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「第八話 ユリ武伝 ~海棲の刺客~」
9章
しおりを挟む「ふざけたメスがッ!! 殴り殺してくれるッ!!」
床を踏みしめる、強い音。
爆発音を引き連れて、総合格闘家の超低空弾丸タックルが、今度はセミロングの少女に向って放たれる。
復讐を誓った「皇帝」の獲物は、宴の邪魔に入った姉へと変更されていた。宇宙生命体より授かった運動能力と、独自の訓練で鍛えた格闘能力。戦闘のための全ての能力を全開にした破壊者が、獣の牙を華奢な少女に突き立てんとする。
速い。まさしく弾丸。
通常、タックルに対しては身体を入れ替えて捌くのが想気流の基本対処法である。飛び込んでくる攻撃に対しては、身体を開いて半歩中心をずらすだけで、攻撃の効果を半減させることができるのだ。正面からタックルを食らうから倒れるのであって、横向きで食らえば足の踏ん張りで、十分倒されずに済むのである。
だが、極限にまで速められた兵頭のタックルは、捌く余裕を与えない。
グシャアアアッッッ!!!
鈍い音がジムに響き渡る。赤い飛沫が空を舞う。
エリの白い膝は、突っ込んできた兵頭の顔面に、文字通り突き刺さっていた。
タックル封じの最大の有効技。それがこのカウンターの膝蹴りだった。
相手がタックルにくるとわかっていれば、タイミングが取りづらそうに見えるこの技も、決して難しいものではない。組み技中心の想気流とはいえ、西条姉妹のレベルともなればその練習はきちんと取り入れられていた。
人外の速度、肉厚な重量・・・鍛えられた肉体が生んだ衝撃は、兵頭自身に撥ね返り、鼻骨の粉砕と脳震盪とを引き起こす。
が。
「あッッ?!」
白く細いエリの胴体に絡んだ丸太の腕が、可憐な水仙を薙ぎ倒す。
カウンターの膝は鮮やかに決まっている。しかし、破壊衝動に狩られた男の執念が、強引に少女柔術家をマットに這わせたのだ。
愛らしい武道家の上に乗る、頑強な肉体。
総合格闘家にとって、圧倒的優位な態勢。だが、関節を取れる状況ならば、想気流の天才姉妹たちなら十分反撃可能であることは、昼間の砂浜での闘いが実証済みだ。
総合格闘技ジム“アタック”の首領は――しっかりと、獲物の実力を配下の者から学習していた。
「はんんああアアあッッッ――――ッッッ?!!」
甲高い絶叫が、人形のごとき美少女の口を割る。
少女柔術家の上に跨った破壊者の左手は、未発達なエリの右胸を無造作に鷲掴み、ゼリーのように握り潰していた。
「ああウウアアアあああッッッ!!!・・・くああああアアッッ――ッッ!!」
小山のような白い膨らみが、千切り取られんばかりに握られたまま引っ張られる。
予想だにせぬ苦痛に、あられもない苦鳴を漏らすエリ。猛獣に噛みつかれているのと同意の嗜虐に、キュートなマスクがぐしゃぐしゃに歪む。
激痛に意識を奪われ、無防備になった肉体に、異形の拳が襲いかかる。
先程と同じ、左の脇腹に埋まる豪腕。
ドボオオオオオッッッ!!!
肉に穴が開く、無惨な響きがジムいっぱいに轟く。
「ぐぼおおおおおオオオオオッッッ――――ッッッ!!!!」
絶叫とともに、ビチャリと血塊がエリの口から溢れる。
白濁した瞳を見開き、哀れな妖精がブルブルと痙攣する。
いわば弱点ともいうべき脇腹に、鉄杭を埋め込まれたも同然の若き柔術少女。
記憶と現実、ふたつの凄絶な苦痛に襲われ、可憐な闘少女が悶絶地獄へ落ちていく。エリの意識にあるのは、もはや巨大な苦しみのみ。
「フンッ! このオレを投げた罪、存分に償ってもらうぞ、西条エリ!」
肋骨の下からめり込ませた異形の拳を、兵頭英悟はぐうりぐうりと掻き回す。
か細いエリの内臓が、ぐちゃぐちゃと乱暴にこねくり回され、凄惨な激痛と圧迫がセミロングの頭頂に突き刺さる。
「ごぱああアアアァァッッああああッッッ!!!! くふぇええあああアアアッッッ?!!! げぼオオオおおおッッッ――ッッッ!!!」
ゴボオッッ!! ゴボオッッ!! ゴボオッッ!!
