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「第十一話 東京決死線 ~凶魔の右手~」

27章

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 弾丸となって明治神宮の上空を飛ぶ魔人を、紅の閃光となった超少女が追撃する。
 その速度は、もはや肉眼で視認できる範囲を遥かに越えてしまっている。
 神速に対抗しうるは神速。
 ダメージを感じさせぬメフェレス横薙ぎの一閃が、無防備に飛び込んできたナナの首元へ吸い込まれていく。
 
 ブオンンンッッ!!
 
 手応えなし。消えた?! 残像かッ!!
 赤銅に燃える少女戦士が、宙を舞う魔人の背後に現れる。
 
「捉えたッッ!!」

 猛る黄金の般若面。上をいったつもりのナナの、さらに上をいく快感。一瞬の世界に生きる剣客の目を舐めるな。誰もが見えぬ電光石火の女神の動きを、殺意に凝り固まった悪鬼のみが感じ得た。空振りに終わったはずの刀身が、そのまま勢いをつけて背中に回る。
 闇夜に響く、澄んだ音色――
 再び首に飛んできた青銅の凶刃を、ナナは左腕一本で受け切っていた。
 
「うおおおおおおおッッ――――ッッッ!!!!」

 ドドドドドドドゴゴゴゴゴゴゴンンンンンンンッッッ!!!!
 
 幾重にも積み重なった打撃の爆音は、落雷にも似た調べ。
 右ストレート。左フック。右ローキック。左ミドル。右のハイ。散弾のごとき無数の打撃が魔人の背中に一斉に叩き込まれたことを、眩い閃光の中に映る残像が教える。
 
 ブシュッッ!!・・・
 
 般若の口から噴き出す、深紅の血霧。
 カウンターとなった猛撃を背中に浴び、漆黒の靄に包まれた魔人が膝から大地に崩れ落ちていく。
 
「舐めるなァァァッッ、クズがァッッ!!!」

 倒れなかった。並のミュータントならばとっくに殲滅確実な猛打を受けて尚、復讐の魔人は逆襲してきた。
 瞬く間もなく回転する。振り返りざま、美少女戦士への一撃。完全に虚を突いたはずの斬撃は、身を沈めたナナには届かなかった。
 奸計を凌駕する、たぎる天使の運動神経。
 魔人の攻撃は、確かにナナの不意を突いていた。だが、それでいながら、爆発的パワーとスピードを得た守護天使は凶刃をその運動能力のみで避けたのだ。
 ガクンと魔人が膝から崩れる。
 内側に叩き込まれたナナのローキックがその原因であると悟るには、時間がもう数瞬必要であった。
 
「食らえッ・・・」

 決意に輝く青い瞳は、メフェレスの懐の内にいた。
 バカな。こいつ、このオレを凌駕するなどと。クズ。有り得ぬ。単細胞な能無しのはずなのに。負けるのか。殺す。ファントムガールは全滅。なんて強さ。クズのくせに。なんだその瞳は。さっさと殺しておけば。クソが。一緒か。有り得ぬ。バカなバカなバカな。ファントムガール殺す。一緒なのか。オレは王だ。こいつ『あの男』と。有り得ぬ有り得ぬ! 『あの男』と、『あの男』と一緒なのかッ?!!
 
 グシャリッッッ!!!
 
 青い拳が般若面の顎を砕く。
 ナナ渾身のアッパーブローは、天に舞う昇竜のごとき光の渦を生み出し、魔人の肉体を神宮の空に打ち上げる。 砕け散る、青銅の鎧。咽喉、鳩尾、股間に穿かれた拳跡が、アッパーと同時に放たれたブローの威力を物語る。
 
 地響きとともに、「神宮の森」に落下した闇の王は、ドロリとした吐血を黄金マスクの隙間から垂れ流すや、横臥したままピクリとも動かなくなった。
 
「こ・・・いつ・・・本当にバケモノかァ・・・??・・・」

 距離を置いて佇んだまま、一部始終を見ていたマヴェルの口から呟きが洩れる。
 いや、正確に言えば見てなどいなかった。見ることができなかった。
 ナナの動きもメフェレスの動きも、魔豹のサファイアの瞳には捉えることなどできなかった。白と黒の光が交錯するのがわかる程度。BD7を発動したナナに渡り合えたのは、メフェレスもまた尋常ならざる能力を持つからこそだ。
 しかし、そんな闇の王すら赤銅のナナには手も足もでなかった。
 無理だ。敵うわけがない。神崎ちゆりは己の力量をよくわきまえていた。単純な肉弾戦でナナに勝つ可能性は皆無。まともにぶつかるのは自殺行為のようなものだ。
 闘うのなら、今この状態。
 遠く離れた場所から、超音波のミサイルを浴びせてくれる。
 
 思い切り空気を吸い込んだ魔豹が、パカリと深紅の口腔を開ける。
 
 ドゴンンンッッッ!!!
 
