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「第十話 桃子覚醒 ~怨念の呪縛~ 」

24章

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 巨大生物が出現し被害がでた後の街は、約数週間から数ヶ月の間、封鎖されるのが通例であった。
 当初は半年以上あった封鎖期間も、ミュータント出現の恒常化と早期の復旧作業が可能になったことに伴って、徐々に短縮されていった。それでも再度の襲来と安全の確保に備えて、ある程度の期間、一定区域は立ち入り禁止になる。

 つい2日前に魔人メフェレスが現れ、惨劇の場となった「たけのこ園」を含めた東区の一角に、いないはずの人影があった。
 己の小さな身体を抱きしめ、ズルズルと両脚を引き摺るようにして、ひとりの少女が無人のアスファルトを歩いている。
 女子大生やOLに人気の高い茶髪のストレートが、欠点ひとつない美貌の上に乗っている。モデル雑誌から飛び出てきたような美少女は、傍目からの外傷は見受けられないが、苦悶にも近いような疲弊が色濃い。白い頬を流れる汗は、照りつける夏の陽射しのせいだけとは思えなかった。白の半袖シャツに、赤いネクタイ。バーバリーちっくなクリーム色のフレアミニは藤村女学園の制服である。封鎖された無人の街に、フラつき歩く美貌の女子高生は、明らかな異彩を放っていた。
 少女の右手には女子高生必須アイテムの携帯電話が握られていた。防衛庁のトップレベルしか使用できない特別回線にも繋がるその携帯の液晶には、時間と場所を示す言葉、それに『決着』の文字が躍っている。約束の場所に向かって、少女は今、万全ではない肢体を必死に動かしているところであった。

 「わかってないな」

 突然降りかかった声に、カリスマモデルにもひけを取らぬ美少女はビクリと身を固くする。

 「里美も七菜江もあんたのこと、わかってそうで理解してないのよね。桜宮桃子は必ずここにやってくるって、思っていたわ」

 曲がり角の先から聞こえてくる声と気配。反射的に桃子は、瞬時に「チカラ」を発動できるよう集中力を高めていく。スニーカーの音を響かせながら、ゆっくりと声の主はその姿を現した。

 「ゆ、夕子ォッ?!」

 「どんな酷い目に遭っても、桜宮桃子は苦しみから逃げたりはしない。見た目からは想像もつかないほどの、優しくて強い少女よ。そうでしょ、桃子」

 赤いツインテールが八月の陽光に鮮やかに浮かぶ。時にクールと称される理系少女は、落ち着いた光を湛えた垂れがちな瞳で親友を見詰めた。

 「け、ケガはもういいのォ?! 大丈夫なの?」

 「・・・ったく、そんなことより自分の心配したら? 今のあんたの方がよっぽど重傷でしょうに」

 淡いグリーンのシャツに隠された腹部をそっと霧澤夕子は触る。巻かれたままの包帯の感触が、綿の生地越しに細い指に伝わってきた。

 「闘うつもりね? あいつと。その身体で」

 桜の花弁に似た唇を、ギュッと桃子は閉じた。コクリと頷く。その表情には、完膚なきまでに敗れ去り、焼け付く情欲に喘ぎ喚いた、無惨な性奴隷の影は無い。

 「あいつは・・・ヒトキだけは、あたしが倒す。どんだけむちゃくちゃにやられたって、ゼッタイに負けたりなんか、しないよ」

 「最初に確認しておくわ。手助けした方がいい? 手は出さない方がいい?」

 「夕子は・・・黙ってみててくれればいいよ」

 躊躇無く、アイドル少女は言い切った。

 「メフェレスは正々堂々と闘うようなヤツじゃないわ。『闇豹』もいれば、タコオヤジも、あのジュバクもいる。それでもひとりでいいって言うのね?」

 「うん」

 「勝てるの?」

 「・・・わかんない。ダメかもしんない。でも、勝てるから闘うわけじゃないよ。許せないから闘うの。恐いけど・・・死んじゃうかもしんないけど・・・あいつだけは許せないから、あたし、どうなっても闘うよ」

