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28、激戦!

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「ふざけるんじゃあッ、ないよォッ‼」
 甘くなりかかった空気を、シアンの怒号が引き裂いた。
 体表を覆う青い鱗に、ビッシリと無数の血管が浮き上がっている。やべえ、完全にキレた時のサインだ。
 あまりに激昂し暴走モードに入ったら、もう説得なんかじゃコイツは止まらない。小さい頃から度々大喧嘩してきたオレにはわかる。
「小娘ェッ~~ッ! お前さえ! お前さえいなければァッ‼」
「落ち着け、シアンッ! 無用な殺生はするなと……」
「黙りなッ! 元はと言えばあんたが……あんたがこんな星に来たのがいけないんじゃないか! ゴールディ、ノワルを眠らせるんだッ! 二度と私の邪魔ができないようにねッ!」
 黄金のロボットが方向を変えて、オレに向かって迫ってくる。
 おいおいシアンのヤツ! オレとまで闘う気かよッ!?
 深紅のヒロインに向かって跳びかかるシアンを、オレは阻止しようとした。マズイ、遊ばずに炎乃華を殺すつもりだ。マイティ・フレアの抹殺にどれだけシアンが本気なのか、ついさっき思い知ったばかりじゃないか。
 もうゼネットに炎のエネルギーは残っていない。今度マナゲージの炎が消されたら、オレが巨大ヒロインに仕立て上げた少女は本当に絶命してしまう。
 だが眼前に、金属の壁が立ちはだかる。宇宙ロボが左右の手を突き出した、と思ったら、指先が一斉に火を噴いた。
 飛び出した弾丸が、バチバチとオレの表皮に着弾する。顔にも胸にも、全身に。
 痛え。痛えじゃねーかッ、コイツ!
「あんたはずっと、そいつと遊んでなッ!」
 シアンの言葉が挑発であることくらい、オレにもわかってる。んなこたぁ、お見通しだってんだよ。要するにアレだ、邪魔なオレを従順なロボットで足止めしたいんだろ?
「クソがァッ! 最強のゼルネラ星人が……挑戦されて背けるかァッ――ッ!」
 わかってる。よくわかってるんだよ、こんな機械と遊んでいる場合じゃないのは。
 だけどな。ゼルネラ星人は宇宙最強の看板を背負っているんだ。ましてオレは〝総裁のノワル〟。ゼルネラ星人のなかでも最強なんだ。
 目の前に敵として現れたヤツは、倒さずにはいられない。
 それは半ば掟で、それ以上に本能だ。闘いを好むのはオレたちの習性。害虫が目の前を飛んでいたら殺したくなるだろう? 潰したくならないか?
 そして困ったことに……敵が強ければ強いほど、オレたちは喜悦する。
「感情を知らぬその脳でッ! 恐怖を味わえッ、黄金のロボットよ!」
 唇が吊り上がるのを抑えられないまま、オレは拳をゴールディのボディに叩き込んだ。
 打つ。打つ。打つ。
 ドラムの連打を奏でるように、左右の拳を特殊合金に打ち込む。楽しい。楽しいぞ、コイツ! これだけ殴っても壊れないとは、そこらの小惑星より頑丈だろコレ!
「フハッ、フハハハッ! いいぞ貴様ッ! 一撃で仕留められなかったのは何百年ぶりだろうなッ!?」
 本気を出して闘えることに、オレは笑いが止まらなくなった。
 だがそんな楽しんでいる余裕など、本当はなかったのだ。オレがゴールディと激突している間に、シアンはマイティ・フレアを始末しかけていたのだから。
「ぐぶぅっ!」
 呻きとともに血を吐きながら、炎乃華は大きく吹き飛んでいた。
 お腹を押さえてすぐに立ち上がる。だが、食い縛った歯の間から、赤い泡がボタボタと垂れ落ちた。びっしょりと汗で濡れた額や頬に、ツーサイドアップの黒髪が張り付いている。
「お前ごときがッ! 私の相手になると思っているのかいッ、瀕死の小娘がァッ!」
「ぐうぅっ! ……うぐっ!」
 赤の巨大ヒロインと青の異星人の闘いは一方的だった。
 復活を遂げたマイティ・フレアだが、すでにその白銀の肌はボロボロになっていた。シアンとの実力差を思えば、それも当然だろう。まだ立ち上がっていられるのが、信じられないほどだ。
「どう死にたい? このまま殴り潰すか、それとも再びマナゲージの炎を消されて悶え死ぬか!? 苦しむ方で殺してやるよッ!」
 水のムチとなった腕や脚が、次々に白銀と深紅の肢体に襲い掛かる。
 射程距離も長ければ、威力も強い。それがシアンの水の打撃だった。ガードを固めるだけで炎乃華は精一杯だ。背中や太ももにバチンッと破裂音が炸裂し、仰け反った瞬間、胸や腹部をしなる水ムチが打ち据える。
「あがあっ! ふぐぅっ、うううっ――っ! ……ぅああっ!」
「これでッ……! ゼンブ終わりだよッ! お前も、ノワルの遊びもねッ!」
 打撃の嵐を止めたシアンは、パカリと大きく口を開いた。
 トドメを刺す気だ。マイティ・フレアの炎とシアンの水は正反対の性質ゆえに、単純に力のある者が相手を制する。
 今の炎乃華の力では、あのシアンの鉄砲水の弩流を受け止めることはできないだろう。
「お母さんは……負けなかった!」
 ツーサイドアップの少女は、叫んでいた。
 右腕に灼熱の炎を纏わせている。シアンの水に対抗する気のようだ。