 飛び込んできたナナの拳が、マヴェルの顔面に食い込む。
 ゴブリと溢れる鮮血。鼻と牙とを潰されながら、魔豹はなにが起きたかすらしばらく理解できなかった。まさに閃光。距離などまるで無意味。マヴェルが技を発動させる刹那に、ナナは長躯しての一撃を完成させたのだ。
 
「ブッ・・・ぶぷッッ・・・てッ、てめえェェ~~ッッ!!!」

 グラリと揺れる豹女が踏ん張る。顔を傷つけた許すまじき敵を見詰める。
 だが、サファイアの視線の先に、ショートカットの天使の姿はなかった。
 
 ドドドドドドドドドドドッッッ!!!!
 
 周囲に土埃が舞う。震動が起こる。倒れる森林が、マヴェルの周りを何者か巨大な存在が囲んでいることを示す。
 見えない。いるはずの、ナナの姿が見えない。ただ白光がバチバチと魔豹の周りで爆ぜている。
 聞こえてくるのは大地を蹴る音と、濁流のような鼓動。
 超速度で周囲を飛び回るファントムガール・ナナの姿を、マヴェルは残像ですら認めることができない。
 
「ちょッ、ちょっと待ってェェ――ッッ!! 許してェッ、マヴェルが勝てるわけ、ないじゃなァ~~い!!」

 突然銀毛の豹女は、その場で土下座をした。狂気に満ちた怒声が一転、甘ったるい声に変わっている。あからさますぎる変貌と擬態。いかに純粋とはいえ、さすがのナナも騙されそうにないあざとさ。だが、裏世界を生き延びてきた『闇豹』は臆面もなく、芝居と懇願を続ける。
 
「悪いのは全部メフェレスよォ~~、わかるでしょォ~?? お願いだから、命だけは取らないでェェ~~!」

「罪のない原宿のひとたちも・・・そうやって祈っていたのよ!!」

「あなたに勝てないのはよくわかったわァ~~。お願い、許してェェ~~! 嘘と思うなら、この眼を見てよォ~~!」

 土下座したまま顔を上げたマヴェルが、哀しげに歪んだ表情を閃光と化した女神に見せる。
 思わずその眼を覗き込んでしまったのは、純粋少女の避け得ぬ運命か。
 ビカッと発した猛烈な光が、ナナの視神経を針で刺されたかのような激痛で貫く。
 
「うぐうッッ?!」

 地を蹴る連続音が途絶えると同時、よろめく天使がマヴェルの眼前に出現する。両目を手で覆った少女。点滅する胸の水晶体。シュウシュウと蒸気が異常な量で立ち昇り、熱した銅のごとき赤色は薄くなってきている。ただ、ドクンッ! ドクンッ! という鼓動のみが、異様に大きく響き続ける。
 
「ようやく・・・無敵のスター状態もタ~イムオーバーってやつゥゥ~~?」

 足の銀毛についた土を払いながら、演技を終えた『闇豹』が立ち上がる。言葉通り、ナナの“ビート・ドライブ・レベル7”は終わりを告げようとしているのが明らかだった。これまでの戦闘で積み重なったダメージは、ナナとマヴェルとでは比べ物にならない。それでも嗅覚の鋭い悪の狂女は、あくまで慎重に徹した。
 
「バイバァ~~イ、子猫ちゃん♪ あんたと正面から遣り合うのはバカらしいわァ~~。顔の仕返しはいずれじっくりさせてもらうからねェェ~~・・・ゲラゲラゲラ♪」

 視界を取り戻したナナの前に、銀毛の魔豹はすでに姿を消していた。
 
“あたし・・・・・・勝った・・・・・・の?・・・・・・・・・”

