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「第九話 夕子抹殺 ~復讐の機龍~ 」

1章

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 容赦なく照りつける太陽が、アスファルトの地面を焦がす。
 空間がこころなしか歪んで見えるのは、盛大に突き刺す日光が空気すら燃やしているためと
思われた。シャワーとなって降り注ぐ蝉の鳴き声。その行間に聞こえるジリジリという音は、ア
スファルトが溶けている音でもあっただろうか。眩しいというより、痛いまでの強烈な太陽の光
が、世界を白く包んでいる。
 こんな日に外を歩くのは自殺行為かも。
 噴き出す汗の不快感を、焼け付く素肌の痛みを、街行く誰もが噛み締めながら通り過ぎる、
八月の昼下がり――

 この地方で、もっとも多くの企業と人口とが集まり、政治・経済の中枢を担っている地区、栄
が丘。
 ショッピングに最適の場所であり、夜となればネオン輝く繁華街へと顔を変えるこの街には、
エリートと呼ばれるサラリーマンから有閑マダム、無職のティーンからヤクザまで、ありとあらゆ
る人種が集まってきている。それは宇宙生物と称されている、巨大な怪物たちの襲撃により、
幾度も再生と破壊を繰り返した今に至っても変わらない光景であった。飛びぬけて多く巨大生
物と光の女神が現れるこの地方の中心都市は、いまや日本全国で一番タフな街であると言い
換えられるかもしれない。
 その栄が丘の窓口、二本の私鉄とJRとが出入りする総合駅のコンコースに、一団の目立つ
集団が集まり始めたのは、およそ10分ほどくらい前からのことだった。
 改札を抜けてきたネクタイ姿の中年が、ダボダボのズボンを履いた茶色い髪の少年が、一
様に視線を奪われては凝視する。男たちの、いや、女たちであっても注意を惹かずにおれぬ
美しき少女たちの集まりは、ファッションへの気配りが強要されるような華やかな街にあっても
際立っている。

 「ねえ、ホントに夕子はいかないの?」

 細く整えた眉根を寄せて、藤木七菜江は心配そうな顔を赤髪の少女に近付けた。

 「何度も言ってるでしょ。私にはやらなくちゃいけない研究があるの。私のことなんか気にしな
いで、しっかり楽しんでくればいいわ」

 「ん~~、そうは言われてもなぁ・・・」

 ミニスカートが似合う活発な少女は、口を尖らせて困惑した表情を見せる。今回海にいく計画
を持ち出したのは彼女だけに、仲間と呼べる5人全員が揃わないことに寂しさに似た感情が渦
巻いているようだった。合宿先の伊豆で闘いに巻き込まれ、自宅療養中の西条ユリはともか
く、特に断る理由があるとは思えない霧澤夕子まで一緒にいけないのは、夏休み最大のイベン
トとして楽しみにしていた七菜江にとっては少なからぬ無念の思いがあった。

 「私にとっては海にいくより、研究を進める方が価値があると思った、それだけのことよ」

 秀才揃いとされる聖愛学院の理数科にあっても、一際レベルの違いを見せつける天才少女
は、数学の証明でも答えるかのようにさらりと話す。緑系統のTシャツにスカートという簡素な服
装だが、整った顔立ちと赤髪のツインテール、そして首に巻かれた銀色のアクセサリーが地味
な衣装に合わぬ鮮やかさを醸し出している。

 「でもさ、研究はいつでもできるじゃん。海にみんなで行けるのは、夏休みのこの時期しかな
いんだから・・・」

 「ナナちゃん、夕子には夕子のペースがあるのよ。そこは尊重してあげないと」

 七菜江の不満が長引く予感を察した五十嵐里美が、落ち着いた声で割って入る。黒と紫を基
調としたワンピース姿には、目も眩む幻想的な美しさが溢れていた。例えば、胡蝶蘭が漂わせ
るような自然に身に付けた優雅さ、高貴さ。長い髪の少女には、生まれつき纏った美麗な風が
吹いている。
 なによりも感情を優先して動いてしまうショートカットの純粋少女も、この敬愛する生徒会長に
だけは逆らうことができない。以前からわかっていたことでもあり、夕子への未練は里美の一
言で断ち切らざるを得なくなった。