 毅然として言い放つ美貌の少女は、紛れもなく戦士であった。
 溜め息をひとつ、深く吐いたクールな少女は、茶髪の少女に歩み寄る。

 「できれば、嘘でもいいから『勝つ』って言って、私を安心させて欲しかったんだけどね」

 「あ・・・ごっめん・・・」

 「いいわ。あなたのそういう正直なところ、嫌いじゃないから。でも」

 赤髪の少女は、自分よりわずかに背の低い桃子の身体を、ギュッと抱きしめた。

 「本当に死んだりなんかしたら、許さないから。あんたみたいなカワイイ子、死んでいいわけがない」

 「・・・アリガト」

 そっとエスパー少女の腕も、夕子の身体を抱き返す。互いに心のどこかに開いていた穴が、なんだか塞がっていくような気がした。

 「思い切り闘ってきて。メフェレスには私も借りがあるけど、桃子に任せるわ」

 「うん。大丈夫、あたし頭よくないけど、勝算がゼロで闘うほどバカじゃないからさァ。純粋に超能力のパワーだったら、あのミイラの化け物よりあたしの方が上だと思うし、ヒトキにももう遠慮はしないから。この前は怒りのエネルギーが足りなかったんだと思う。怒っているはずなのに、憎いはずなのにどこかで遠慮してるから負けたんだと思う。何度も同じ失敗繰り返すけど、あれだけのことされたんだもん。もう情けはかけないよ」

 開きかけた夕子の唇から、台詞は出てこなかった。何かを言わんとする友の手を優しくほどき、くるりとエスパー天使は振り返る。

 「じゃあ・・・行ってくるね」

 走り去る美天使の背中を、サイボーグ少女は静かに見送るしかなかった。



 「どういうことか、説明してもらおうか?」

 『たけのこ園』の一室、レクレーションルームに鋭い男の声が流れる。
 背中を向けた闇豹・神崎ちゆりはマニキュアの手入れをしながらふぁと大きなアクビをついて、詰問する久慈仁紀に答えた。

 「なによ~、ウザイなぁ~~」

 「オレはあの女を殺せ、と命じたはずだ。トドメは私に任せろ、というから首を刎ねる楽しみを諦めたというのに・・・なぜ生かしておいた?」

 「ウサギちゃんなんていつでも殺れるでしょォ~。惨めな姿を里美とかに見せ付けてやったほうが、ずっとオモシロいじゃな~~い」

 血走った眼で今にも愛刀を取り出しそうな久慈に対し、裏世界を牛耳る女帝は茶化すようにのんびりと振舞う。少し離れた位置から小太りの中年教師が、そ知らぬ顔をしながらチラチラとふたりの様子を覗き見している。

 「バカが。ファントムガールどもを地獄に送ってこそ、このオレの屈辱は晴れるのだ! ヤツらを葬るチャンスをみすみす逃すとは・・・『闇豹』、まさか貴様、あのエスパーに情が湧いたのではないだろうな?!」

 「あはははは! そんなわけないでしょォ~~。カリカリしないでも、すぐにウサギちゃんは殺せるじゃな~い。わざわざあっちからやって来てくれるんだからさァ。今度こそあんたの手で始末してやったらァ~?」

 「・・・『闇豹』・・・貴様、またあの時と同じ目に遭いたいのか?」

 マスカラの濃い大きな眼が、わずかに細まる。
 濃密に漂い出した緊迫の空気に、知らず中年教師の足は数歩後退していた。

 「く、久慈くん。そろそろ桃子くんが現れる頃です。我々も約束の場所に向かわないと・・・」

 「・・・フン。まあいい。話の続きは死にぞこないのメスブタを処理してからだ。田所センセ、あんたは闇豹と一緒に五十嵐里美の邸宅に向かってくれ。なに、本気で闘うわけじゃない。邪魔が入らないよう足止めしてくれれば十分だ。今度こそ確実に、ファントムガール・サクラを抹殺せねばな」

 「そ、それは構いませんが・・・しかし、彼女ら全員の足止めをするのは難しいですぞ。時間を稼ぐにしても、それほど長くは・・・」

 「なに、構わんさ」

 背中に隠し持った日本刀を瞬時に右手に移した柳生剣の後継者は、神速のスピードで剣を振る。
 失った自信を取り戻しつつある男の一撃は、フローリングの床をパクリと切り裂いた。

 「オレとジュバクがいれば、サクラ抹殺に10分もいらん。民衆が見守るなかで、今度こそ正真正銘、処刑してくれるわ。いくぞ、ジュバク」

 レクレーション室の隣室で、黒い澱みのごとき空気がゾワリと蠢いた。
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