上 下
67 / 222
「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~

6章

しおりを挟む

 気を失った西条ユリとともに、里美が五十嵐家に運び込まれてから、3日が経っていた。
 幸いというべきか、性的な攻撃が主だったため、ふたりの戦士の肉体ダメージはすぐに回復することができた。だが、惨めなまで逃げかえった記憶は、少なからぬショックをふたりの少女に与えていた。
 
 「残念だけど・・・とても勝てないわ・・・」
 
 イタリア製の木造ベッドの上、淡いブルーのパジャマ姿が似合う五十嵐里美は、沈痛な面持ちで、傍らの椅子に腰掛けた藤木七菜江に語りかける。
 休日の朝。
 正体を知られぬよう、無理を押して学校に行っていた里美にとって、久々にゆっくりと身体を休められる時。
 魔術師マリーに、いいところなく敗れ、目の前でユリアを処刑されかけた里美が、あの闘いについて、初めて語る。それまで語ろうとしなかった(七菜江もそれゆえ聞こうとしなかった)想いを、熟慮の末、話す決心をつけたようだった。
 
 「あの呪術人形がある限り・・・私はマリーに勝てない。そして、あのクトルというタコのキメラ・ミュータントは、関節がないため、ユリちゃんにとって、最悪の敵・・・。たとえ“許可”を得ていても、勝てる可能性は・・・」
 
 「そんな弱気になるなんて、里美さんらしくないよ! まだ、私がいるじゃん」
 
 「ナナちゃんも、勝てないわ」
 
 断言する口調に、さすがの元気娘も絶句する。
 
 「マリーは、血と髪と愛液があれば、呪術人形はできるといっていたわ。そして、それらは今までの闘いで集めていると」
 
 七菜江の記憶がフラッシュバックする。壮絶な闘いの記憶。血も愛液も・・・いやというほど垂れ流してきた。里美の分が採取されて、自分のは集められてはいないとは、どうしても思えないほどに。
 
 「あのマリーの前では、私もナナちゃんも、まさしくオモチャよ。メフェレスは・・・本気で私達を抹殺しにきているわ」
 
 重い沈黙が、豪華な調度品が飾られた部屋内を包む。
 ギリ・・・という艶やかな下唇を噛む音だけが、七菜江の口元から聞こえてくる。
 
 「あいつらを倒すには、闘う相手を交換するしかない。当然敵もわかっているだろうから、簡単にはいかないでしょうけど、マリーを倒せるのは、ユリちゃんしかいないもの」
 
 話を聞いていた七菜江に、天啓のようにひとつの考えが湧く。ある意味、都合のいい考えではあったが、この苦境を脱するには、効果的なものであることは確かだった。
 
 「新しい戦士なら、マリーに勝てるよ! 前に言ってたじゃないですか、心当たりがあるって! そのひとにお願いしましょうよ!」
 
 「・・・そのひとには、正式に断られちゃったの・・・」
 
 再び沈黙が、空気を支配する。
 七菜江の頭に射しこんだ光は、急速にその輝きを失っていった。
 
 「そう・・・ですか・・・」
 
 「どんなに厳しい状況でも、私達でなんとかするしかないわ」
 
 「・・・吼介先輩は、やっぱりダメなんですか?」
 
 以前確認したことを、再度聞いてしまう七菜江がいた。
 彼女が知る、最も強く、頼りがいがある男。たとえ、ミュータントになる危険性があるとはいえ、信じてみたい気持ちを、少女はどうしても捨てきれなかった。
 
 「ナナちゃんの気持ちは、よくわかるわ・・・でも・・・」
 
 七菜江以上に、工藤吼介を知る里美は、少し言葉をとぎらせた後、句を繋いだ。
 
 「恐いのよ、私。・・・もし、彼がミュータントになったらと思うと・・・」
 
 憂いを帯びた視線を、超のつく美少女は見せる。
 哀しげに揺れる瞳は、なぜ里美が吼介に『エデン』を寄生させないか、その真意を七菜江に教えた。
 確かに吼介のような圧倒的力の持ち主が、敵となるのは脅威だ。
 だが、それ以上に・・・
 吼介がミュータントとなったら、倒さねばならないのだ。里美が。七菜江が。
 里美が本当に恐れていることが、ようやく七菜江は理解できた。
 
