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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」
16章
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ヘリコプターの旋回音が、猛々しいまでに耳に叩きつけられる。
この周囲では一番といっていい敷地面積と設備を持つ市民病院。その屋上に黒塗りの特別機は緊急着地していた。総理大臣の名で、病院の責任者にはすでに了承は得ている。
プロペラが作り出す強風に、柔らかなツインテールが乱れるのも厭わず、霧澤夕子は毒に冒された親友を、ヘリに運ぶ作業を手伝っていた。操縦士以外に、もうひとりいる隊員と、五十嵐家の執事安藤が、担架に乗せた桜宮桃子を手際良くヘリの中に運んでいる。
工藤吼介を診察室に預け、すぐに屋上に向かった時には、すでに政府直属の特別機は待機していた。ここから片倉響子によって、毒を注射された桃子を救うため、一気に五十嵐家に飛ぶ計画だ。
これで桃子は助かるはず。あとは・・・
整った容姿を崩すことなく、夕子の表情には緊張感が漂ったままだった。サイボーグ少女の脳裏には、次なるすべきことが順序立てて並べられていた。
「安藤さん、桃子のことは頼んだわ」
「かしこまりました。霧澤様もお乗りください」
強風と騒音のため、大声で会話するふたりだが、老紳士のトーンはこんな状況でも落ち着いて聞こえる。
「私にはまだやらなきゃいけないことがある。七菜江を助けにいかないと」
嫌な予感が夕子の胸に湧き上がったのは、その時だった。
表面上、なんらの変化も見せない安藤の顔に、確かな翳りが浮んだのを、冷静な少女は見逃さなかった。
「どういうこと?」
暗い予感に、不安が口をついて出る。傍目から見ている者には、突然台詞を発した夕子の行動が、さぞ奇妙に映ったことだろう。
鋭い視線を投げ掛ける少女に、参謀的存在の執事は同じ言葉を繰り返す。
「霧澤様もお乗りください。あなたが近くにおられた方が、桜宮様もお心強いでしょう」
「七菜江になにかあったのね?」
夕子の質問に、安藤は黙秘を続けた。
「片倉響子が現れたのは、七菜江を倒すのが目的だったのは明らかだわ。今、七菜江を助けられるのは私しかいない。すぐにでもアリスになって、七菜江のもとに行かなければならないのは、当然安藤さんもわかっているでしょ」
「いえ、行ってはなりません」
「なぜ? 私では役に立たないということ?」
「そうではありません」
「じゃあ・・・七菜江は、負けたのね」
淡々とした口調で、答えは返ってきた。
「はい。藤木様は敗れました。今から急行したところで、残念ながら間に合いません。ここは一旦引いて、態勢を立て直すのが先決かと思われます」
巻き起こった強風が、ツインテールを激しく乱す。
纏わりつく赤髪が、顔の表情を隠すなか、夕子は数秒の沈黙の後に口を開いた。
「わかったわ。じゃあ、私も乗せてもらうことにする」
ヘリコプターの後部座席に、軽やかにスカート姿の美少女は飛び乗る。桃子のことを思えば、全ての行動に迅速さが求められるのは、当然のことだった。
ババババババババババ
旋回するプロペラの轟音の中、「ブチ」というなにかを噛み切る音は、誰が聞き分けられただろうか。
夕子を乗せたヘリコプターは、あっという間に夕闇が忍び寄る空に上昇する。ひとり一番後方の座席に納まったサイボーグ少女は、巨大な聖戦が行われていた方向に、垂れがちな瞳を向ける。
「ホントに・・・不器用なんだから・・・」
届くはずもない友への声は、ヘリの爆音に掻き消された。
窓ガラスに反射する整った顔立ち。その薄紅色の唇の端から、鮮やかな朱線が一本、すっと流れ落ちていった。
血まみれの少女戦士が、蹴り転がされている。
