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「第八話 ユリ武伝 ~海棲の刺客~」
7章
しおりを挟む「ひッ・・・卑怯ものッ・・・」
組み敷かれて尚、闘志は失わないユリが、真っ直ぐな視線で凶悪な支配者を見据える。それは少女にできる必死の抵抗だった。
ゾッとするほど冷酷な笑みを、兵頭は刻んだ。
ユリの鼻先に右の拳を近づける。甲が硬質化し、人差し指と中指の拳頭に瘤がくっついた凶悪な拳。少女の白い咽喉が、ゴクリとなる。
ゆっくりと見せつけるように、上昇していく異形の拳。
両サイドから束ねた髪を踏まれ、顔を逸らすことすら許されない美少女のマスクに、ハンマーのようなパンチが振り下ろされる。
ドキャリリッッッ!!! 聞き慣れない音がジムに響く。
恐怖に引き攣ったユリの顔面に、容赦ない破壊の拳は埋まっていた。
押さえられた四肢の先が、ビクンビクンと痙攣する。
半失神に陥った少女の顔から、拳が引き抜かれる。ヌチャリ・・・という音がして、拳と顔は、噴き出た鼻血の橋で繋がった。
「あッッ!!・・・・・・かはッ!・・・ぐぷ・・・ぐぐぅッ・・・」
「フン、まだ意識があったか。思ったより丈夫だな」
左のフック気味のパンチが、固定された愛くるしいマスクに吸い込まれる。
バチャアッッ! 血飛沫が美少女の顔と白いマットとを赤く染める。
朦朧とするユリの視線が宙空をさまよう。みるみるうちに、柔らかな頬が変色して腫れあがってくる。
「がはあッッ!・・・・・・はあッ、はあッ、はあッ!!」
「どうだ、西条ユリ。オレ様の拳の味は?」
鼻と口内の出血で真っ赤に染まったなか、白い歯を食い縛ったユリは、恐怖と怒りの混ざった視線を卑劣な悪党に向ける。
生来闘いを好まない少女を、強烈な顔面への打撃の恐怖が飲み込み掛けている。卑怯者への怒りが、なんとか武道少女の闘志を繋ぎとめていた。
「フンッ! 貴様はもう、終わりだ!」
ドゴンッッ!! ドゴンッッ!! ドゴンッッ!!
右、左、右・・・凶器の拳が次々と振り下ろされていく。
その度に血風が舞い、四肢を押さえた男たちへの抵抗はどんどんと弱まっていった。兵頭の両拳は鮮血で染まり、マットに張り付けられた指先の痙攣は、もはやピクン・・・ピクン・・・と時折震えるだけ。
「やッ・・・やめろーッッ!!」
立ち尽くし、震えて暴虐劇を傍観するだけだった兼子賢児が、たまらず親分である兵頭に飛びかかる。
恐怖に動けずにいた金髪少年を、あまりに執拗な少女への嗜虐が、ついに解き放ったのだ。健気なまでの武道少女が蹂躙されるのを、これ以上兼子は見ていられなかった。怒りが「皇帝」の恐怖を打ち破る。
「バカが!」
重い打撃音が響き、兵頭の右拳は、金髪少年のどてっ腹に埋まっていた。
一気にくの字にひしゃげる褐色の肉体。一発でKO状態に追い込まれた少年に、追撃のアッパーが飛ぶ。
ダンボール箱が踏み潰される音がした。
顎を砕かれた長身が20cmは垂直に浮きあがる。そのままグシャリと落下した兼子の身体は、二度ピクピクと痙攣すると、動かなくなった。
「あ・・・・・・・がはッ・・・・・・あぁ・・・・・・そ・・・んなぁ・・・・・・」
男たちに組み敷かれ、ぐったりとしたユリの視界に、崩れ折れた金髪少年の身体が映る。
頬は腫れあがり、噴き出した鮮血で顔は朱色に染まっている。無惨に汚された美少女のマスクに、一筋の涙が伝っていく。
「ゆ、許せ・・・ない・・・・・・あなたは・・・・・・許せません!」
朦朧とする意識のなか、怒りに駆られてユリは叫ぶ。
顔を殴られ続け、彼女自身の限界も近い。6人の男に押さえられていなくても、身体は満足に動かないだろう。それでもユリは叫ばずにはいられなかった。恐怖に打ち克った、兼子の勇気を思えばこそ。そして、残酷に打ちのめした、兵頭の悪行に。
「フフン、負け犬が。戯言を吼えるな!」
裸足で兵頭は、固定されたユリの顔面を踏みつける。
