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「第七話 七菜江死闘 ~重爆の肉弾~」

3章

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 「香先輩」
 
 「ナナ、先生から伝言。女子は男子の決勝のあとだから、これから1時間後に集合ね。それまでは自由時間だって。あなたはいまやウチのエースなんだから、しっかり休んでよね」
 
 「そんな、エースだなんて・・・先輩の指導のおかげですよ」
 
 青いユニフォームを着た髪の長い少女は、くっきりとした大きめの唇を吊り上げる。ウェーブのかかった長い髪は、スポーツをやるには相応しくないように思えた。
 
 「みんな、紹介するね。ハンド部の柴崎香先輩。ポジションがあたしと同じセンターだから、いろいろとお世話になってるの」
 
 「おかげで私は、レギュラーの座を取られちゃったけどね」
 
 冗談っぽく言った柴崎香が、わざとらしいほどの笑顔を見せる。対する七菜江は気まずそうな表情を浮かべていた。
 
 「ちょっと、ちょっと、ナナ。冗談だってば。そんなこと気にしないでいいって、ずっと言ってるじゃない。実力世界なんだから。あなたがレギュラーになったから、ウチはここまで強くなれたんじゃない。チームが勝てるなら、私は嬉しいわよ」
 
 香のことばに、ようやく七菜江の顔から固さが取れる。七菜江自身は、香からレギュラーを奪ったことを気に病んでいるようだが、奪われた方はさっぱりしているようだった。
 身長はハンド部員としては特に高くないが、それでも七菜江よりは5cmほど高い。華奢な身体つきをした柴崎香は、キツメだがはっきりとした瞳と、大きな唇が特徴的な美人であった。各パーツが整っている、絵に描いたような美人なので、女のコが憧れそうな顔といえた。3人のファントムガールたちが皆、チャーミングな魅力を持っているのに対して、柴崎香は完成されているが、冷たいイメージを与える美人といえるかもしれない。
 
 「香先輩、こっちが友達の夕子と桃子です。夕子は聖愛の理数科なんですよ。桃子は違う学校なんだけど」
 
 「ああ、ミス藤村でしょ。知ってるわ。確かにカワイイわね」
 
 「そんな、大したことないですよォ。香先輩の方が美人だと思いますよ」
 
 己のことを知られていたことにドキリとしながら、桃子は初対面の相手を褒め上げる。素直な少女だけに、美人と思っているのは本心だった。
 
 「そうかしら」
 
 「そうですよ。ホントにそう思いますよ」
 
 「工藤くんもそう思う?」
 
 紹介する前から名前を呼ばれ、吼介と七菜江の両方が驚く。
 
 「あれ、香先輩、吼介先輩のこと、知ってるんですか?」
 
 「なに言ってるの、こんな有名人、知らない生徒が聖愛にいるわけないじゃない」
 
 「・・・そりゃどうも」
 
 「で、工藤くんはどう思う? 私のこと、美人だって思ってくれる?」
 
 「そりゃあ、美人だと思うよ」
 
 「ナナより美人かしら?」
 
 ムッとした表情を浮かべたのは、夕子と桃子であった。当の本人は硬直した姿勢で、じっと筋肉武者を見詰めている。
 工藤吼介の答えは、さらにふたりの少女を苛立たせるものだった。
 
 「まあ、どっちが美人かって言ったら、七菜江より美人なんじゃないかな」
 
 「キャー―、嬉しいッッ!!」
 
 香の細い体が、棒立ちの格闘獣に抱きついていく。
 あっと思う間もなかった。七菜江がしてもらいたかった抱擁を、突然現れた香は半ば力づくで奪ったのだ。反射的に棍棒のような腕が、飛び込んできた肢体を抱き締める。衝撃的なシーンに、ショートカットの少女の眼が見開く。
 
 「私、ずっと前から工藤くんのファンだったの! ね、私と付き合わない?」
 
 「さっきから、何やってんのよ!」
 
 抱きつく少女を、力づくで引き剥がしたのは、霧澤夕子だった。
 クールな仮面をかなぐり捨てた機械少女が、熱い本性を露わにする。暴挙とも言える香の行動に、もはや我慢は限界だった。
 