圧搾され、蜂の巣にされ、体内から焼かれ、削られ、毒を打ち込まれて・・・闘う前から限界を迎えていた正義の女神を、ありとあらゆる方法で嬲り尽くした後も、3匹の処刑者たちは、ファントムガール・ナナをいたぶり続けた。
蹴る、殴る、刺す、潰す。
腕一本満足に動かせないナナを、やりたい放題、苦しげな叫びをあげさせる目的のためだけに、リンチし続ける。
銀と青でデザインされた美しき肢体は、醜悪な怪物たちのオモチャであった。
ピクピクと痙攣するだけで、脱力しきった哀れな守護天使は、血と泥で真っ黒に汚され、永遠とも思われる蹂躙の波に、踊らされるだけであった。
両脇に立ったサリエルとビキエルが、ショートカットを掴んで力任せに被虐少女を立たせる。
つま先立ちの状態で、ナナは首も腕もダラリと垂れ下げて、惨めな姿を人類に晒す。髪で体重を支えることになった痛みは、相当なものがあるはずだったが、抵抗するだけの力はもはや彼女には残っていなかった。
「そろそろ時間だね。トドメを刺してやるよ、ナナ」
手ごろな民家をふたつ見つけた肉弾姉妹が、ひとつづつ足を強引に突き入れる。ボロボロの天使は、人間が造った建物によって、足場を固定され、両足を広げた姿勢で拘束されることになった。
血祭りにあげられた聖少女を中心に、恨み深い3匹の復讐者が三方向に散る。
クインビー、サリエル、ビキエル。それぞれが力をこめ、右手に漆黒の光球を生み出す。
負の感情がこもった、光の戦士最大の天敵エネルギー。闇の破壊光球が3つ、リンチの嵐に沈没した超少女を狙って膨張していく。もっといえば、ナナへの怨念と憎悪が作り出した闇のエネルギーは、彼女に凄まじい崩壊をもたらすはずであった。
「ナナ、あんたが私からレギュラーを奪えたのは、『エデン』のおかげさ。立場が同じなら、こういう結果になるんだ。わかったかいッ!!」
ヴィ・・・・・・・・・・ン・・・・・・・・・・・ヴィ・・・・・・・・・・
蹂躙され尽くした少女戦士から、返事はない。
ただ、か細い生命のクリスタルが、儚げな光を灯すのみ。
「卑怯な女めッ!! 食らいなッッ!!!」
ハンドボール部による、闇のスラム・ショットとでもいうべき漆黒の弾丸が、三方向から一斉に唸りをあげて、無抵抗の青い少女に襲いかかる。
ナナに、よけることができるはずはなかった。
直撃―――
「ウワアアアアアアアアアアアアッッッッ――――ッッッッ!!!! アアアアアッッ―――ッッッ!!!! アアアアッッ――ッッ、アアッ・ア・ア・ア・ア・ア・ア・・・・・・・」
爆発音に敗北の絶叫が重なる。
闇の光弾の威力に、宙空高く舞いあがる銀色の肢体。
ビリビリに破れた皮膚と、飛び散る血潮とが、正義惨敗の大地に雨となって降り注ぐ。
肉体を爆破され、わずか残った光のエネルギーを吹き消され・・・自らの必殺技を三倍受けるには、あまりにナナのダメージは深すぎた。
ギュルギュルと錐揉みしながら、脳天から大地に落下する守護天使。
グシャアアアアアアア・・・・・・
落下の衝撃に、肉体が潰れる凄惨な音が、正義が完膚なきまで叩き潰された、最期の証明だった。
穴だらけにされ、身体の前面も背面も切り削られ、肩と腹と脇腹、三箇所も肉片を弾き飛ばされ、血ダルマにされた損傷の激しい身体が、仰向けに転がる。
フッ・・・・・・
胸の中央に位置する水晶体が、その点滅を消すのと同時に、ファントムガール・ナナの惨敗の肉体は、廃墟の街並みに霧のように掻き消えていった。
飛び散った血痕と肉片、そして、咽るような血の香だけが、人口少ない穏やかな町に、深い虚無感とともに残されていた。
目的を達成した三匹の怪物たちは、光の少女の後を追うように、黒い靄となって血臭漂う戦場から姿を消した。
「アハッ、アーッハッハッハッハッ!! アーッハッハッハッハッハッ!!」
狂ったような蜂女の笑い声が、夏の夕空にいつまでもこだましていた。
バシャアアアアッッ!!
