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「第十話 桃子覚醒 ~怨念の呪縛~ 」
15章
しおりを挟む「さて、どうトドメを刺してくれるか・・・新しい技の実験台にでもしてやるか」
銀色の肌はすっかり黒ずみ、鮮血と汚泥とに塗られて、仰向けのまま死んだように転がる守護少女。
弱々しく胸の水晶を点滅させ、瞳の青色すら薄くなった正義のアイドル少女に、青銅の悪魔が歪んだ笑みを見せる。
「サトミのマネだ。オレの憎悪、怒り、破壊欲・・・全てを凝縮した濃密な一撃で、その柔らかな肉を爆滅してくれよう」
くすんだ銀色の表皮から、黒煙を立ち昇らせるサクラ。トドメの瞬間を待つように、弛緩して動かぬ桃色の天使を見下ろしながら、魔人メフェレスが天高く右手を突き上げる。
オオオオオオオ・・・・・・
それは冥界をさ迷う亡者の雄叫びか。現世を漂流する怨念の悲鳴か。
耳を塞ぎたくなるおぞましい叫び。いや、その音はメフェレスの右手に掻き集められた、暗黒の波動が共鳴する音だった。ファントムガール・サトミの必殺技「ディサピアード・シャワー」が全身から集めた光を凝縮するのと同様、青銅の悪鬼もまた己に巣食う闇のエネルギーを集結させているのだ。負のエネルギーが高い者ほど、強力となる闇の技。単なる光線ですら、これまでに幾度も守護天使たちを苦しめてきたメフェレスが、その闇の力を一点に集中させる・・・恐るべき技の破壊力と、いかなる悲劇が聖なる戦士を待つかは容易に想像できた。
決して耐久力の高くはない、しかも度重なる暴虐でボロボロのサクラには、耐えようのない一撃。全てが終わる一発。
死刑執行のカウントダウンを楽しむように、いまやブラックホールのようになった右手の闇が、その濃度と質量をぐんぐんと増大させていく。
完全な、隙であった。
消えかけていたサクラの瞳が、カッと青く輝く。動けぬはずの身体が、ガバリと上半身を起こす。
待っていた。必ず訪れるであろう隙を。信じていた。いつか絶好の機会がくると。
「ブラスターッ!!」
爆発に包み込まれる、青銅の鎧。突如巻き起こった火花が、メフェレスの全身で弾ける。
超能力により、爆発それ自体を敵に引き起こすサクラの技、ブラスター。威力こそ低いものの、確実に命中し最速で決まるサイコの攻撃に、不意を突かれた魔人の右手から漆黒のブラックホールが靄となって消えていく。
「ぬううッッ?!! きッ、貴様ァァッッ、まだッッ・・・」
爆発のショックと巻き上がる噴煙が青銅の魔剣士から視界を奪っていた。通常ならば、柳生の血をひく暗殺剣の使い手は、視界不良のさなかでも獲物の気配を感じ取れたに違いない。
だが、いまのメフェレスを真に取り乱させているのは、半死人のはずの美戦士の反撃。不測の事態に青銅の肉体は隙だらけになっていた。
"や・・・やらな・・・きゃ・・・・・・ここで一気に・・・決めなきゃ・・・・・・"
「メテオッッ!!」
サクラの超能力が思い描いたのは、超高密度のボーリングの玉。大きさにしてふた回り、重さにして数十倍は重いボーリングの玉を、バズーカから発射させた勢いで、青銅の鎧に激突させる。先日、ウミガメの怪物を地中深く沈めた超重量の球体を、今度は弾丸として最大の敵に炸裂させたのだ。
ドゴオオオオオオッッッ!!!
