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「第十話 桃子覚醒 ~怨念の呪縛~ 」

8章

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 「久しぶりねェ~~、ウサギちゃん。まさかひとりでここに来るなんて」

 先程まで凶悪な人種に埋め尽くされていた地下クラブは、いまや2人の人影を残して静まり返っていた。低く唸る冷房の音。夏真っ盛りであることも忘れて肌寒く感じるのは、気のせいでもないらしい。
 豪華な豹柄のファージャケットに身を包んだ裏世界の女帝と、地域内ナンバー1といって差し支えないアイドル女子高生。あまりに対照的なふたりが薄暗い地下室で静かに対峙している。アンバランスでありながら、ふたりがいる光景は、意外なほど違和感を覚えさせなかった。
 巨大なサングラスが邪魔をして、「闇豹」神崎ちゆりの表情は窺い知ることはできなかった。
 ゴールドのルージュや青いマニキュアがケバケバしく彩る悪華と異なり、素材自体が完成品に近い桜宮桃子は、ほとんどメイクをしていない。ハート型のピアスとネックレスが目立つくらいで、あとはセンスは良くても簡素なファッションのミス藤村は、それでも輝くような華を不良の巣窟に振り撒いている。

 「久しぶり、だね。さっきはアリガト。おかげで助かったよ」

 「あんたのため、ってわけでもないよォ~。これ以上ちりの兵隊壊されたら、たまんないからサァ~」

 高いヒールを響かせて、豹柄の悪女が佇む美少女に歩み寄っていく。
 数ヶ月前、ふたりは久慈仁紀のもとで、同じ時間をともにした間柄だった。友達というのは躊躇われるが、確かに仲間といっていい関係。だが今は違う。御曹司の彼女であったエスパー少女は人類の平和を守る天使となり、本性を露わにした黒世界の女帝とは完全に敵対している。ファントムガール・サクラと豹柄のミュータント・マヴェル。互いの命を奪い、奪われる関係が今のふたりには横たわっているのだ。

 「なんでここに来たのォ~? まさか生きて帰れるなんて思ってないよねェ~」

 金髪の魔豹の右腕がスッとあがる。
 猛毒を塗られた青い爪が長く伸び、桃子の白い咽喉元に突きつけられる。ゴクリという生唾を飲む音だけが、暗いクラブに響いていく。
 ちゆりの言う台詞がハッタリではないことを誰よりも知るのは桃子自身だった。ここは「闇豹」の本拠地、悪の巣窟の中枢。仮にちゆりと闘い勝ったとしても、疲れ切った桃子が無事で済むわけがない。起こした現象と等価の体力を失うエスパー少女の念動力には、限界がある。もし「闇豹」の気が変わり、外で待つ配下の者たちに指令を下せば、恐らく桃子は何十人もの雑魚と引き換えに命を落とすことだろう。

 「そういやあんたの友達の機械女、メフェレスに刺されたんだってェ~? あははは、いいザマ♪ ちりにメチャメチャに壊されたくせに、ホント、懲りないメスブタぁ~・・・」

 ケラケラと笑う悪女の声が、急激に低くなる。

 「サイボーグ女の仇でも取りに来たぁ~? 桃子ォォ・・・あんたも霧澤夕子みたいにグチャグチャにしてやろうかァァァ・・・?」

 青い爪がグイと柔らかな咽喉に突き立てられる。
 透明な汗が白い頬をつたって落ちる。もう一度ゴクリと唾を飲み込んだイマドキの美少女は、よく通る愛らしい声で言った。

 「ちりに、お願いがあって来たの」

 「お願いィィ~??」

 サングラスの下で、明らかな動揺を派手なギャルは見せた。

 「桃子ォォ、あんたバカぁ~? あんたとちりは敵同士、殺し合いしてる仲なのよォ~。あんたのお願いなんて、聞くわけないでしょォがぁぁ~~!」

 「ううん、ちりはあたしのお願い、聞いてくれると思う。あたしはそう信じてるよ」

 「闇豹」の余った手が、綺麗な形で浮かび上がった桃子の右胸を鷲掴む。
 思わず歪む美貌に目もくれず、荒々しい手つきでちゆりは柔らかな肉の饅頭を揉み潰す。

 「うくッッ!! はアッッ?!」

 「信じてるだってェ?! これだからムカつくんだよォッ、甘ったるいお嬢ちゃんはァッ!! 信じた挙句に殺されたら、ザマあないねェェッ~~!!」
 
 千切り取れそうな勢いで、性戯に長けた掌が激しく美少女のBカップをこね回す。愛撫ではなく、陵辱。そう言っていい、乱暴な破壊。

 「うあああッッ?! ううゥッ・・・アアアッ・・・」

 「オラァッ、このまま毟り取ってやろうかァッ?! ああッ~~?」

 激痛の狭間に仄かに走る悦楽の波動。立ちすくんだ美戦士の足がつま先立つ。反撃することなく甘んじてお仕置きを受け入れるエスパー少女の口から、途切れ途切れに言葉が洩れる。