浴びせ掛けられた冷水に、七菜江の意識は覚醒する。
もう何度、失神と蘇生を繰り返したか、わからない。
激しい苦痛に気を失っては、すぐに冷水で強制的に起こされる。時には、より壮絶な痛みによって、無理矢理起こされることもあった。現実に呼び戻されるたびに、七菜江は己がまだ生きていることを呪い、無力な自分に泣きたくなった。
周到に張り巡らされた罠に嵌り、死は確実と思われるほどの蹂躙に晒されたファントムガール・ナナは、それでもまだ死んではいなかった。
いかにファントムガールでのダメージは、元の姿ではぐっと軽減されるとはいえ、積み重ねられた虐待は、七菜江を瀕死の重体に追い込んでいた。青いセーラー服姿に戻った七菜江の身体は、針で刺された穴が無数にあり、全身にカッターナイフで切られたような跡が刻まれ、肩や腹部は皮膚が破れていた。穴からは血が滲むと同時に、その周囲は焼け爛れており、肋骨にはヒビがはいり、内臓も損傷しているのがわかる。野犬の群れに襲われたようにセーラーはビリビリに破れ、あちこちで血が滲んでいる。ズタボロという表現が、まさしくピッタリの惨状。それでも七菜江が生きているのは、ひとえに彼女のタフネスが、並外れているからであった。もし、ユリや桃子が同じ目に遭えば・・・生存の可能性は薄いと言わざるを得ない。
だが、七菜江が生きていることに気付いた時、彼女を包んだのは、生の喜びではなく、襲いくる更なる破壊への恐怖であった。
藤木七菜江は捕らえられていた。
倉田、コージ、ユータといった、3人の不良たち。彼らの存在は、ただ七菜江の体力を減らすためだけではなかった。闘いのあと、トランスフォームを解除した七菜江を捕獲する目的もあったのだ。同時に柴崎香らを保護する目的もあるだろう。瀕死の重傷を負った七菜江は、たやすく敵の手に落ち、長い失神から目覚めた後、再び拷問の餌食となっていた。
そこは学校のプールらしかった。
激しいダメージの残る七菜江には、視界はほとんど見えていなかった。まして、すっかり夜の帳が落ちた闇の中、証明灯のわずかな光では、七菜江にはそこがプールとわかるのが精一杯だった。壁代わりの金網に、彼女は大の字で、縛り付けられている。浴びせられた水滴が、ポトポトとコンクリートの床に落ちる音が聞こえてくる。
「ちょうど今、この辺の水泳部は県大会中でな。試合に出掛けている間、留守番させてもらおうってのさ」
元水泳部というユータの声が、ぐったりと金網に身を預ける少女の耳に届いてくる。
ボロボロのセーラーを着たままで、七菜江への暴力は止むことなく続けられていた。
「どうだい、七菜江。そろそろ私の奴隷になる気になったかい?」
首を垂らし、流れ落ちた柔らかなショートヘアーで顔を隠した囚われの少女に、柴崎香は最高の笑顔で語りかける。強い光を放つ瞳は歪んだ欲望に吊りあがり、大きめの唇は憎き後輩の無惨な姿に喜び震えている。
無造作に前髪を掴み、グイと顔を仰け反らせる。
細い眉を苦悶に歪ませた、チャーミングなマスクが暗い照明のもとに晒される。半開きになった口腔の内部は深紅に染まり、浴びせられた水滴が、背徳の美しさを醸し出している。
「ホントにムカツク女だよ・・・『エデン』の力を借りて、私からレギュラーを奪った卑怯者め。しかもそのくせ私より人気があるなんて・・・許せない。殺しても殺したりない!」
お腹の中央、闇のスラム・ショットにより、皮膚を破られてしまったそこは、セーラー服に血が滲むほどに深い傷ができている。
その場所に、変形して瓢箪型になった右手の毒針を、香は押し当てた。
抉る。セーラーの上から、朱色の内肉が覗いているであろうその傷を。ガリガリと擦り、鋭い針先で柔らかな肉を刻んでいく。
「あぎィィッッ・・・・・・ひぎいいィィッッ・・・・・・ぎッッ・・・ぎぎぎッッ・・・」
夏の夜空を仰ぎ見る愛らしい顔が、神経を削るような鋭い痛みにぐしゃぐしゃに歪む。瞳も口も強く閉じられ、食い縛った歯の隙間から、苦悶の鳴き声が、処刑場と化したプールサイドに流れていく。
「サリー、ビッキー、やってやんな」
顎で合図する香。ずい、と磔の超少女の前に立った肉弾姉妹は、丸い拳を握る。
容赦のない、殴打。
肋骨にヒビが入り、内臓は損傷し、切り傷が無数に描かれ、皮膚の破れた無惨な腹部。内も外も、皮膚から筋肉、骨格まで、ありとあらゆる破壊を受けたボロボロの腹部を、男性並みの腕力を誇るパンチが殴りつける。
ドボッッ!