 無謀だ。真っ向から力勝負を挑むつもりか。だけど、水流のバズーカを防ぐには、炎乃華には他に手段がないのも事実だ。
「絶望的な状況であっても! 1対4の状況でも、お母さんは闘い続けた! 最後まで、負けなかったのよっ!」
 もうダメだ。オレが食い止めるしかない。
 完全にオレの意識は、炎乃華の闘いに向いていた。頑丈さが取り柄の宇宙ロボのことを、一瞬すっかり失念してしまった。
 ビュッと風を切って、ゴールディの右腕……巨大な注射器の先端が突き出されていた。
「ぐッ!?」
 ザクッ、と表皮を破る音が聞こえて、尖った針はオレの額に刺さっていた。
「今度こそ息絶えなッ、マイティ・フレア!」
 シアンの口から極太の水の帯が発射される。
 弩流のレーザーが一直線に、深紅のヒロインに殺到する。対する炎乃華も右腕を上げた。必殺のフレアブラスターの態勢へ。
 だが無理だ。フレアブラスターでは、シアンの水流を抑え切れない。純粋に威力で劣っているのだから。
 終わりだ。絶望的だ。オレが炎乃華の死を覚悟した時――。
「これがお母さんからっ! 授かった技よっ!」
 左腕。もう片方の腕にも炎を宿らせた炎乃華は、胸の前で両腕をクロスさせた。
「フレアファイヤーブラスターっ‼」
 威力2倍。
 フレアブラスターをふたつ重ね合わせた業火が、渦を巻いて撃ち出される。弩流のレーザーと真正面から激突する。
 凄まじい勢いで白煙が立ち昇る。
 炎と水の激突。シアンの最大威力の弩流に対し、マイティ・フレアの新たな技は拮抗している。力比べをするかのように、赤い渦と青い直線とが互いの間を押し合っている。
 アレか。炎乃華の部屋で見た、『マイティ・フラッシュ』の過去映像。彼女の母親は、今のマイティ・フレアと同じ格好で必殺光線を放っていた。
 ただ、憧れのヒロインを真似した、だけかもしれない。
 しかし結果的に、炎乃華は己の光線をレベルアップさせていた。
 母親から授かった、というのはウソじゃない。記憶も定かではない実の母親から、炎乃華は確かに形見の光線を受け取ったんだ。
 光梨さんが、マイティ・フラッシュが、炎乃華の危機を救ってくれた。
「邪魔をするんじゃないッ、貴様ァッ!」
 注射器から液体を注入される前に、オレは首と腹筋に力を込める。
 己の上体を、強引に折り曲げた。額に刺さった針目掛けて、頭突きするような格好。
 パキーーン、と乾いた音が響いて、針が途中から砕け折れた。
「殴り甲斐のある頑丈さだ。しかしそれだけで、このノワルを止められるかッ!」
 黄金ロボの頭部をオレは右手で鷲掴んだ。四角い電光掲示板が、慌てたようにビカビカと点滅する。
 どこまでやったら壊れるのか、試したいところだが……今はそんな余裕はない。
 マナゲージのひとつを開放して、オレは決着をつけることにした。
「圧のマナゲージ!」
 重力を一万倍に増幅させて、ゴールディの機体に作用させる。
 宇宙ロボだけに過剰な重さが加わった。これが圧のマナゲージの威力。今地球は、黄金の機械兵を一万倍の強さで引っ張っている。
 真上から圧し潰すように。掴んだ頭を、オレは鉛直下方に叩きつけた。
 金色の破片を撒き散らしながら、宇宙ロボはペチャンコにクラッシュして足元の大地に半ば埋まった。
 黒煙をあげる残骸は、もうオレの邪魔をすることはできないだろう。
「ウオオオっ! ウオオオォっ――っ‼」
 オレが宇宙ロボを始末する間にも、赤と青の激突は続いていた。
 炎乃華とシアン、どちらが咆哮しているのかわからなかった。いや恐らく、両者が力の限りに叫んでいる。
 徐々に水流が、紅蓮の炎を押し込み始めていた。無理もなかった。積み重なったダメージは明らかに炎乃華の方が重いのだから。
 助けるべきか!? 一瞬オレは、判断に迷う。炎乃華を死なせるわけにはいかないが、これはシアンとの決闘だ。この状態で横槍を入れるのは、ゼルネラ星人としてあまりに恥ずかしい行為。
 躊躇ううちに、決着の時は来た。
 シアンの射出する弩流のレーザーが、勢いをつけて炎乃華の胸のマナゲージへ迫っていく。
「うああっ! うああアアアっ――っ‼」
 クロスする両腕が、水流に押されて自身のマナゲージに密着する。
 それは偶然だったのか、あるいは炎乃華が考えていたことだったのか――。
「っ! フレアファイヤー……フレイムブラスタっ――っ‼」
 3つめの炎が、マナゲージから両腕へと送り込まれた。
「名付けて! 3Fブラスタぁっ――っ‼」
 渦巻く猛炎の威力が増大した。
 一気に弩流を押し返す。マイティ・フレアの炎が、シアンの水を上回った瞬間だった。
「なぁッ!? アアアッ……ギャアアアッ~~~ッ‼」
 灼熱の炎がシアンの顔面に着弾する。
 爆発の火花と轟音。そして熱波が、佇む炎乃華に叩きつけられる。呆然と立ち尽くしたまま、ツーサイドアップの美少女は大きく肩で息をしていた。なぜ自分が生きているのか、不思議そうに切れ長の瞳を見開いて。
 青い鱗の異星人が、ゆっくり大地に沈んでいく。
 シュウシュウと、白い煙が埋め尽くす採石場の地で。
 最後まで立っていたのは、白銀と深紅のヒロイン、マイティ・フレアだった。
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