上 下
69 / 222
「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~

8章

しおりを挟む

 「ホントに知らないんだ? じゃあ、ちょっと会わせてあげるよ! あたし、友達なんだ」
 
 興味ない、と断ろうとする吼介の口を、水仙のような桃子の笑顔が封じる。女子高生の無邪気さと、夜の薫りがかすかに漂う色っぽさ。黒く大きな瞳と、並びのいい白い歯が造る笑顔は、男ならときめかずにはいられぬ可愛らしさだ。どんな雑誌の表紙を飾る美人にも、劣ることはない。極上のワインを思わせる美貌を、曇らせる勇気は吼介にはなかった。
 
 「ちょっと待ってて」
 
 立ちあがった桃子は、ゆっくりと周囲を見回す。
 急に、楽しげな空気が消え、桃子を纏う雰囲気が変化する。その表情は真剣そのもの、といった感じだ。透き通った瞳は厳しさを増したように見え、光っているような錯覚すら覚える。
 
 奇妙な感覚が、プロ顔負けの格闘士を捕える。
 どう見ても、普通の女子高生の体格なのに、じっと集中して活気溢れる街中に視線を飛ばす少女から、一流の格闘家の匂いがするのだ。
 
 “?? なんだ、この感じ・・・? なにか武術を? いや、そんなわけはない、この体つきは、間違いなく普通の女のコのもの。だが、なぜだ? 凄まじいエネルギーのようなものを、このコからは感じる。自分は強い、というような自負、自尊心みたいなもの。単なるオレの気のせいか?”
 
 「いた」
 
 耳の奥でころころと毛糸が転がるように呟く声で、吼介の思案は中断される。
 次の瞬間には、45kgほどの小柄な少女に引っ張られる、180以上の大男の姿があった。
 
 「ただ待ってるのも、暇でしょ?! 時間潰しに聞いていこうよ、『歌姫』の唄を!」
 
 百合の笑顔を崩さぬまま、ミス藤村は最強の呼び名高い格闘士を、グイグイとエスコートしていく。その弾ける美貌は、もはや芸術品といっていいほどに、輝きを放っていた。100人並のモデルを圧倒する完成度を、桜宮桃子の造形は誇っている。
 
 まさに美女と野獣の、人目を集めるコンビは、休日で賑わう若者の街を、網目を縫って突き進む。狭い路地に入る。吼介が足を踏み入れたこともない裏道を、桃子はするすると、右へ左へ折れ曲がっていく。
 
 「お、おい! ここ、どこだよ?!」
 
 「いいから! ホラ、聞こえてきたでしょ?!」
 
 スニーカーがアスファルトを踏む音に混じって、確かに聞こえる。
 何者かの歌声が。
 甘いような、切ないような、哀しいような・・・ビブラートのかかった、伸びのある声が、今まで耳にしたことのない旋律を奏でている。
 
 「これが、『谷宿の歌姫』の声・・・」
 
 吼介は強さを追ってきた男だ。音楽のことなど、まるでわからない。
 わからないが、コンクリートの密林に木霊する声は、壮大なスケールのドラマとなって響いてくる。悲劇のドラマの。悲しみに満ちたその声は、硬派な男の心を惹きつける何かを持っていた。
 
 パッと視界が広がる。
 土地所有者の気まぐれや、建築計画のミスなどにより、偶然に生まれる裏通りの広場。狭い路地の先に広がる、コンクリートに囲まれた空き地。そこは、いわゆる不良たちの溜まり場となる。
 そのひとつに、今、行き着いたのだ。
 5m四方ほどの空き地は、ステージとなっていた。中央に、歌手が、ひとり。『谷宿の歌姫』と、一部の人間から畏敬を抱かれている対象は、観客のいないリサイタルを、たったひとりで行っていたのだ。
 
 「・・・お前が、『谷宿の歌姫』か・・・」

 「ちりィ~~、久しぶりだね!」
 
 あどけなく手を振る桃子の横で、苦い顔へと変貌していく逆三角形の男。
 『闇豹』神崎ちゆり。
 豹柄のチューブトップにミニスカといういでたちの悪女が、対照的なふたりの男女を迎えていた。歌うことに熱中し、普段の悪行からは想像できない穏やかな表情を浮かべていた不良の女王が、突然の訪問者に気付いて、慌てて歌うことを止める。
 