 「・・・ハイ・・・じゃあ、お土産買ってくるから、楽しみに待っててね」

 「お土産なんて、あんなところにあるの?」

 「え? エヘヘ、サザエの壷焼きとか、焼きとうもろこしとか? よく海で売ってるよね?」

 「・・・バカ」

 手厳しい赤髪の少女の言葉に、思わず肩をいからせる七菜江を、慌てて美しき令嬢が抱き
抑える。熱血少女とクールな少女の小競り合いは毎度のことではあったが、人通り激しい駅構
内でやられてはたまったものではない。ただでさえ歴然とした敵が存在する今は、いかなる行
動を取るときもなるべく隠密裏にすませるのが大原則だった。忍びの末裔たる里美以外のメン
バーに、その想いは薄いようだったが。
 無理矢理に夕子との距離を引き離し、七菜江をズルズルと引っ張っていった里美が何事か
をショートカットの耳元で囁き続ける。声が聞こえなくともリーダー格の少女が元気少女をなだ
めて――というか、説教して――いるのは、原因を作った張本人にも関わらず冷静に眺めてい
る夕子には手に取るようにわかる。
 みるみるシュンとしおれていく七菜江から、やや垂れ気味の天才少女の瞳は、ニコニコと白
い歯を浮かべて一部始終を眺めていた桜宮桃子へと移った。

 ピンク色のキャミソールに白のマイクロミニ。落ち着いたファッションを好む桃子だが、時にい
かにも女子高生といった服を着こなすことがある。色香と若さ、そのどちらも演出しきってしまう
のが、類まれな美貌を誇るミス藤村女学園であった。どんな雑誌モデルやテレビタレントの隣
に立っても遜色ない、完成された美少女。五十嵐里美とはまた別種の美神に愛された少女の
笑顔は、同姓の夕子が見てもキュンとするほど可愛らしい。

 「桃子、あとは頼んだわよ」

 「ん? 大丈夫だよォ、たった三泊四日でしょ」

 低く囁いた夕子の声が緊張感を含んでいたのに対し、微笑みながら答えた桃子の声は拍子
抜けするほど明るかった。超能力少女の戦闘力を低めに見積もっている赤髪の少女にすれ
ば、その根拠ない自信がどこから湧いてくるのか、不思議でならない。ガクリと膝から力が抜け
そうになるのを堪えながら、努めて冷静にサイボーグ少女はリスのような笑顔を浮かべる美少
女に言う。

 「平然として見せてるけど、里美の体調が万全でないらしいことは桃子もわかってるでしょ? 
七菜江も前の闘いの怪我が治っていないし。もし敵が襲ってきたら、あんたが先頭に立って闘
わなきゃいけないのよ。ちゃんと覚悟してる?」

 「わかってるってばァ。ふたりのことはあたしがきちんと守るって、この前約束したじゃん。夕
子は安心して、留守番しててよ」

 「・・・そのお気楽さが不安なんだけど」

 ふぅ、と思わずつくため息を、白い歯を浮かべたキュートなマスクが受け流す。
 傷だらけで合宿から帰ってきた西条ユリの証言により、宿敵メフェレス=久慈仁紀が生存し
ていることがわかった以上、光の女神に変身する5人の少女は、常に己の身と世界の安全を
視野にいれての行動を義務付けられたようなものだった。
 バカンス気分いっぱいで提案された七菜江の臨海計画など、慎重派の夕子からすれば「なに
を考えてるんだか」わからない暴論であったが、もっとも慎重であるはずの五十嵐里美があっ
さりと同意したのは意外であった。確かに、(どこまで本気かわからないが)世界征服を目論む
久慈にとって、現在の目標は邪魔者であるファントムガールの抹殺であり、その後支配するつ
もりの世界自体を破壊することには頓着していないようにみえる。5人が街を離れた隙を狙っ
て攻撃を仕掛ける可能性は薄く、むしろ少女戦士たちがバラバラになることの方が危険度は
高いように思われた。そう考えれば、"5人揃っての海旅行"は、あながち無謀な提案でもない
かもしれない。
 とはいえ、世界を守るべき女神たち全員が街を離れてしまうのは、現実派の理系少女にとっ
てはどうしても危険に思われて仕方がなかった。
 久慈らが世界を無闇に破壊することはないにせよ、ミュータントは彼らだけではない。蟹や蝙
蝠のミュータントが以前出現したように、自然のミュータントともいうべき存在もなかにはいる。
西条ユリのように偶然『エデン』と融合してしまった者が、闇側に転ばないとも断言できない。な
により自宅療養中のユリを狙って久慈たちが攻めてくる可能性を無視することは、到底できな
かった。