 「あ、あの・・・先輩と里美さんが姉弟だっていうのは、本当なんですか?」
 
 心の奥深くにしまってある疑問を、七菜江は勇気を絞って聞いた。聞かねば、先に進めないことは、少女自身が理解していたから。
 
 「本当よ」
 
 視線を布団に落したまま、凛とした口調で里美ははっきりと応える。
 
 「恥ずかしい話だけど・・・吼介は、お父様が私の母親以外の女性に生ませた子供なの。その女性には、五十嵐の名を守るため、慰謝料を渡すことで身を引いてもらったわ」
 
 本来なら隠すべき秘事を、里美は語る。相手が、話すべき人間だと考えているからだった。
 
 「本当なら、それでこの話は永遠に秘密にされるはずだったのだけれど、幼馴染として暮らした私と吼介は、小学校を卒業するころには互いを好きになっていたの」
 
 ドキリッ!
 「好き」という単語が、七菜江の動揺を呼ぶ。
 
 「そのために、真実が私達に語られ、ふたりは幼馴染としての存在に戻ったのよ。吼介は気を使って、この屋敷に近寄らなくなったけどね。戸籍上はともかく、間違いなく、吼介は母親違いの私の弟よ」
 
 知らない間に、七菜江の頬は紅潮していた。
 語られる真実は、予想はしていてもやはり衝撃的だった。
 次々に湧く疑問を、少女はひとつ年上の先輩にぶつけていく。
 
 「それって・・・結婚とかできないんですか?」
 
 「法律のうえではどうなってるのか、わからないけれど、私達が血を分け合っているのは事実よ。誰がなんと言っても、私達が姉弟であるのは確かなの」
 
 「じゃあッ!・・・里美さんは、吼介先輩のこと、好きじゃないんですか?」
 
 「・・・・・・好きよ、今でも。そして、恐らく、彼も・・・」
 
 ズキンッ! ズキンッ!
 続けざまに、2度の痛みが胸を刺す。
 本音を受け入れる作業は、17の少女にとっては辛いことではあったが、七菜江を信じているからこその、里美の言葉を受け入れる義務があった。
 
 「けれども、それは間違った感情なのよ」
 
 「・・・・・・間違ったとか、私、よくわかんないよ・・・好きならそれでいいじゃないですか」
 
 ナナちゃんらしい台詞ね、里美は思う。一直線で、なにより感情を大事にする七菜江らしい発言だと。
 
 「そうかもしれないわね。・・・でも、彼はね」
 
 落していた視線を、真っ直ぐに七菜江に向ける里美。あまりの美しさに、圧倒されるのを堪えて、懸命に視線を合わせるショートカットの少女。
 
 「吼介はね、あなたのことを、本気で愛し始めている。私以外のひとを。私達の間にある呪縛を、ナナちゃんが解こうとしているの」
 
 離れなければならない運命のふたりを、ようやく七菜江があるべき姿にしようとしている。
 里美の言葉は、そのように受け取れた。
 それは、七菜江がただふたりの関係に利用されていると捉えることもできたのだが、少女はそうは取らなかった。
 
