

「お父さん、お母さん、お兄ちゃん……」

 旅の仲間がいないのをいいことに、普段は口にできない家族を呼んでみる。
 そうすると、じわりと寂しさが胸にこみ上げて、リナは瞳を潤ませた。 すぐにその場にしゃがみ込む。サクヤが整えてくれたエルフっぽい服の前衣に顔を埋める。
 柔らかに頬を撫でた、温かい手。

「……ママ……。……お母さん……」

 返事は無い。無いとわかっているから、呼んでしまう。
 旅は楽しい。イケメン達に囲まれて、わいわいがやがや。たき火を囲んで、誰かが歌う。リーナスが持参した竪琴、オーランド王子は笛を持っていた。手慰みに演奏するのだという、彼らの演奏は素晴らしかった。流浪の民を祖とする彼らは歌舞音曲に通じていた。
 ドラコスが低く艶のある美声を披露し、ゾーイが踊る。コミカルだったり、シリアスだったり。ゾーイの躍りはショー仕込みだ。
 ゾーイとドラコスが街にこっそり寄って仕入れてきた菓子を食べることもあった。魚を捕ったり、果物をもいだり。
 彼らは、魔王軍についてはリナにあまり語らなかった。リナの気配があると、話を止めてしまう。
 大切にされている。力を与えるエルフというだけでなく、彼らは『リナ』に優しかった。
 けれど、広く澄み渡った空は、リナを不安にする。

 ぽん、とリナの頭に誰かの手が置かれる。
 リナははっと顔を上げた。

「サク……!? ……誰……?」

 そこにいたのは、黒い髪と黒い目、尖った耳をしたきりりと美しい若者だった。
 黒い長衣を着て、上から下まで真っ黒だ。

「……りな……」

 若者は黄金律の唇で、リナを呼ぶと、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「えっ!? ちょ、何泣いて……」

「りな……!」

 万感胸に迫ると言った様子で、若者は緑の絨毯の上に膝を突き、リナに抱きついた。

「わあああっ! ま、待て! どうどう!」

「りな……」

 若者は銀の砂山のように繊細な鼻を、リナの首元に押し込んで、匂いを嗅ぐようにする。
 それが犬のようで、リナは必死に若者の身体を押した。

「ま、まてぇい! 待たれよ!」

「……りな……?」

 若者は黒い瞳からぽろぽろとダイヤモンドの粒のような涙を零しながら、リナをじっと見返す。

(うっ……昔のコマーシャルでこういう……チワワが見てくるやつ……)

「だ、抱きつくのは、ちょっと、かなって」

「りな……」

 若者は至極頭脳明晰そうな顔なのに、顔で判断できるものでも無いが、先程から『りな』しか言わない。
 自分が不安でも、輪に掛けて頼りない人がいると、大体がんばっちゃうリナである。

「……手ならいいよ。あたしも、今はひとりぼっちで寂しいから、手、つなご」

 リナが手を差し出すと、若者は首を傾けてから、おずおずと自分の手を重ねてきた。
 まるで迷子の小学生みたいだ。
 リナは自然と笑顔になって、
「あたし、リナだよ。あなたの名前は?」
と聴いた。

 若者は悲しげにふるふると首を振った。「……りな」

「それはあたし、あたし、リナ! リナ! リナだよ!」

 リナは自分を指さしながら自分の名前を繰り返す。それからその指で若者を指さした。
 すると若者はしばらく考え込んでから、小さく言った。

「アル」

「アル! アルだね、わかったよ。アルと、リナ、だね。
 あれ、何であたしの名前知ってるの? んー、ま、いっか。
 とりあえず、誰か道がわかる人……エルフかな? きっと、あなたもエルフだよね。探しに行こうか」

 若者は素直にこっくりと頷いた。リナよりも随分背も高く、スタイルも多分いい。黒い長衣はずるずるしよくわからないけど。
 手を繋いだリナに大人しく引っ張られるアルの頬からはまだ涙がぽろりぽろりとこぼれ散る。
 それが袖をくすぐっていく若葉の上に跳ねると、銀の鈴を鳴らすに似た音が響いた。

 さて、この二人連れを真緑の葉陰から見守る姿との邂逅が、つぎの更新となる。
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