グリグリと太い腕が体内を掻き回すたびに、エリの潤んだ唇から血塊がこぼれる。少女の童顔は鮮血で深紅に塗られていた。ぐるりと白目を剥いたエリは、ピクピクと悶絶に震えながら、ただ耳を塞ぎたくなる悲鳴をあげるのみ。
妹を守るため、果敢に巨悪に立ち向かった柔術少女。
しかし、冷酷な現実は、圧倒的な力の差を少女に叩き込んで、被虐の果てに葬ろうというのか。
「エッッ・・・エリィィィッッ――ッッッ!!!」
姉の窮地にたまらず飛び込む手負いの妹。
だが、無策に飛び込んできたユリの顎を、狙いすました「皇帝」の裏拳が砕く。
手の甲、拳の頭で急所を的確に打つのが裏拳の本道。
鋼鉄のごとく鍛えられ、ダイヤが埋まったように盛り上がった兵頭の裏拳は、金属製の凶器で殴られるようなもの。
ダメージの残るユリの肢体が、もんどりうって卒倒する。
うつ伏せに倒れた幼き武道少女。脆弱そうな華奢な背中に、破壊欲に狩られた猛獣の拳が、足が、容赦なく殴りつける。踏みつける。
後頭部を蹴り飛ばす。脊椎を穿つ。腰骨を踏みつける。首に膝を落とす。肉の薄い部分を拳で抉る。
どれもが格闘技の試合なら反則とされそうな危険な打撃。死に至らしめるための蹂躙が、弱々しくさえあるモデル体型の少女をすり潰していく。嵐のような打撃に、うつ伏せのまま壊されていくユリ。痣と血に汚れた白い指が、助けを求めるように虚空をさまよう。
“・・・・・・エ・・・・・・リ・・・・・・・・・”
「ほらほらアアッッ――ッッ!! どうした、ファントムガール・ユリアッ?! 姉ともども、ボロきれにしてくれるぜッッ!!」
“・・・許可・・・・・・を・・・・・・・・おね・・・が・・・・・・い・・・・・・・”
「待って・・・ください・・・・・・」
背後からかけられた声に、蹂躙の嵐が止む。
振り返った兵頭英悟の視界に飛び込んできたのは、とっくに戦闘不能になったとばかり思っていた、セミロングの少女だった。
「あなたの・・・相手は・・・・・・私です・・・・・・妹には・・・手を・・・出させません・・・」
喋るたびにドロリとした血が、唇の端からマットに落ちていく。
己のスレンダーなボディを抱き締めるように、西条エリは両腕で腹部を押さえていた。体重を支えた内股が、ガクガクと震えている。唇の右下にある黒子と、朱に染まった容貌が、幼さに溢れた少女を妖艶のスパイスで彩っている。
普段のユリでは、見せることのできない鋭い視線。エリだからこそ見せうる視線。
本来大人しい少女が見せるその視線は、闘う者の視線であった。妹を庇うためだけではなく、兵頭を倒す決意に満ちた眼光。瞳の真意を感じ取った闇の「皇帝」が、ぐったりと平伏す妹を無視して、勇敢な少女闘士に正対する。
「貴様・・・まだ動けたのか・・・」
「・・・ユリと・・・闘うのは・・・・・・私を倒してから、です・・・」
強い光を放つ大きな瞳に、兵頭英悟は触発される己に気付いた。
なるほど、どうあっても、妹の身を守るつもりか。
ならば、その想いごと砕いてしまうのもまた一興―――
「バカが。タックルを防げぬ貴様に、勝機はない!」
四角い肉体が、疾走する。
地を這うような超低空の弾丸タックルが、再び白百合に撃ち込まれる。
カウンターでは仕留めきれぬ。逃げるにも、タイミングが早ければ追いつかれ、ギリギリまで引きつければ間に合わない。
まるで研ぎ澄まされた総合格闘技に対し、源流を頑なに守る想気流柔術の限界を知らされるがごとく窮地。
近代格闘技の技術の前に、成す術なく古流柔術は敗れ去ってしまうのか。
砲弾と化した肉体が、目前2mまでに迫る。
エリの白い足が動く。膝か? 先程痛い目を見た反撃法を、再度試みるつもりか?