引き締まったボディに、巨大な拳が埋まる。
磔にされ、仰け反らされた少女戦士の無防備な肢体に、『エデン』の力を得た怪物のパンチが打ち込まれる。
「うぐッッ!! ・・・・・・・・がッ・・・・・・・はぁッ・・・・・・」
一撃で、無垢な少女の表情は、鉛を撃ち込まれたような痛みに引き攣った。
髪を掴まれ、仰け反らされているために、腹筋が伸びた状態になっている。そのままで、打撃を受けることは、衝撃を内臓まで食らう事態を引き起こしていた。まるで拳が内臓まで突き入っているかのような鈍痛。重い一撃が、小柄な少女にバラバラになりそうな錯覚を起こさせる。
「そら、もういっちょう!」
ドスッッ!!
間髪いれずに続くボディーブロー。
七菜江の食い縛った歯の間から、ドロリとした血糊が泡立ちながらこぼれ出る。
「ぐうッッ・・・・・・ふッッ・・・・・・ううううぅぅッッ・・・・・」
「さあ~、七菜江。負けを認めて、奴隷になるんだ。そうすりゃ、命だけは助けてやるから」
苦しむ美少女の切なげな顔を愉快そうに眺めながら、柴崎香は甘い口調で囁く。
だが、人を疑うことの苦手な純粋な少女が、この時ばかりは香の嘘を見破っていた。香の目的は、あくまで七菜江に跪かせることなのだ。今の彼女を突き動かしているのは、『エデン』によって肥大化した、七菜江への嫉妬。七菜江を痛めつけることだけが、香の目的といってもよい。
もし、七菜江が屈服したら・・・目的を達成した香は、間違いなく七菜江を殺す。生かしておく必要などないのだ。
たとえどんな拷問を受けようとも、七菜江は屈するわけにはいかなかった。元より、少女戦士に香に屈するつもりは毛頭ない。
「ホントにしぶとい女だよ! サリー、ビッキー、こいつの腹をぐちゃぐちゃにしてやりな」
ドスッッ! ドボッッ! ガスッッ! ボコッッ! ドボッッ! ゴボッッ!
重い打撃が、絶えることなく断続的に磔少女の腹部を抉る。
「がはッッ!!・・・あぐッッ!!・・・ぐはァッッ!!・・・うああッッ!!・・・がッッ!!・・・くああ・・・」
ゴボリ・・・ボゴ・・・ゴボゴボ・・・・・・・・
血塊が、歯の隙間から次々にこぼれていく。
ボロ雑巾のようになったセーラー服を、己の血で赤く染め、ヒュウヒュウと苦悶の呻き声を漏らして、金網に縛り付けられた可憐な美少女。この星と人々とを守るために、命と身体を張って守ってきた健気な少女戦士が、見るも無惨な姿に変わり果て、凄惨なリンチ地獄に沈もうとしている。
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