 「先輩だかなんだか知らないけど、ふざけるのもいい加減にしなさいよ! 七菜江を動揺させることばかりして、それでも先輩なの?!」
 
 小柄な夕子の思わぬ力に目を白黒させながらも、柴崎香は整った美形を不敵に歪ませて笑う。
 
 「なによ、あなた? 人が誰を好きになろうが自由じゃないの」
 
 「七菜江を傷つけるなって言ってるのよ! 自分の自由のためなら、他人を泣かせてもいいって言うの?!」
 
 「じゃあなに? 工藤くんとナナは、付き合ってでもいるってわけ?」
 
 思わず右の拳を固めた夕子を、隣の桃子がそっと制す。だが、優しさという点では五人のファントムガールのうちでも1,2を争う超能力少女の瞳は、戦慄を覚えるほどに冷たい。
 
 「別に、付き合ってなんか、いませんよ」
 
 赤く燃え上がるふたりを鎮めたのは、哀しみを明るさで覆い隠した七菜江の声だった。
 必死で感情を抑えている声。嘘が下手な少女の声に潜んだ本音が、痛いほどに伝わってきて、ふたりの友の心を揺さぶる。
 
 「ほーらみなさいよ! だったら私が工藤くんと付き合ってもいいじゃない?! それともなに、工藤くんはナナが好きだっていうの?」
 
 話の矛先が己に向けられ、筋肉獣の顔が強張る。それは彼が、今までに対峙してきた、どんな格闘技の達人相手にも見せたことがない焦りの表情だった。急展開で迫られた告白に、明らかな戸惑いが、日焼けした鉱石のような顔に浮んでいる。
 ドクン、ドクン、ドクン・・・
 世界を支配する鼓動の響きに、思わず七菜江は小さな手をギュッと結んでいた。
 夕子は垂れがちな瞳で、鋭く最強の男を射抜いている。
 “言っちゃえ!” 心の中で桃子は、吼介の勇気を応援する。
 数秒後、男の茶色の唇は開いた。
 
 「いや、別に」
 
 どこかでガラスの割れる音が聞こえた。
 
 「あはッ、あはははは! だったらなんの問題もないじゃない! 工藤くん、私と付き合ってよ。今、フリーなんでしょ?」
 
 再び香の細い身体が筋肉の鎧に飛びついていく。今度は霧澤夕子も、止めようとはしなかった。ただ、ピンク色の唇を、ぐっと血が滲むほどに噛んでいる。
 
 「そうなんです! あたしたち、好きでもなんでもないんです。ただ仲がいいってだけなのに、周りが勝手に勘違いして! ホント、バカみたいでしょ?」
 
 必要以上に明るい声で、ショートカットの美少女が快活に喋る。白い歯を見せた健康的な笑顔が、青いユニフォームの上で弾けている。
 
 「ホント、バカみたいでしょ?! 勝手に勘違いして・・・舞いあがっちゃって・・・バカみたいなんですよね。ホントに・・・・・・」
 
 “ナナ・・・もういい・・・やめて・・・・・・”
 
 悲痛な掌に、心臓を鷲掴みにされるのを、桃子は自覚した。
 黒と赤の炎が胸の奥で渦巻き、夕子は立っていられないほどの怒りに焦がれている。
 
 「吼介先輩と香先輩なら、お似合いですよ。じゃあ」
 
 言うなり振りかえったショートカットは、逃げるように駆け出していく。これ以上、笑顔を作っているのは限界だと言わんばかりに。
 
 「ナナッッ!!」
 
 「工藤吼介ぇッッ!! あんたとは初対面だけど、言わせてもらうわッッ!!」
 
 慌てて追いかけるふたりの美少女。
 赤髪のツインテールが振り返り、本来可愛らしいはずの美貌を、憤怒の形相に変えて叫ぶ。
 
 「貴様は最ッッッ低の男だッッ!!!」
 
 遅れて振り返る桃子。
 その完成されたマスクには、もはや慈愛に満ちた、彼女本来の魅力は失せている。
 
 「吼介とは谷宿で会って以来の仲だけど・・・マジで見損なったよ」
 
 厚めの唇が怒りで震えている。トドメのひとことを、美少女は躊躇なく吐き捨てた。
 
 「いくじなし」
 
 駆け去っていく美少女たちの背中を、硬直したまま、工藤吼介は見送った。ぶら下がっていた華奢な女が離れても、逆三角形の肉体は、同じ方向を見続けていた。
 
 「痛てぇ」
 
 最強と呼ばれる男が、そっと胸に手を置くのを、誰も見る者はいなかった。
 

 
 体育館の一角で起こった、筋肉の鎧に包まれた男と、四人のタイプの異なる美少女による騒動から十数分後。
 厳重に閉め切った体育倉庫の中に、人間の気配が湧き立つ。
 
 試合が行われている間は、使用されることのない倉庫は、場所がフロアから離れていることも手伝って閑散としていた。加えて倉庫の扉の前には、タチの悪そうな3人の不良学生が睨みを利かせて立っている。坊主頭と金髪とパンチパーマの組み合わせ。全員が殺人のひとつでも犯してそうな目つきのうえに、坊主頭に至っては山のような巨漢だ。不穏な雰囲気のバリアによって、体育倉庫の内部は完全に外部と遮断されていた。
 