 銀色の肢体を覆っていた灼熱の色が消えていく。ナナのグラマラスなボディは、元の銀と青色を取り戻す。
 シュウウウウウウッッ~~ッッ・・・
 沸騰していた血液と細胞とを知らしめるように、少女戦士の全身から猛然と蒸気が立ち昇る。焼けた鉄を水中に投げ入れたかのようだった。雲を生み出す勢いで、蒸気が明治神宮の空に昇っていく。
 ヴィーン、ヴィーン、と鳴り続けるエナジー・クリスタル。小刻みに震える青い指が、そっと生命の象徴に触れようとする。
 
「はぐうううッッ?!! ふきゅッ・・・ハヒュウッッ――ッッ!!」

 突然、左胸を掻き毟ったナナは、大地を転がり悶絶した。
 ビクビクと全身が痙攣する。窒息の苦しみに舌を出しながら泡を吹く。あらゆる細胞・血管・神経を引き裂かれていく激痛に、踊り狂いながら悶えのたうつ。呼吸器官や血管などの循環器系は極限にまで磨耗し、人智を度外視した動きは筋肉と神経を破壊した。『エデン』の力がなければ、廃人は免れない苦痛。己の心臓に、ソニック・シェイキングを撃ち込む荒技なのだ。わずかな時間とはいえ神の領域に届く力を得た代償は、やはり大きい。
 “ビート・ドライブ・レベル7”・・・ナナの言葉通り、自滅寸前のこの技は、成功しても尚、肉体負担の大きすぎる超絶技であった。
 
「はひゅうううッッ―――ッッ!! ハヒュウウウッッ――ッッ!! ぐう・・・んんんぐぐぐゥゥ・・・はあああッッ!!!・・あああッ~~ッッ・・・」

 仰向けに転がり反り返るナナの胸が大きく波打つ。呼吸がほとんど満足にできない。全身がバラバラになる寸前だ。ヴィーン、ヴィーンと弱々しく鳴るクリスタルの響きを聞きながら、あまりの苦しみにナナは変身解除することさえできなかった。
 
「無様な・・・クズが」

 地獄の底から這い登ってくるような、呪詛の声。
 深夜の「神宮の森」。闇夜に浮かぶ、青銅の甲冑姿と黄金のマスク。
 魔人メフェレス。
 まだ悪鬼は負けていなかった。猛撃の嵐を受け、尚その足で立ち上がっていた。恐るべしは復讐と殺意の念。命と引き換えに引き出したようなナナの必殺技を耐え凌げたのは、膨大な闇のパワーが防御力を高めていたからに他ならない。その力もまた、凄まじい。神と紛うような攻撃を受け切ったのは、まさに真の悪魔がゆえか。
 
「認めよう、“BD7”とやらの破壊力。だが力を受ける代償がその有様では、あまりに無様」

 立つ。立ち上がる、ファントムガール・ナナも。
 メフェレスに触発されるように、限界間近のナナも二本の足で立ち上がる。鳴り続けるエナジー・クリスタル。呼吸を求めて痙攣する肢体は、血と泥とで汚れきっている。互いに肉体は崩壊しかけているのに、どうしても相手を倒したい執念だけが、光の少女と闇の悪鬼を支えている。
 ナナの右手が高々と天に向かって突き上げられる。
 まさか・・・やるのか?
 もう一度やろうというのか、“BD7”を――!!
 
“ソニック・シェイキングができるのは・・・よくて2回が限度・・・だから“BD7”も2回までしか・・・でも・・・・・・こんな身体でやったら・・・”

 確実に、死ぬ。
 自分の身体は自分が一番よくわかる。あの衝撃に、二度も心臓が耐えられるとは思えない。
 たとえ耐えられたとしても、技の反動からくる後遺症で、恐らく今度こそ肉体は完全に崩壊する。
 死か。あるいは、よくて植物人間か。
 希望の欠片などない。でも、“BD7”を再度使えば、悪鬼メフェレスを闇に葬れることだけはまた確実――。

「構う・・・もんか・・・!! あたしの・・・命は・・・・・・こいつにッ!!」

 死を覚悟した一撃を放つべく、青き守護天使の肢体が再びリズミカルな跳躍を始めんとした瞬間であった。
 
「待て」

 ゾクリと戦慄するような冷たい響き。
 重く低い声は、しかし青銅の魔人から放たれたものではなかった。
 
「ファントムガールは・・・オレたちの獲物だ。あとは任せてもらうぞ」
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