ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

文字の大きさ
上 下
77 / 311
「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~

16章

しおりを挟む

 まとわりつくような熱風の中、夜の闇に、眩い光が錯綜する。
 膨大な質量の白光が、結晶化し、物体化していく。周囲を昼のように照らし出した温かい光は、やがて流れるようなボディを持つ、少女の身体へと形を整えていく。
 
 ファントムガール・ユリア見参。
 
 細身だが、スラリと伸びたバランスのいいフォルム。輝く銀の肌に、黄色の文様が浮んでいる。後ろの襟足で、ふたつにまとめたライトグリーンの髪。青い瞳が灯った顔は、精巧な人形を思わせるほどに端正である。
 前回の敗走を、つゆとも感じさせぬ凛々しい姿は、まさしく天使の呼び名に相応しい。
 ファントムガール・里美の窮地に駆けつけた武道少女の狙いは、誰の目にも明白だ。
 そのはずだが―――
 
 「??! あんたぁ~~、どういうつもりよォ~~??」
 
 「ッッ?!! ・・・あ、あの小娘めぇ・・・・・・小癪なマネをッ!!」
 
 怪訝そうに首をかしげる女豹に代わり、呪詛のことばを吐いたのは、巨大な戦闘現場の近くに潜んでいた、久慈仁紀であった。
 里美の読み通り、久慈は敢えて変身せず、救出にくるかもしれないファントムガールの仲間に備えて、じっと待機をしていた。
 いや、もっと厳密にいえば、ファントムガールを餌にして、ユリアをおびきよせるつもりだったのだ。
 
 藤木七菜江が闘えないことを知っている久慈は、この闘いで残るふたりを始末するつもりでいた。今までのように、また新たな戦士なる者が、出現するかもしれないが・・・それにしても、今回は圧倒的に有利なのだ。ファントムガールはマリーひとりで十分だし、ユリアは変態教師の成れの果て、クトルに勝てないはずだった。警戒しなければならないのは、ファントムガールがクトルを、ユリアがマリーを、闘いの相手に選ぶ場合だが、そうはさせないようにユリアが登場次第、クトルとメフェレスとで存分に嬲って殺す計画だった。
 だから、ファントムガールが現れても、久慈はメフェレスにはならなかった。ちゆりとマリーとに任せ、中年教師田所とともに、戦闘の現場で罠を張って、ユリアの出現をてぐすね引いて待っていたのだ。
 が、しかし、ようやく現れた少女戦士は・・・
 
 「あんなに遠くでは、今からではとても間に合いませんね。どうします、久慈くん?」
 
 「すぐに移動だ! その辺で死んでる奴の車を使えば、五分たらずで行けるッ!」
 
 ファントムガールが魔豹の悦技に昇天しかかっている処刑場から、5kmほども離れた地点に、黄色の戦士は現れていた。
 マヴェルやマリーから見える、髪をふたつにまとめた聖少女は、豆粒ほどの大きさだった。大小さまざまな高さのビルの間から、こちらを見据える華奢な巨大少女は、白く輝く光の弓矢を、真っ直ぐに構えている。
 破邪嚆矢。
 真の力を解放した武道少女は、容赦ない必殺の一撃を、黒衣の魔女に狙い定めていた。ユリアの正体である西条ユリは、30m離れた距離にある10cm四方の的に当てるほどの、弓道の腕前を誇る。
 
 「これが私たちの・・・唯一の作戦です」
 
 ギリギリと光の矢を引き絞るユリア。凛とした姿勢からは、清廉な闘気が漂ってくる。
 
 “ユリア・・・・・・頼んだ・・・わ・・・・・・・”
 
 五十嵐里美がメールでユリに託した作戦、それが遠い場所から破邪嚆矢でマリーを射る、というものだった。
 恐らくユリアの登場を、クトルが待ち構えているであろうことは、里美は十分に承知していた。ファントムガールを助けるため、ユリアが現れれば、まさしく飛んで火に入る、だ。
 クトルの攻撃が届かない、離れた位置から矢を放つ。
 マリーを倒しさえすれば、数的不利があろうと、少しは勝利の可能性も出てくる。今ごろクトルは急いでユリアに向かっているだろうが、5kmの距離は巨大化したとしても、遠い。それだけの時間があれば、弓矢は十分に射てる。
 危険であると知りつつ、里美がたったひとりで立ち向かったのは、このためだった。この作戦を成功させるには、クトルを近くに待機させるよう、囮にならなければならない。代償は決して小さくはなかったが、里美の決死の作戦に、勝利の女神は微笑んでくれているようだった。
 
 「あはははは♪ 小鳥ちゃん、勝手なマネはさせないよォ~~! こっちにはねぇ、い~~い盾があるんだからぁ~」
 
 ユリアと黒衣の魔女とを結ぶ直線上に、銀の毛皮が付いた魔豹が立ち塞がる。高々とあげた右手に掴むのは、長く艶やかな金色の髪。ぐったりと脱力したファントムガールが、矢の標的の前に現れる。
 