 「・・・工藤吼介ぇ?! あらぁ~~、こんなとこであんたに会えるとは、ちり、思わなかったぁ~~」
 
 先程までの透き通った美声が、嘘のように鼻にかかったダミ声で話すちゆり。甘えた物言いにも聞こえるが、その節々に隠された棘を見逃すほど、吼介も鈍感ではない。
 
 「お前にこんな特技があるとはな! 豹が猫のように鳴けるとは、知らなかったぜ」
 
 少しでもいいと思った自分が、腹立たしい。
 美人と会話する楽しさで、いい気分に浸っていた筋肉マシンのエンジンに火が着く。元々吼介は、不良という人種が好きではない。甘えた精神構造が見えるからだ。積年の嫌悪感に加え、騙されたような感覚が、完成した肉体の持ち主を、戦闘バージョンへと変化させていく。
 
 「筋肉しか興味ないよーな奴がさぁ~~、ここにいるほーが不思議だよね・・・なにしに来たのォ~~?」
 
 言い方は平然としているものの、サングラスの奥に光る眼は、鋭さを増している。
 ちゆりとしても、あまり他人に知られたくはなかった姿を、見られてしまった怒りは、抑えきれないようだった。
 なにしろ、相手が工藤吼介なのだから。
 五十嵐里美や藤木七菜江と仲の良い吼介は、闇豹にしてみれば、敵同然の相手であった。その男に、いつもと違う一面を見られたのは、プライドの高い彼女にとって、耐えられない恥辱である。
 
 「あ、あれ? ふたりとも、知り合いなの?」
 
 両者に流れる不穏な空気を察して、チェックのスカートの美少女が、間に入ろうとする。無駄だった。1度着いた炎は、凄まじい勢いで燃え広がらんとする。
 
 「七菜江に手を出した、ひょろ長い男に、シメシをつけてやろうとしたんだがな。まさか、こんなところでもっとオイシイ相手に会えるとは思わなかった」
 
 「ふぅ~~ん、どうやらやる気まんまんみた~い。ちりは構わないけどねぇ~~」
 
 「あの時、あいつを泣かせたこと、忘れてねえだろうな、クソ豹」
 
 「里美といい、七菜江といい、あんたってホントに女のセンスないねぇ~? いつかふたりとも、顔をグチャグチャ~にしてやるからねぇ~~」
 
 殺気が狭い空間でどんどんと溢れていく。不意に起ころうとしている戦争。それはあまりに突然といえばそうだが、なるべくしてなる状況ともいえた。
 吼介は、ちゆりが七菜江にしたリンチを忘れていなかった。
 ちゆりは、里美や七菜江の周りのものを、全て壊したかった。
 両者の意図が一致している以上、潰し会いは必定――
 
 膨らみ続ける風船が、爆発する瞬間――
 
 「危ないッッ!!」
 
 可憐な声が、今まさに飛びかかろうとしていた筋肉獣に掛けられる。
 反射的に頭上を仰ぐ吼介。そこに降ってきたのは、コンクリートの塊。
 
 ボゴオオッッッ・・・・・・!!
 
 固いものが粉砕される破壊音が響く。
 測ったように吼介の真上から落ちてきた、ボウリングの玉ほどの塊は、ダイナマイトが仕掛けられていたかのように破裂した。
 砂煙と化した粉塵が、雨となって呆然とする男に降りかかる。
 
 「こりゃあ、一体・・・?」
 
 横を向く。危険を教えてくれた少女は、肩を上下させながら、微かに呼吸を荒くしてた。真っ直ぐに見つめる瞳が熱っぽい。アクシデントにただ戸惑った顔、にしては、桃子は興奮気味であった。
 
 「はぁ・・・はぁ・・・だ、大丈夫? コンクリートが落ちてくるなんて・・・ちょっと間違えば死んでたよ?」
 
 「オレは平気だが・・・お前こそ、なんか様子がおかしいぞ? 大丈夫なのか」
 
 ニッコリ微笑む桃子。それは心配しないで、という意味らしい。
 突然の出来事に、戦闘意欲を殺がれた吼介は、抜きかけた刀を納めることにした。機先を逸らされたのはちゆりも同じようで、腕組をしながらこの様子を覗いている。
 