 その中で蠢いた気配は、長い髪の女のものだった。
 黒の縁取りでもしているのかと、勘違いさせるくらいハッキリとした、力強い瞳を持つ女。美しい瞳であるのは確かだが、その強すぎる光は見る者を圧倒する迫力がある。高い鼻といい、赤い大きな唇といい、全てのパーツが強い自己主張をしている顔であった。物凄い美人とも言えるが、一歩間違えると恐いと言われかねない、そんな容姿の持ち主。肩までに伸びた髪は、ファッションモデルのようにウェーブがかかっている。
 
 女の名前は、柴崎香といった。
 聖愛学院女子ハンド部の一員である彼女が、自由時間とはいえ、ひとりチームを離れてこんな場所にいるのも奇妙であったが、彼女と一緒にいる人物たちの正体をしれば、その違和感はさらにいや増す。
 倉庫にある人影は、香の他にふたつ。
 その両方ともに、風船のように膨らんだ巨体を揺らしている。
 渡辺・カズマイヤー・沙理依と美姫依。通称サリーとビッキーと呼ばれる、東亜大附属高校が誇るハンド部の双子エースが、どうしてこれから決勝を戦う相手チームの一員といっしょにいるのか?
 
 「七菜江のヤツ、予想以上に落ち込んだみたいね。いい気味だ」
 
 吐き捨てるように言い放った香の唇は、さも忌々しげに歪んでいる。ショートカットの少女の顔を思い出すだけで、細身の女の胸底にはドス黒い憤怒が渦巻いていた。
 
 「片倉響子の言った通りだ。藤木七菜江の弱点、その1。七菜江は精神的揺さぶりに弱い。特に大切に思っている人間を利用されると、尚更ね。工藤吼介があんな対応をするのは意外だったけど」
 
 七菜江が吼介と普通の間柄にないことは、ハンド部内では誰もが暗黙のうちに了解していることだった。ちょっと動揺させるつもりで、吼介にちょっかいを出したのだが、予想外の吼介の対応のおかげで、七菜江が深く傷付いたのは明白だった。抱きついていった甲斐があったというものね・・・今後、憎き少女に仕掛ける仕打ちを思うと、自然笑みがこぼれる。
 
 「あんだけ動揺させたんだ、あんたら、まさか負けたりしないだろうね?」
 
 横柄な香の言葉に、ややムッとしながらも、巨漢の双子が答える。
 
 「あったりめえだ。そんな小細工なしでも勝てるさ」
 
 「あの7番は、あたしらが試合中に潰してやるよ」
 
 「ふん。ならいいんだけどさ。あんたらも、この試合に負けたら東亜大で居場所がなくなるんだろ? 負けるわけにはいかないよな」
 
 香の口調は、普段学校で見せている姿とは異なる荒っぽさであった。悪意に満ちた復讐心が、女を残虐な処刑人へと変貌させている。
 
 「あたしからレギュラーを奪ったあの女に、いい思いさせてたまるか! 試合に負けて、打ちひしがれているところを、嬲り殺してやるさ。片倉響子からもらった、新しい力でね!」
 
 ゾワワ・・・ウェーブのかかった髪が蠢く。
 香のなかにある別の生命エネルギーが、美女の邪念との相乗効果で、瘴気を纏って猛烈な勢いで膨張しているのだ。
 
 「死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 死ね! 藤木七菜江、あんただけは泣き喚かせなきゃ気が済まない! 地獄を見せてやるよ、アーッハッハッハッハッ!」
 
 暗黒の欲望に囚われた美女の哄笑が、閉鎖された倉庫内に響き渡る。
 浅薄にして強大な感情“嫉妬”に狂った魔女の復讐劇が今、無垢な聖少女の身に襲いかからんとしていた。悪の包囲網を知らず、傷つけられた幼い心を抱き締めたままの超少女へと―――
 
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