重く、低い衝撃音。
サイコの硬球と青銅の鎧が激突する響き。魔人の不気味な肉体が、吐血を撒き散らして吹っ飛んでいく。
手応えは――あった。間違いなく、効いている、はず。
だがしかし。わかる、戦闘経験の乏しいサクラにも、わかる。柳生の後継者として幼少より鍛えられた久慈仁紀は、これしきでは倒れない。しなやかにして強靭な肉体は、この程度では致命傷たりえない。
決めねば。もう一撃、ありったけの力を込めて、決めねば。
千載一遇のチャンス。単純な戦闘力では遥かに上の敵。卑劣な手段を駆使し、さんざん苦しめられた悪魔の男。闘うことが決して得意とはいえない普通の女子高生・桜宮桃子にとって、勝てる機会など限られているとしか思えない、憎き宿敵。桃子の心を裏切り、弄び、道具として利用しようとした許せぬ男を、倒せるのは今しかない―――
残りわずかな体力。知ってるよ、あたしにできる攻撃は・・・せいぜいあと、一回。だったら、最大の技を使うしか、ない。
"デス"―――
ゆっくりと立ち上がったピンクの戦士が、己の右手を見詰める。遥か先、潰れた家屋を下敷きにして蠢くのは、超重量弾を食らってダメージに沈む悪魔。今なら、食らわせることができる。サクラ渾身の必殺技を、人類最大の敵に撃ち込むことができる。
"・・・・・・・・・くうッ・・・!・・・――――――"
銀色に輝く女神の美貌が、ギリと歯を噛む音をたてる。
次の瞬間、両手を突き出したエスパー戦士は、己に残ったありったけのサイコエネルギーを、重ねたふたつの掌に集中させ始めた。
「・・・ヒトキッ・・・あたしの全エネルギーを・・・チカラの全てをあなたにぶつけるッ! そしてあなたを倒してみせるッ!!」
キュイイイイイイ・・・ンンンン
サクラの持つ念動力をそのまま聖なる光線に昇華させた必殺技レインボー。傷だらけの少女は、全力を放出する一撃に、己の全てを賭ける。掌が虹色に輝きだす。
ようやく立ち上がりかけるメフェレス。この距離ならば、避けられまい。勝負。あたしの体力がもつか、あなたの身体が耐え切るか。罪もない人々を虐げるあなたを・・・夕子を血の海に沈めたあなたを・・・あたしの心を踏み躙ったあなたを・・・許すわけにはいかない。あたしはあなたを許さないッ!
「ヒトキッ! あなただけはッ・・・許しちゃいけないッ! あたしのこの手でッ! あたしの怒りでッ! ゼッタイ倒してみせるッ!!」
ドクンッッッ!!!
戦慄が、サクラの脳髄を駆け上がる。
いる。視界の隅に映る影。有り得ないはずの影。
ふたりしかいない死闘の舞台に、第三者が存在している。
可憐と美麗を併せ持った銀の美貌が、唐突に現れた3体目の巨大生物に向けられる。左斜め下。なんの前触れもなく現れた新たな巨人は、大地に直接胡坐をかいている。
超能力少女の心臓を、凍える手が鷲掴みにする。
なんという、恐ろしい姿。
いや、冷静に判断すれば、その姿は確かに不気味ではあったが、サクラがそこまで恐怖するほどのものではなかった。ミイラのような姿。深く、大きな眼窩が真っ黒な穴を開けた顔は、シャレコウベそのもの。濃緑のケープを身に纏い、顔以外はすっぽりと隠して微動だにせず地に坐す姿は、図鑑かなにかで見たことのある、即身成仏とかいう僧侶のミイラ、そのものであった。
16歳の乙女には確かにゾッとする外見ではあるが、幾多の怪物を見てきたサクラを怯えさせるのは、ただ見た目のせいだけではなさそうだった。得体の知れない怯えに襲われるほどのなにか・・・その何かを明らかにしないまま、新たな巨大生物は不気味なオーラを放っている。
「あッッ?!!」
気が付いたときには、時はすでに遅かった。
サクラの周囲を螺旋で囲むように、いくつもの緑に光る輪が、上から下までびっしりと浮かんでいる。
バシュバシュバシュバシュッ!!!
