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「第六話 里美秘抄 ~野望の影~」
8章
しおりを挟む―――どうしてナナちゃんは、もっと闘いに徹しられないの?!
五十嵐里美の口調には、厳しい響きが含まれていた。注意する、という明確な意思が、誰にでもハッキリとわかるぐらいに。
闘いのあとの反省会。五十嵐家の地下にある作戦室で、巨大なモニターを見ながら5人の少女は、先日の苦闘を振り返っていた。場面はファントムガール・ナナが、豹の化身マヴェルと、タコのキメラ・ミュータント、クトルと対峙している時のもの。攻勢に出ていたナナは、マヴェルの口から里美が人質であることを告げられた瞬間、動きを止めてしまっていた。
「だって、里美さんを殺すっていうんだもん」
「ここはもっと冷酷にならなきゃダメよ。敵の脅しに屈して、あなたまで殺されたらどうするの? 捕まった私が悪いんだから、見捨てるくらいでいいのよ」
「そんなこと、できないよ」
他の少女たちも見詰めるなか、藤木七菜江は、里美の注意をはっきりと拒絶した。
「できないって・・・」
「里美さんが殺されるなんて、ダメだよ。あたし、ファントムガールになった時から、里美さんを守るって決めてる。大事な人を守るためにファントムガールになったんだもん。里美さんはあたしが守るよ」
普段陽気な少女の視線が、里美にはやけに眩しかった。
―――四体のミュータントが、ファントムガールになった里美の四方を囲んでいる。
闇の魔力が高まっているのがわかる。光と対を成す闇の攻撃を一斉に浴びせ尽くし、ファントムガールを抹殺するつもりなのだ。圧倒的な力の差、状況の不利を思い知った里美の心を、敗北の暗い影が飲み込んでいく。
「ファントムガールッッ!! まだですッ! まだ終わっていませんッ! いま助けますからッッ!!」
窮地を救ったのは、先に魔獣どもの総攻撃を浴び、瀕死に陥っていたはずのファントムガール・ユリアだった。結果的に里美を二度も救った少女は、代わりとなって悪魔の蹂躙にあい、敗死した惨めな姿を晒すことになったのだった。
「ユリちゃん、あなたにはいつも助けられてるわよね」
一度は死に追いやられた黄色い戦士が復活してから、しばらくたったある日、ふたりきりになった里美は、常日頃から思っていた感謝の言葉を西条ユリに告げた。
「・・・そんな・・・・・・助けられているのは・・・・・・私の方です・・・」
「ううん、ありがとう。あなたをこんな闘いに巻き込んだのは、私なのにね」
白い制服に身を包んだスレンダーな少女は、恥じらいに頬を染めて、俯きながら言った。
「・・・里美さん・・・そんなこと、気にしないでください・・・私・・・・・・里美さんのために闘えるの、嬉しいんです・・・・・・」
―――聖愛学院の第二物理実験室。
夏休みの間、学生に開放されている空間は、半ば霧澤夕子の所有物になっていた。連日研究のために通う夕子にとって、長い休暇はこれとないチャンスでもある。
ほとんど他人を入れたことがない実験の場に、珍しく夕子以外の人影があった。
「ナナちゃんも、ユリちゃんも、そういうこと言うのよ」
実験室の丸い椅子に腰掛けた五十嵐里美が、夕子が淹れてくれたコーヒーに口をつける。芳香を放つ液体は、実験室備え付けのガスバーナーで温めたインスタントだ。自分用の黄色いマグカップで、同じものを口に運ぶ夕子が言う。
「で、里美はどう思うの?」
学年はひとつ下だが、夕子だけは里美に敬語を使わない。そんな関係の方が、ふたりにとっては自然なようだ。当人たちはもちろん、周りの者も気にしていないのが、その関係が妥当であることを示している。
「そりゃあ嬉しいわよ。ふたりとも、私のために闘ってくれるって言うんだもの。でも・・・」
「でも・・・リーダーとしては辛いって?」
「本来なら、私があのコたちを守ってやるべきじゃない。それが逆になってるなんて・・・」