 「それよりふたりとも、何があったか知らないけど、いがみ合うの、止めようよ・・・・・・きゃッ?!!」
 
 背後から小さな身体を抱き締められ、思わず輝く皮膚を持つ少女は叫んでいた。
 
 「あッ!!」
 
 「待ったか、桃子。悪かったな」
 
 待ち人の登場に、白い頬がパアッと名前と同じ、桃色に染まっていく。その恥じらいぶりだけで、いかにこの美貌の少女が、現れた男に惚れているかがわかった。
 
 「なんだ、うらやましい男は、お前だったのか。副会長さんよ」
 
 登場した桃子のパートナーに、吼介は冷ややかともいえる声で言う。
 両腕で桃子を抱きすくめたまま、聖愛学院生徒会副会長、久慈仁紀は色白の顔に薄い笑いを貼り付けていた。
 ニヒルな様子は、好きな女性には堪らない魅力となるに違いない。事実、目の前で嬉しそうに微笑み続けている少女は、このプレイボーイで有名な男の虜であるようだった。
 
 「やあ、工藤くん。珍しいところで会うもんだね。君はひとりぼっちかい?」
 
 カチンとくる台詞使いに、吼介の眉がピクリと動く。だが、その後の感情を抑えることには成功した。
 
 「まあ、な」
 
 「まさか、桃子に手を出そうとしてないだろうね?」
 
 「しねーよ、アホ」
 
 「それは良かった」
 
 フフフ・・・口を歪めて笑う久慈。ひとによって、魅力的にも、醜くにも映る笑顔だ。
 
 「桃子はボクの“切り札”なんでね・・・では、失礼」
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の姉を婚約者にしろと言われたので独立します!

ユウ
恋愛
辺境伯爵次男のユーリには婚約者がいた。 侯爵令嬢の次女アイリスは才女と謡われる努力家で可愛い幼馴染であり、幼少の頃に婚約する事が決まっていた。 そんなある日、長女の婚約話が破談となり、そこで婚約者の入れ替えを命じられてしまうのだったが、婚約お披露目の場で姉との婚約破棄宣言をして、実家からも勘当され国外追放の身となる。 「国外追放となってもアイリス以外は要りません」 国王両陛下がいる中で堂々と婚約破棄宣言をして、アイリスを抱き寄せる。 両家から勘当された二人はそのまま国外追放となりながらも二人は真実の愛を貫き駆け落ちした二人だったが、その背後には意外な人物がいた

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

処女の口づけ〜秋の百合〜

tartan321
恋愛
タイトル通りです。百合っていいな。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

伯爵令嬢と公爵令息の初恋は突然ですが明日結婚します。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ユージン・オーマンディ公爵令息23歳イケメンでお金持ち爵位公爵で女性にも持てるが性格は傲慢。 シュリー・バーテンベルク伯爵令嬢、17歳美少女だが家が貧乏なので心の何処かのネジ曲がっている。 * ユージン・オーマンディ公爵令息23歳、俺はもてるが、女性には冷たく接するようで、たぶん身分が公爵で財力もその辺の王族より富豪でイケメン頭が良いから会社を設立して笑いが出る程、財を成した。 そんな俺が結婚なんて無理だと思っていたら彼女に出会い恥ずかしながら初恋だ。 彼女伯爵令嬢だが調べると貧乏で3年新しいドレスを買って無いようだ。

公爵令嬢を溺愛する護衛騎士は、禁忌の箱を開けて最強の魔力を手に入れる

アスライム
恋愛
大陸最強騎士のライルは、公爵令嬢ティリアを守護する護衛騎士だ。 だが「禁忌の箱」を開けてしまった事で力を失い、父親から殺されてしまった。 「死なないでライル!」 ティリアの蘇生魔法で生き返ったライルは、ティリアと2人で平民として生きていく事を誓う。 だが訪れた先の冒険者ギルドで、ライルには最強の魔法使いの力が宿っている事が判明してしまい……。 一途なライルの物語です。 小説家になろうでも投稿しています。

魔王にレイプされてゴミのように棄てられた女戦士は、悪役令嬢に生まれ変わって復讐します

戸影絵麻
ファンタジー
 国中の期待を背負って魔王の山に乗り込んだ女戦士ルビイは、魔王の返り討ちに遭い、処女を奪われたあげく、ぼろ布のように捨てられてしまう。魔王退治に失敗したルビイに世間の風は冷たく、ルビイの家族は迫害に耐えかねて一家離散し、ルビイ自身も娼館に売り飛ばされ、そこで下僕としてこき使われるのだったが…。これは地獄を見た娘が、刻苦勉励、臥薪嘗胆の末、魔王にざまあして己の威信を取り戻すまでを描く、愛と感動のダークファンタジー。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...