グチャリ、という嫌な音。
「貴様はもうオモチャなのだ。ほら、舐めろ! 舐めるんだ!」
真正面からフランス人形のようなキュートなマスクを、ぐりぐりと踏み躙る。血と涎のヌルリとした感触が、兵頭の足裏に伝わってくる。
反りあがったユリの背中に空間が出来あがる。それが少女にできる、精一杯の抵抗。
ブルブルと震えるスレンダーな肢体は、全体重で押さえ込む男たちによって、完全に動きを封じられている。武道少女の苦しみが、震えによって、拘束する男たちにも伝わってくる。
「フンッッ!!」
真上から、未発達な小ぶりの乳房に、兵頭は凶悪な拳を突き降ろす。
黄色のタンクトップを盛り上げた小さな丘が、胸の肉内にまで一気に潰され捻り込まれる。
「んんんああああああああッッッッ――――ッッッ!!!!」
絶叫。
開発途上の胸を破壊され、凄まじい激痛にユリは吼えた。槍で串刺しにされたかのような苦痛。涙の結晶が、砕け散って飛ぶ。
悪虐の皇帝は、この程度で反抗する少女闘士を許しはしなかった。
左の拳が、脇腹に。
肋骨の下から斜め上に、内臓を突き破るようにブローを打ち込む。
「ごぼおああああああッッッ――――ッッッ!!!!」
血塊が可憐な唇を割って出る。
アニメ声とよく言われる鈴のような声が、獣のような苦鳴を咆哮する。兵頭の左腕は、20cmくらいはユリの体内に突っ込んでいた。
おこりのように、大きく痙攣する白い妖精。
事実上、最後の2撃が、罠に嵌った美少女武術家へのトドメとなった。
胸と脇腹、二箇所に埋まった拳を悪虐の皇帝は引き抜く。
グボリ・・・
窪みから棒を抜く音がふたつ。パクパクと小刻みに開閉する薄い唇から、ドロリとした血糊がこぼれる。
半濁した大きな瞳に浮んだ光は、陽炎のように弱くなっていた。
なだらかに盛り上がった胸の丘を、血で濡れた足が踏みしめる。
タンクトップの下で、少女の微乳はぐにゃりと潰れて形を変える。
「安心しろ、西条ユリ。ここで貴様を殺しはしない」
柔術の達人である美少女を粉砕し、勝ち誇った総合格闘家が言葉を投げる。
「貴様は生かして連れ帰るよう、言われている。本当の地獄はこれからだ」
”・・・つれ・・・・・・か・・・え・・・る・・・・・・・?・・・”
霞んだ意識のなか、ユリの脳裏に疑問が浮ぶ。
総合格闘技ジム”アタック”の総帥は、この兵頭であるはずだ。だが、今の言い方は、まるで黒幕がいるような・・・
異変が起きたのは、その時だった。
コン、コン
乾いた音が、ふたつ。
錯覚かと思われた音は、しばらくの間を置いて、今度は間違いなくジムの扉から聞こえてきた。
コンコン
突然の、訪問者。
雑居ビルの入り口には、邪魔者が来ないよう見張りを立たせていた。本日の使用不可をジム生には伝えてあるので、リンチに加わる者以外、ここにやってくるわけがない。
「この時間に、新聞勧誘でもあるまいな」
軽いジョークを飛ばした、兵頭の垂れた眼は笑っていない。
ユリの髪の片方を踏んでいたドレッドヘアーの斎藤が、顎で指示され扉に向う。静寂のなかノブに手をかけた男は、中が見えないよう、カチャリと鉄扉を細く開ける。
「なんだ? いま、取り込み中だ。とっとと帰れ」
喋り終わった瞬間だった。
巨大な暗黒の魔獣に飲み込まれたように、斎藤の身体が扉の向こうに消える。
「ッッ?!!」
緊張がジム内を瞬時に覆い尽くす。一旦閉まった扉が、間をおかず、今度はゆっくりと開いていく。
廊下の奥に、大の字で昏倒した斎藤の姿があった。
その前。倒れ伏した斎藤を背景に、開いた扉を枠にして、絵画のような美しさで悠然と立ちすくむ者は。
「西条エリ・・・妹を・・・返してもらいにきました」
罠に陥った美少女武術家と、うりふたつの顔を持つ少女は、律儀にもこれから闘う悪党たちに、己の名前を告げたのだった。
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