「里美はよくやってるよ。ふたりだけじゃない、私も桃子も守ってもらってる。それに」
不意に立ちあがった夕子は背中を見せる。ツインテールの肩越しに、冷徹とさえ噂される少女は言った。
「それだけ魅力があるのよ、里美には。あんたのために命を賭けてもいいって思ってるのは・・・七菜江やユリだけじゃないわよ」
照れくさそうに話す夕子の赤く染まった頬が、里美には愛しかった。
―――びっしょりと濡れた髪を額に張りつかせて、桜宮桃子は仰向けに横臥していた。荒い息を吐くたびに、小さな肩が激しく上下する。
「今日はこの辺にしようか。かなりバテちゃったようだし」
「・・・・・・疲れ・・・ましたぁ~~・・・・・・」
整った顔立ちに珠のような汗が浮んでいる。全力を出し切った後の爽やかさが、桃子の笑顔に滲んでいた。
「リハビリがてらの特訓って・・・・・・ちょっとキツクないですかぁ~~?」
「そうかもしれないけど、大切なことよ。これからどんな敵が襲ってくるか、わからないんだから。ちゃんと超能力をコントロールできるようにしとかないとね。あと、ファントムガールとしての闘い方も、ある程度身につけないと。必殺技もつくらないとダメかな」
「ひえ~~ッ、里美さん、厳しいですよォ~~・・・」
世界で唯一のファントムガール専属コーチは、基本的には普通の女のコである桃子を鍛え始めていた。七菜江もユリも夕子も・・・みんな同じように光のエネルギーの使い方と、戦闘の基礎を、里美から学んだのだ。
ようやく桃子の呼吸が整い始めたころ、里美は長い間、心に巣食っていたことを質問した。
「どうしてあの時、里美さんを助けたかってことですか?」
それは二人が初めて会った日、久慈の秘密基地から脱出する時の話だった。
「テレポートできるなら、自分が逃げればいいじゃない。どうして私を助けたの?」
「だって、自分が助かるより、ひとを助けたいじゃないですか」
サラリという桃子だが、その志は遥かに高い。しかも少女はそれを実践しているだけに尚更だ。夢は介護士という桃子らしい発想ね、里美は思う。
「あと、あたしより、里美さんが助かった方がいいじゃないですか。人類のためにも」
「・・・桃子もそんなこと言うのね」
何気に複雑な表情を浮かべた里美に、桃子は仄かに色気漂う美貌を、ニッコリと綻ばせた。
「そうですよ、言いますよ。だって、あたし、里美さんのこと好きだから」
―――目の前で小学校低学年ぐらいの男の子が泣いている。
後にあれほどの肉体を誇る格闘獣になるとは思えない、小さな身体。溢れる涙を止めようともしない、くしゃくしゃになった顔には、確かにあの男の面影が残っていた。
「コースケが、泣くことないでしょ」
幼いころの姿に戻った里美が言う。顔には泥がこびりつき、口元にはうっすらと血が滲んでいる。紺色のワンピースは、ところどころが破れていた。
そういえば、昔はよくイジメられたな・・・お金持ちの令嬢という理由だけで、近所の子供達は、イジメの標的に里美を選んだ。すでに御庭番宗家たる修行を開始していた里美にすれば、数人の児童を撃退するのは容易いことであったが、親代わりとなって育ててくれた執事のきつい厳命により、手だしをすることは固く禁じられていた。
「私は平気なんだから、コースケは泣かなくていいの」
泥まみれになった少女は、顔を真っ赤にして泣きじゃくる少年の頭を優しく撫でる。そう、あのころは、私の方が背が高かったのよね。六年生の男子5人が無抵抗の里美を殴るのを、小さな少年は、ただ泣き喚きながら、遠巻きに見ているしかなかった。
「オレ、強ぐな゛る゛~~~ッッッ!!!」
流れる涙を拭きもしないで、少年は叫んだ。
「絶対にづよ゛ぐな゛っで、里美を守っでや゛る゛ッッ~~ッッ!!!」
天に向かって咆哮するようなその言葉が、本気であったと知ったのは、二日後、少年が空手道場に通い始めたと聞いた時だった。
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