 「ど~~う? 自分の手で、お仲間をヤルなんてぇ~、あんたのような甘ちゃんにはできないでしょォ~~?」
 
 嘲る女豹の声は、距離があるため、聞こえなかったのか。
 欠片ほども動揺をみせず、ユリアの右手は遠目にもハッキリと、さらに光の矢を引いていく。
 
 「なッッ??! ちょ、ちょっとッ~! あんた、ホントに射つ気ィィ~?! こいつが死んでもいいのォッ?!!」
 
 「ムダ・・・・・よ・・・・・・・・」
 
 息も絶え絶えな囚われの戦士が、焦る魔豹に言い放つ。
 
 「ユリアは・・・・・・射つ、わ・・・・・・矢は私を貫き・・・・あなたを射す・・・でも・・・・・・光の技は・・・私には致命傷に・・・ならない・・・・・・」
 
 ゾクリ。
 冷たい刃が、マヴェルの背中を斬りつける。
 
 光の技は、同じ光の戦士には、大きなダメージにはならない。逆に闇の魔性には、聖なる力は恐るべき脅威になる。
 
 「こッのッ! ハッタリをォ~~!」
 
 「普段の・・・彼女なら・・・・・それでも私を傷付けられないでしょう・・・・でも・・・今なら・・・・・・」
 
 光の矢が、最高潮に引き絞られる。あとは放たれるのみ。
 青の結晶でできた豹の眼が、恐怖と焦燥に歪む。
 
 “私が知る、神崎ちゆりという人間なら、この後の行動は・・・”
 
 ユリアの右手の指が、矢をまさに放そうとする瞬間。
 魔豹は銀の女神を掴んだまま、脱兎のごとく飛び逃げた。
 いくらマリーが、ファントムガール攻略を握る力を持っていようが、己の身の可愛さとは、比べようもない。元より、己を犠牲にして仲間を守る、などという概念自体がマヴェルにはない。
 里美の予想通り、自らの安全を選んだ魔豹がいなくなった今、マリーを守るものは、なにもない。
 
 “やって!! ユリアッッ!!!”
 
 「破邪嚆矢ッッ!! ・・・・・・・ッッ!!」
 
 ドバシュウウウウウッッッ!!!
 
 残像を跡にして、聖なる嚆矢が一直線に黒衣に迫る。
 まるでレーザービーム。なにものにも障害されず、ファントムガール逆転の一矢が、宙空を駆け、一気に距離を縮めて魔女に殺到する。
 魔力は飛び抜けているが、その分反射神経はない黒魔女は、立ち尽くして正義の矢尻を受ける。
 
 ズバアアアアアッッッ!!!
 
 漆黒のフードの左側頭部が裂け、内側から黒い髪が覗く。
 光の矢は、わずかに上方に外れ、魔女のフードを破っただけで、はるか虚空に消えていった。
 
 「あッッ!!・・・・・・・・」
 
 「うくッ・・・・くあ・・・あ・・・・・・・・」
 
 ファントムガールが驚愕と絶望の混じった声を出すのと、ユリアが呻くのとはほぼ同じだった。
 黄色の戦士は、ぶるぶると震えながら、己の細腕を抱いている。
 
 “そん・・・な・・・・・まさか、ユリちゃんが・・・狙いを外すなんて・・・・・・ハッ?!!”
 
 暗澹たる漆黒の翳に、希望の灯火を飲み込まれていく中、五十嵐里美はトドメともいうべき光景を、衝撃とともに見る。
 
 ポタ・・・ポタ・・・ポタ・・・
 
 魔女の白磁のデスマスク。その額の左側から、鮮やかな朱線が一筋、ツツ・・・と垂れて地面に落ちる。
 その真っ白な右手に握られているのは、銀の地肌に黄色の模様がついた、細型の人形。後ろでふたつにまとめた緑の髪を持つその人形の右腕は、マリーの左手によって、垂直に折り曲げられていた。
 
 「少し血が・・・足りなかったか・・・だが・・・・・・効果は・・・充分・・・・」
 
 人形の腕を、逆に折り曲げる魔術師。「ぐああッッ?!!」と叫んだユリアが、右肘に走る激痛に整った顔を歪ませる。
 
 ファントムガール・ユリアの呪い人形は、完成してしまっていたのだ。
 
 破邪嚆矢が外れたのは、ユリアのミスではない。呪いによる激痛で、照準を狂わされたためだった。
 
 「そ・・・んな・・・・・・・・・そ・・・ん・・・な・・・・・・・・」
 
 髪をマヴェルに掴まれたままのファントムガールが、ガクリと両膝を大地につく。ズズ――ン、という地響きが、守護天使の哀しげな歌となって、人類が避難したあとの街に木霊する。
 