 「ありがとう、里美さん。言いにくいことを、きちんと話してくれて。でも、先輩を好きという気持ちを、無理に抑える必要はないですよ」
 
 ニコリと弾けんばかりの笑顔を、少女は見せた。美少女で鳴らす里美が、この表情の七菜江には敵わないと思う、あまりに魅力的な笑顔。
 
 「私、先輩のこと好きだから、この気持ちを思いっきりぶつけます。里美さんもそうしてください。それでダメなら、諦めつくもん」
 
 爽やかに言い放つ少女を前にして、里美は己を気恥ずかしく思う。このコの純粋さには、憧れちゃうな。年下の少女が眩しく映るのは、決して気のせいではあるまい。
 
 「だから、そんな譲るみたいなこと、言わないでください。私、譲られて愛されるより、フラれてもいいから愛していたい」
 
 「・・・そうね、ナナちゃんの言う通りね。今回は私の完敗みたい」
 
 「えへへ・・・これで思い残すことなく、闘えそうだよ」
 
 溜まっていたわだかまりを吐き出して、すっきりとした表情を少女は見せた。
 死を賭した闘いが迫る前にしては、一見そぐわない会話の内容。だが、これこそが、少女にとっては、今もっとも大切な話だったのだろう。
 なにしろ、地球の運命を握る少女たちは、まだ青春真っ只中の高校生なのだから。
 
 「ところで、ユリちゃんの方は・・・その、大丈夫なの?」
 
 おずおずといった様子で訊くのは、里美にしては珍しい。
 今回、より深いダメージを受けたのは、里美よりも西条ユリである。無論、それは肉体的なものではなく、精神的なものだ。トランスフォーム解除後、発見されたユリは、涎を垂れ流し、背を突っ張らせたまま痙攣し続けていた。
 
 その後、驚くほどの早さで立ち直り、いつも通りの内気な少女に戻ったユリは、平然と家に帰っていったが(ユリは今でも、正体を知らせていない両親と一緒に住んでいる)、里美は後遺症が心配だった。いくら、武道で鍛えているとはいえ、ユリはふたつも年下の、妹のような少女だ。この時期の2歳は、結構な差がある。
 
 「検査受けに来てたけど、いつも通りでしたよ。怪我も順調に回復してるみたいだし。だ~いジョウブですよォ、ユリちゃん、ああ見えてしっかりしてるもん」
 
 「そう、ならいいのだけれど」
 
 楽天的な猫顔の美少女を見ながら、秋の月のような美少女は、どこか胸につかえるものがあるのを感じていた。
 それが、なんであるかなど、この時わかるはずはなかったが。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の姉を婚約者にしろと言われたので独立します!

ユウ
恋愛
辺境伯爵次男のユーリには婚約者がいた。 侯爵令嬢の次女アイリスは才女と謡われる努力家で可愛い幼馴染であり、幼少の頃に婚約する事が決まっていた。 そんなある日、長女の婚約話が破談となり、そこで婚約者の入れ替えを命じられてしまうのだったが、婚約お披露目の場で姉との婚約破棄宣言をして、実家からも勘当され国外追放の身となる。 「国外追放となってもアイリス以外は要りません」 国王両陛下がいる中で堂々と婚約破棄宣言をして、アイリスを抱き寄せる。 両家から勘当された二人はそのまま国外追放となりながらも二人は真実の愛を貫き駆け落ちした二人だったが、その背後には意外な人物がいた

王太子様に婚約破棄されましたので、辺境の地でモフモフな動物達と幸せなスローライフをいたします。

なつめ猫
ファンタジー
公爵令嬢のエリーゼは、婚約者であるレオン王太子に婚約破棄を言い渡されてしまう。 二人は、一年後に、国を挙げての結婚を控えていたが、それが全て無駄に終わってしまう。 失意の内にエリーゼは、公爵家が管理している辺境の地へ引き篭もるようにして王都を去ってしまうのであった。 ――そう、引き篭もるようにして……。 表向きは失意の内に辺境の地へ篭ったエリーゼは、多くの貴族から同情されていたが……。 じつは公爵令嬢のエリーゼは、本当は、貴族には向かない性格だった。 ギスギスしている貴族の社交の場が苦手だったエリーゼは、辺境の地で、モフモフな動物とスローライフを楽しむことにしたのだった。 ただ一つ、エリーゼには稀有な才能があり、それは王国で随一の回復魔法の使い手であり、唯一精霊に愛される存在であった。