 したい研究がある、というのは嘘偽りない事実であったが、執拗な海への誘いを霧澤夕子が
断ったのは、それ以上に街とユリとを守る決心を固めたが故であった。
 その一方で気になったのは、海へ行くメンバーたちのことである。
 五十嵐里美はなにも言わないが、心身のリフレッシュといって出掛けた療養から帰ってきた
彼女には、どこか体調の不良が感じられた。まるで新たな敵とひとり闘ってきたような。随分包
帯の取れた七菜江もまだ万全とは言い難く、本当に五体満足といえるのは、片倉響子の襲撃
によるダメージの癒えた、桃子ひとりといってよい。その桃子とふたりだけの話し合いを進めた
結果、今回の旅行を決行させるに至ったわけだが・・・

 「私、桃子については気になってることがあるのよね・・・」

 「なによォ、その言い方。まるであたしがダメダメみたいじゃん。一応これでもファントムガー
ルの一員なんだからね」

 「ていうか桃子・・・・・・あんた、闘うの、嫌いでしょ?」

 細く切り上がった眉がピクリと動き、整った美貌が魔法にかかったように強張る。

 「もちろん私も好きで闘ってるわけじゃない。里美も七菜江もユリも、みんなそうでしょうね。で
も、あんたの場合は、闘う覚悟がまるでできていないように見えるんだけど。違う?」

 くっきりとした二重の下にある瞳で、まっすぐに見詰める機械少女。
 ヒクヒクと潤んだ唇を引き攣らせた美少女は、動揺もあらわに漆黒の瞳を泳がせながら言い
返す。

 「あ、あはは。覚悟がないだなんて失礼だなァ。あたしだって、やるときはやるんだからね。と
ッ、とにかく、なんかあったらあたしがふたりを守るからさ、夕子はしっかりユリちゃんを守って
よね」

 男は美女に弱いと聞くが、女でも一緒なのだろうか。
 不安と頼りなさを存分に感じながらも、夕子はそれ以上の詰問ができなかった。輝くような桃
子の笑顔を前にしては、その美しさに翳りを射すような真似はどうしても自然に避けてしまう。
どれだけ厳しい言葉を浴びせても平気そうな七菜江とは、好対照といえるかもしれない。
 笑顔に誤魔化されていることを十分に自覚しつつ、夕子はあとの運命を心密かに天に祈る。

 "あとはあいつがいることが、プラスに働けばいいけど"

 「それにしても、なんであいつが一緒なのよ」

 少し離れた場所で、白い柱に背もたれながら途方を眺めている巨大な塊に、夕子はやや垂
れた瞳で鋭い視線を飛ばす。Tシャツがはちきれそうなぶ厚い肉塊。天才少女の眼光に気付
かぬふりをして、筋肉の鎧を纏った男は、じっとあらぬ方向を見詰め続けている。

 「だってしょうがないじゃん、夕子がキャンセルした分、チケットが余っちゃったんだからさぁ」

 「だからって、よりによってあいつを選ぶことはないでしょ」

 毒づく胸のうちで、天才少女は頼りない超能力少女の代わりの役目を、最強と呼ばれる逆三
角形の男に密かに託していた。
 3人のファントムガールたちと工藤吼介、可憐な守護天使と無敵の格闘獣を乗せる特急列車
の出発時間は、刻一刻と迫ってきていた。
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