 唯一、マリーの黒魔術に呪縛されていないと思われたユリアは、すでにマリーの虜と堕していたのだ。
 
 冷静に考えてみれば、当たり前の話だった。前回の闘いで、ユリアはイヤというほど、愛液を噴出させられてしまっている。その前の魔獣「サーペント」戦では、出血も多かった。ファントムガールやナナのサンプルを集めている敵が、どうしてユリアの血や愛液を集めていないと言えるのか。寧ろ、前回ユリアが陵辱されたのは、このためだと考える方が妥当ではないのか。
 
 “・・・いや・・・・私は・・・わかっていた・・・・・・ユリアの人形が造られているであろうことを・・・・・・でも・・・それが恐くて・・・・・・・絶望するのが・・・恐くて・・・・・・・・逃げた・・・・・・・逃げてしまった・・・・・・”
 
 ヴィーンヴィーンヴィーン・・・
 膝立ち状態の銀色の天使に輝くクリスタルが、その点滅を早めていく。
 罠に敢然と飛びこみ、囮となるため挑発し、地獄の苦しみを必死で耐え・・・そこまでして逆転に賭けた唯一の策は、いとも簡単に破られた。里美の弱い心が生んだ、希望的な観測のせいで。
 残された現実は、光のエネルギーを魔法陣により根こそぎ奪われた身体と、発覚した下腹部のクリスタルという弱点、そしてユリアでさえも魔人形の虜囚であるという事実。
 さらに・・・・・・
 
 「ファントムガール! 諦めてはダメです!」
 
 遠い距離から、ユリアの高い声が叫ぶ。
 その手に光るのは、二撃めの破邪嚆矢。
 呪い人形の作製には、髪の毛と血と愛液とが必要ということだが、その量によって効果が変わるらしい。確かにユリアも黒魔術にかかってはいるが、襲いくる激痛は、里美やナナほどではなかった。
 
 “これぐらい・・・我慢できますッ!!”
 
 普通の少女なら泣き喚かずにはいられない痛撃を、生まれながらの武道少女は汗を垂らしながら食いしばる。右肘を襲う電撃にさらされつつも、惚れ惚れする姿勢で弓を引く。
 
 だが。
 
 「タイム・オーバーだ。ファントムガール・ユリア」
 
 黒い隕石がユリアの両サイドに落ちる。轟音とともに、暗黒の渦が、凶悪な2体の巨大生物に形を変えていく。
 
 「ハッッ!!」
 
 すかさず光の矢を放つ、武道少女。なんとかひとりでも倒そうという、願いを込めて・・・
 嘲笑う現実。信じられない光景。
 マッハをはるかに凌駕する速度で飛ぶ光矢は、放って1mの距離で、青銅の掌に掴まれていた。
 
 「メ・・・メフェレッッ!!!」
 
 驚愕に叫ぶ銀色の唇が、途中で動くことを止められる。
 魔人メフェレスに掴まれた嚆矢は、次の瞬間、少女戦士の脇腹を、右から左へ串刺していた。
 
 「あッ!!・・・ぐあ・あ・あ・・・・」
 
 「どうだ、自分の武器に貫かれる気分は?」
 
 右側で悪態をつく黄金のマスクに、ユリアが愛くるしい顔を向ける。その瞬間。
 
 ドシュドシュドシュドシュッッ!!!!
 
 大の字になったユリアの肢体が、血風を撒き散らす。天を仰ぐ柔らかな唇から、血の水鉄砲が噴き出される。
 華奢な身体の両肩、そして太股の根元が、ヘドロにまみれた濃緑の触手に背後から貫かれていた。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々

yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

奇妙な日常

廣瀬純一
大衆娯楽
新婚夫婦の体が入れ替わる話

→賛否分かれる面白いショートストーリー(1分以内で読了限定)

ノアキ光
大衆娯楽
(▶アプリ無しでも読めます。 目次の下から読めます) 見ていただきありがとうございます。 1分前後で読めるショートストーリーを投稿しています。 不思議なことに賛否分かれる作品で、意外なオチのラストです。 ジャンルはほとんど現代で、ほのぼの、感動、恋愛、日常、サスペンス、意外なオチ、皮肉、オカルト、ヒネリのある展開などです。 日ごとに違うジャンルを書いていきますので、そのときごとに、何が出るか楽しみにしていただければ嬉しいです。 (作品のもくじの並びは、上から順番に下っています。最新話は下になります。読んだところでしおりを挟めば、一番下までスクロールする手間が省けます) また、好みのジャンルだけ読みたい方は、各タイトル横にジャンル名を入れますので、参考にしていただければ、と思います。 短いながら、よくできた作品のみ投稿していきますので、よろしくお願いします。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...