処女の口づけ〜秋の百合〜

tartan321
恋愛
タイトル通りです。百合っていいな。

二人の公爵令嬢 どうやら愛されるのはひとりだけのようです

矢野りと
恋愛
ある日、マーコック公爵家の屋敷から一歳になったばかりの娘の姿が忽然と消えた。 それから十六年後、リディアは自分が公爵令嬢だと知る。 本当の家族と感動の再会を果たし、温かく迎え入れられたリディア。 しかし、公爵家には自分と同じ年齢、同じ髪の色、同じ瞳の子がすでにいた。その子はリディアの身代わりとして縁戚から引き取られた養女だった。 『シャロンと申します、お姉様』 彼女が口にしたのは、両親が生まれたばかりのリディアに贈ったはずの名だった。 家族の愛情も本当の名前も婚約者も、すでにその子のものだと気づくのに時間は掛からなかった。 自分の居場所を見つけられず、葛藤するリディア。 『……今更見つかるなんて……』 ある晩、母である公爵夫人の本音を聞いてしまい、リディアは家族と距離を置こうと決意する。  これ以上、傷つくのは嫌だから……。 けれども、公爵家を出たリディアを家族はそっとしておいてはくれず……。 ――どうして誘拐されたのか、誰にひとりだけ愛されるのか。それぞれの事情が絡み合っていく。 ◇家族との関係に悩みながらも、自分らしく生きようと奮闘するリディア。そんな彼女が自分の居場所を見つけるお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※作品の内容が合わない時は、そっと閉じていただければ幸いです(_ _) ※感想欄のネタバレ配慮はありません。 ※執筆中は余裕がないため、感想への返信はお礼のみになっておりますm(_ _;)m

伯爵令嬢と公爵令息の初恋は突然ですが明日結婚します。

尾道小町
恋愛
登場人物紹介 ユージン・オーマンディ公爵令息23歳イケメンでお金持ち爵位公爵で女性にも持てるが性格は傲慢。 シュリー・バーテンベルク伯爵令嬢、17歳美少女だが家が貧乏なので心の何処かのネジ曲がっている。 * ユージン・オーマンディ公爵令息23歳、俺はもてるが、女性には冷たく接するようで、たぶん身分が公爵で財力もその辺の王族より富豪でイケメン頭が良いから会社を設立して笑いが出る程、財を成した。 そんな俺が結婚なんて無理だと思っていたら彼女に出会い恥ずかしながら初恋だ。 彼女伯爵令嬢だが調べると貧乏で3年新しいドレスを買って無いようだ。

公爵令嬢を溺愛する護衛騎士は、禁忌の箱を開けて最強の魔力を手に入れる

アスライム
恋愛
大陸最強騎士のライルは、公爵令嬢ティリアを守護する護衛騎士だ。 だが「禁忌の箱」を開けてしまった事で力を失い、父親から殺されてしまった。 「死なないでライル!」 ティリアの蘇生魔法で生き返ったライルは、ティリアと2人で平民として生きていく事を誓う。 だが訪れた先の冒険者ギルドで、ライルには最強の魔法使いの力が宿っている事が判明してしまい……。 一途なライルの物語です。 小説家になろうでも投稿しています。

魔王にレイプされてゴミのように棄てられた女戦士は、悪役令嬢に生まれ変わって復讐します

戸影絵麻
ファンタジー
 国中の期待を背負って魔王の山に乗り込んだ女戦士ルビイは、魔王の返り討ちに遭い、処女を奪われたあげく、ぼろ布のように捨てられてしまう。魔王退治に失敗したルビイに世間の風は冷たく、ルビイの家族は迫害に耐えかねて一家離散し、ルビイ自身も娼館に売り飛ばされ、そこで下僕としてこき使われるのだったが…。これは地獄を見た娘が、刻苦勉励、臥薪嘗胆の末、魔王にざまあして己の威信を取り戻すまでを描く、愛と感動のダークファンタジー。

婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた

cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。 お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。 婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。 過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。 ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。 婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。 明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。 「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。 そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。 茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。 幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。 「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?! ★↑例の如く恐ろしく省略してます。 ★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。 ★コメントの返信は遅いです。 ★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。 ※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません

処理中です...