コンマ数秒でタックルが届く距離。
その瞬間、西条エリの肢体は、前方に突撃した。
「ッッッ?!!」
高々と空中を舞うのは、兵頭英悟の分厚い肉体。
低空で飛んでくるタックルに対し、柔術少女は兵頭よりさらに低い姿勢でその足元に飛び込んだのだ。
これぞ、エリの編み出したタックル防御法。
巨大な石につまずいた格好となった兵頭の巨体が、勢い余って空を飛ぶ。予想外の出来事に、動転した闇の「皇帝」は、まな板の上の鯉状態で手足をバタつかせ、宙を泳ぐ。
「これで」
叫び掛けた兵頭の顎が、何者かに閉じられる。
伊豆に君臨する暴君は見た。己の顎を掴み、空中にある肉体をコントロールする者の顔を。
セミロングの下に、愛らしいマスク。
そして、紛れもない武道家の瞳と、かすかな色気を仄めかす黒子。
「・・・終わり、です」
顎を掴んだ西条エリの右手が、真っ逆さまに兵頭英悟の脳天を叩きつける。
鈍重な響きがジムを駆け抜け、死闘終了の合図がこだました。
累々たる負傷者の山のなか、最後に咲いていたのは、セミロングの、一輪の白百合だった。
「果たして、彼は勝てますかね?」
『総合格闘技ジム アタック』の看板が掲げられた、3階建ての雑居ビル。
すっかり陽が落ち、薄闇に包まれかけた世界で、ひとりの男がビルの最上階を見上げながら問い掛ける。
「・・・・・・さあ」
しばしの無言のあと、もうひとりの男は興味なさげに答えた。
暗く沈んだ声だった。
たとえるならそう、冥府の底から届いてくるような・・・
「どちらでもいいことですがね。なにしろ、本当のお楽しみはこれからですから・・・」
心底嬉しそうに、肩を揺らして笑う。
対照的に、もうひとりの男は、凍ったような表情をいつまでも崩さなかった。
夕闇のなか、血走った眼光が、これから起こる煉獄を予兆するかのごとく輝いていた。
「大丈夫、ユリ?」
腫れあがった妹を胸に抱え、死闘を終えた姉が囁き掛ける。
瞳をつぶったまま、髪を束ねた少女はコクリと頷いた。
「・・・ごめん・・・お姉ちゃん・・・」
「なんで、謝るの?」
「・・・迷惑、かけちゃった・・・・・・」
自分よりさらに輪をかけて大人しい妹が、誰よりも責任感が強いことをエリは知っていた。
だからたとえ本気が出せない状態でも、恐ろしい強敵が相手でも、ファントムガール・ユリアは闘いの場に現れる。一度は殺される悲劇にあいながらも・・・武道家の娘として生まれた少女は、誰かが困っているのを助けるために、死地に向い続けるのだ。それが己に与えられた役目だと言わんばかりに。
そのユリを、ただひとり、本気にさせることができるからこそ、エリは大切な妹を守りたかった。
ひとりでは実力を出しきれない悲運の戦士ユリを。そしてそれ故、エリが苦悩を抱え込んでいることを、恐らく知らないであろうユリを。
「ううん・・・これで・・・良かったのよ」
「・・・え?」
開き掛けたエリの唇が閉じる。
横臥した兵頭英悟の身体が、黒い粒子となって霧散していく。
『エデン』寄生者の真の能力、巨大化。
真っ向から格闘に敗れた破壊者が、ついになりふり構わず強行な姿勢で臨んでくるのだ。
そしてそれは、新たな闘いの始まり―――
「キュオオオオオオオッッッ―――ッッッ!!!」
甲高い咆哮が窓の外から飛び込んできたのは、次の瞬間だった。
突如現れた巨大生物に、緊急サイレンが鳴り響く。のどかな湯の町は、一瞬にして正邪の決戦の場へと姿を変える。沸き起こった騒然とした空気が、ジム内の美少女姉妹にも伝わってくる。
もう・・・・・・私では、どうにもならないのね・・・・・・
「エリ! 私・・・闘う」
「・・・そうだね・・・・・・ユリに任せるしか、ないよね」
コクリと頷く、おさげの少女。
同じ頷きでも、先程とは違い勢いのあるそれは、ハンデを乗り越え、身を挺して守ってくれた姉に報いる、嬉しさのせいであったか。
「エリ・・・私に・・・“許可”を・・・・・・」
深く呼吸をしたエリは、力強く、温かい口調で愛する妹に言葉を送る。
「ユリ! ううん、ファントムガール・ユリア! あいつを・・・やっつけてきなさい!」
ドクン!
くるみに似た大きな瞳が、カッと見開かれる。
風が舞い踊る。つい先程までぐったりと横たわっていたユリの肢体が、力強い二本足で立っている。
襟足で結んだ黒髪が、ピリピリと気を発し、浮かんでいるかの錯覚を起こす。エリが見せた闘士の視線。いや、それを上回る強い視線が、白い妖精を戦士に変える。
少女闘士・西条ユリ。その真の姿の完成。
「エリ」
愛しい姉の名を、闘う少女は呼ぶ。溢れる闘気が光となって、全身を包んでいるかのようだ。
「あなたを傷つけた敵を・・・滅ぼしてくるわ」
少女が光の粒子となって消える。
銀色の肌に黄色の紋様。ふたつに束ねたグリーンの髪を持つ女神。
ファントムガール・ユリアの神々しき勇姿が、いま伊豆の海岸近くに、邪悪を滅ぼすため降臨した―――
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