 「ちッ、ちりに・・・あふうッ?!・・・あく・・・こ、殺される・・・なら・・・・・・はアアンンッ?!・・・・・・し、仕方ない、よ・・・・・・」

 断続的に3回。乳房の細胞が破裂しそうな強さで、納まりのいい桃子の右胸を、神崎ちゆりは思い切り揉み潰す。
 悲痛な呻きと悦の入った嬌声をブレンドさせた絶叫が、三度美少女の口から放たれる。ようやく右胸を解放されたアイドル少女は、くたりとその場にしゃがみこんだ。

 「・・・・・・願いってのを、言ってみなァ~・・・」

 頭上から降る悪女の声に、数秒の沈黙のあと、右胸を押さえたままの桃子は応えた。

 「この闘いから・・・ちりには手を引いて欲しいんだァ・・・」

 それはあまりに突拍子もない発言であった。
 逆に押し黙った「闇豹」が、しばしの空白を置いて堰を切ったように怒鳴りつける。

 「てっめえッッ!! ホントにバカじゃねえのかアアッッ~~ッ?! なにトチ狂ったこと言ってやがんだアアッ??」

 「・・・あたしは、ホンキだよ」

 「ちょっと甘やかしてやったから、勘違いしてるようだねェェッッ!! ちりをいいヒトだとでも思ってんのォォッ? 『闇豹』をあんまり舐めるんじゃないよォォッ~~!!」

 膝立ちになっている桃子の両頬を、激昂したギャルの平手が襲う。
 タイヤが破裂したかのような炸裂音。『エデン』寄生者の超人的力で放たれた往復ビンタは、世界ランカーのボクサー並の威力があった。真珠のように輝く少女の美貌が高速でブレる。常人ならば一発で失神していよう。飛び散った鮮血が、点々とフローリングの床を汚す。
 雪のような頬を真っ赤に腫らした桃子の唇から、ススッと朱色の筋が落ちていく。それでも大きく深い漆黒の瞳は、猛る悪女を静かに見上げた。

 「ちりは、悪いことしてるけど、悪人だとは思ってない。寂しいヒトだって思ってる」

 「このッッ・・・甘ちゃんは死ななきゃ治らないようだねェェッッ~~!」

 「そうじゃなきゃ、あんなに哀しい歌は唄えないよ・・・」

 再び振り上げた豹の手が、宝石のような瞳に浮かんだ雫を見て止まる。

 「ちりのやってきた事は、許されない事だとは思うよ・・・確かにあたしたちの敵なのかもしんない・・・でもォ・・・世界征服なんて、考えるヒトじゃないよ、ゼッタイ」

 口をつぐんだまま、派手に着飾った少女は反論をしようとしなかった。我が意のままに振舞ってきた闇の女帝としては、有り得ない光景であったかもしれない。

 「今、ちりとヒトキとはほとんど接点がないって聞いたんだ・・・。そうかもって。それが自然なのかもって、思ったの。たまたま利害が一致したから一緒にいるけど、もともとふたりは“違う”って気がする・・・カンだけど。流れでヒトキの手伝いをしてるけど、ホントのちりの願いはもっと別な気がしてるの・・・」

 「・・・フン・・・カンだけで、よくわかった口利いてくれるじゃなァ~い」

 金色のルージュを歪めて、谷宿の歌姫は肯定とも否定とも取れぬ口調で言う。
 桃子の咽喉笛に突き立てていた爪を引っ込め、神崎ちゆりはモデルのように腰に手を当てた。

 「あたしは、今回の闘いでホントに悪いのはヒトキだけだって思ってる。あいつを倒せば、全ては収まる気がしてるんだ・・・」

 到底闘いには不向きと思える優しい少女の瞳の奥に、ハッキリと炎が立ち昇るのを「闇豹」は見逃さなかった。
 他者を傷つけるのをためらい、どこまでも甘い考えを捨てられないエスパー少女。死の香り漂う世界を生き抜いてきたちゆりにとっては、戦士と呼ぶにはあまりに躊躇われる存在だが、同時に桃子が決して侮れない相手であることも熟知していた。つい先程、凶暴な不良どもを圧倒した力。いざとなれば桃子は十分闘える戦士。しかも脅威的ともいえる強さを内包した・・・。
 因縁浅からぬ久慈仁紀との闘いとなれば、この優しい少女は能力を全開にして立ち向かうことだろう。

 「あんたの願いってのはわかったよォ~。でも聞けないねェ~。生憎ちりは、メフェレスとは関係なく、あんたたち銀色のメスブタどもがムカついてしょうがないんだよねェ~~。ちりを傷モノにしてくれた恨み、忘れちゃいないからァ~~」

 「そ、それは・・・」

 「けどォ~~、死を覚悟してひとりで乗り込んできたウサギちゃんに、ご褒美をあげるわァ~~♪」

 金のルージュを吊り上げて、闇世界の女王は満面の笑みを浮かべた。

 「闘わせてあげる。ウサギちゃんとメフェレス、1対1で」
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