一瞬、だった。
必殺光線を放つ間もなく、サクラの全身、頭頂から足首にまで、緑の光輪が一気に縮まり銀の皮膚に食い込む。ギリギリと美少女の柔肉を締め付ける音。生ハムのように、ちまきのように、全身を一文字に束縛された桃色の天使。輪の間から少女の肉をはみ出させた美戦士が、輪切りにされそうな全身の鋭痛に、引き攣った悲鳴をあげる。
「くうううううッッ~~~ッッッ?!! ううああッッ・・・こ、これはァァッ??」
「ク、ククク・・・またしても、切り札が役にたったようだ・・・」
吊りあがった黄金の唇から流れる血を拭き取りながら、青銅の悪魔がゆっくりと緑の光輪に緊縛された桃色天使に近づいていく。余裕があった。まるでこうなることを予期していたように。いくらサクラが不屈の闘志で立ち上がろうと、絶対に勝つことはできないと知っていたかのように。
裁断されそうな苦痛のなかで、サクラ=桃子は「たけのこ園」のレクレーション室で味わった不可思議な力を思い出していた。あの、超能力と思しき見えない力。肉体を強制的に締め付ける謎の感覚は、まさしくこの光の輪と同じ。あのとき桃子の動きを阻止したのは、このミイラのごとき敵だったのだ。
「フフフ、動けまいサクラ? 超能力者の貴様を葬るため、このオレが用意した同じような能力を持つ切り札・・・その名も『ジュバク』」
即身仏を思わせる新たなミュータントは、無言のままサクラを捕らえた光輪の締め付けを強める。圧搾の苦痛に悲鳴を洩らすアイドル戦士。名前通りの技を操るこの敵は、超能力少女を抹殺するために生まれた敵なのか。
"くぅッ、苦しいィィィッ~~~ッッッ!!・・・・・・チ、チカラが・・・使えな・・・いィィ・・・・・・"
頭から足首まで、全身くまなく食い込んだ締め付けの苦痛が、念動力の発動を邪魔しているだけではない。光輪に宿った、悪意の念。サクラの超能力を封じ込めようとする、不気味なミイラの邪念が、桃色の天使を哀れな虜囚に変えているのだ。
「ハッハッハッハッ! 無駄だァ、サクラ! 疲れ切った貴様では、ジュバクには勝てん! やれ、ジュバク。サクラを、桜宮桃子を、思う存分に可愛がってやれ」
いくつも食い込んだ緑の光輪が、締め付けをさらにきつめながら、ギュルギュルと高速で回転する。
「くあああッッ・・・ああッッ・・・きゃあああああッッッ―――ッッッ!!!」
接点が少ない分、光輪の圧力は高い。しかも全身を無数に、締め付けられた肉が逃げ場がないほど緊縛されたうえでの圧搾は、まさしく細胞を丸ごと潰される激痛をサクラに与えた。
それだけではない、高速回転する輪はカッターのようなもの。摩擦により銀とピンクの皮膚が擦り切れ、滲み出した血が輪の回転によって飛び散る。肉を潰される圧痛と、皮膚を切り裂かれる鋭痛を同時に、全身に叩き込まれる拷問は、イマドキの美少女を容赦なく責め立てた。
「アアアアッッ・アアッッ・アアアッッ~~~ッッ!!! 痛いィィィッッ―――ッッッ!! 苦しいよォォォッッ~~~ッッ!! あたしッ、バラバラになっちゃうぅぅぅッッ~~~ッッッ!!!」
「バカめ、これからがジュバクの本領発揮だ。やれッ!」
緑の光輪が、回転しながら一斉に発光する。
数瞬の間を置いて、竜巻が天に向かって昇るように、回転する光輪の内部、つまりはサクラの身体から、光の帯が弩流となって天に一直線に放出される。
「きゃああああああああッッッ―――――――ッッッ!!!! ち、力がァァァッッ~~~ッッッ!!! 抜けていくぅぅッッ~~~ッッ!!! 吸い取られてくぅぅッッ―――ッッッ!!!」
「ハハハハハ! これぞ、ジュバクの真の技。生命を奪われていく気分はどうだ?」
緊縛の光輪はただ締め付けるだけではない。その獲物の生命力を、抜き去り放出してしまうのだ。
聖なる戦士であるファントムガール・サクラの、生命の象徴である光が大量に抜き出され放出されていく。これまでの闘いで激しく消耗してきた美戦士にとっては死に直結しかねない激しい苦痛。命そのものを奪われる悪魔の責めに、とうに勝機を失ったアイドル少女は、苦悶と絶望の叫びを轟かせ続ける。
ヴィーン・・・・・・ヴィーン・・・・・・
サクラの命が風前の灯であることを知らせるように、胸の水晶がかすかな点滅を繰り返す。
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