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「第四話 邪悪哄笑 ~魔呪の虜囚~
4章
しおりを挟む白光が爆発する。
処刑場と化した土の大地に、新たな銀色の戦士が現れる。
「来たか! ファントムガール・ユリア!!」
「気砲ッッ!!」
魔人メフェレスと、銀と黄色の肌に、緑の髪を持つ戦士が叫ぶのは、同時だった。
ドンッッッ!! 肉が弾かれる音。
ユリアが放った掌底突きで、角付きの鎧が、派手に空を舞う。細身の少女戦士の、どこにそんな力があるのか? 『想気流柔術』の使い手、西条ユリが正体だからこその技である。
やや背は高いが、華奢な少女らしい身体つき。愛らしいマスクと、襟足で左右ふたつにまとめた髪型が、「カワイイ」という表現を似合わせた。ファントムガール・ナナの模様が、セーラー服を思わせるものなのに対し、ファントムガールやユリアのデザインは、競技用水着やレオタードを連想させる。
一瞬にして参上した新たな光の戦士により、正義の処刑場であった大地は、状況を一変させた。
颯爽と仲間の窮地に現れた新戦士は、グッタリとした紫の天使を抱え、開手で構える。
「ユリ・・・ア・・・・・・また、助けてもらっちゃった・・・ね・・・・」
「水臭いこと・・・言わないでください・・・」
生来が大人しい少女は、鈴のような黄色い声で、可愛らしく呟く。正体からして人形のように整った造りのマスクの持ち主であるため、ファントムガールとなった今は、うっとりするほどの可憐さがユリアにはある。
「ククク・・・待っていたぞ、ファントムガール・ユリア。貴様の相手もちゃ~~んと用意している」
紙くずみたいに吹き飛ばされた魔人は、まるでダメージを受けていないかのように立っていた。事実、メフェレスがユリアの「気砲」から受けた威力は、大したものではなかった。
まともに決めた技を、平然と受け流されるのは、闘う者の心にダメージを与えるのが普通だ。なにしろ、己の血と汗を否定されるのだから。しかし、まだ年端もいかぬ少女戦士の表情には、動揺は見られない。むしろ、その左腕に抱かれた紫の少女の方が、年下の仲間を気遣い、焦っているように見える。
「処刑の前に・・・まずは、噂の武道少女の技、試させてもらおうか?」
ズブズブという粘着質な音が響く。青銅の右手から、同じ色の刀が生えてくる。
メフェレスの本気。
柳生新陰流の血統を引き継ぐ久慈仁紀が、その本領を発揮する証。
剣を携えた時の久慈の強さを、身をもって知る里美の顔から、色が失われていく。
「ユリア・・・気をつけて・・・・・奴の剣術は・・・」
ゴウウゥゥッッッ!!!
十分に開いていたはずの間が、一気に縮む。彼方にいた青銅の鎧は、瞬間、黄色の戦士の目前にいた。
驚異的な足捌き。
一切の無駄なく、神速で迫る武の結晶。メフェレスの技が、あっという間にユリアを窮地に追い込む。
袈裟切り。
風が裂ける悲鳴。
天才レベルの武道少女は、敵に負けない身のこなしで、斬戟をかわす。
緑の髪が、ハラリと落ちる。
続けざまに襲う、横薙ぎの一閃。
バック宙で可憐な少女が舞う。
突き。突き。突き。
捻る。沈む。退く。
光速の魔剣が、紙一重でかわされていく。
「・・・やるな。気の流れを掴む、という話は本当のようだ」
単純な運動神経では、遥かに後れをとっているはずの少女戦士が、オリンピック選手も真っ青なアスリートの攻撃を、軽やかにさえ映る足取りで捌いている。片腕に、仲間を抱えたままで。
齢十五にして、達人の域に達している西条ユリならではの攻防だった。
気の流れを重んじる『想気流柔術』のマスターであるユリは、敵の攻撃の流れを感じとることで、パワーとスピードの差を凌駕することを可能にしていた。
“す、すごい・・・ユリちゃんって、こんなに凄かったの?! で、でも、何故・・・”
何故、攻撃しないの?
里美の脳裏に、疑問が浮ぶ。
確かにメフェレスの剣技には、隙がなかったが、ユリならカウンターを取ることができるはずだ。
初めの「気砲」にしても、いつもよりキレがなかったように感じられた。
もしや、怪我・・・?
いや、確かに前回、蛇のキメラ・ミュータントとの闘いで負った怪我は、まだ完治していない。特に右腕の損傷はひどく、人間体となったユリの右腕は折れていた。
だが、技術の真髄を極めたといっていいユリの攻撃は、怪我の有る無しによって威力が変わるタイプのものではない。例えば、力任せに殴りかかるナナとは違う。もちろん、痛みを恐れ、多少の手加減はしてしまうかもしれないが、攻撃に転じないという理由にはならない。
となると、答えはひとつ―――
「これはどうだッ?! 小娘ッッ!」
ピンクに輝く魔人の掌が、刀をかわし無防備になった、黄色の天使の小ぶりな膨らみに伸びる。
次の瞬間、独楽のように宙空を一回転し、投げ飛ばされる悪魔の姿があった。
「ファントムガール! 今のうちに・・・逃げてください!」
やはり。
突き飛ばされるようにユリアの腕から解き放たれた里美は、ユリアが攻撃しない理由を悟る。
“許可”を得ていないのだ。
闘いにトラウマを持っているユリは、双子の姉エリの許しを得なければ、本来の実力を発揮できないのだ。
『エデン』の寄生者でないエリは、魔獣に襲われた怪我のせいで、いまだに入院を続けていた。
ファントムガールのピンチに、矢も盾もたまらず駆けつけたユリアであったが、今の彼女は全力で敵を倒すことのできない、ひ弱な戦士といえた。
「ユッ・・・ユリアッッ、危ないッッ!!」
ファントムガールが叫ぶのと、黄色の少女が振り向くのは、ほぼ同時。
背後から、突如飛来してきたものを、若き達人が掴み取る。
メフェレスが斬りかかってきたのは、ユリアを倒そうとしてのことではない。全ては注意を向けさせ、隙を造らせるためだったのだ。
たとえ背後からの不意を突いた攻撃でも、十分な殺気の篭ったものなら、ユリアは感知できる。
だが、余力を持ってかわすのと、かろうじてかわすのとでは、違う。
そして、この場合は、それだけの差があれば、十分であった。
ユリアの両手が掴んだ飛来物は、少女の掌に冷たい感覚を残した。
それは触手だった。
ヘドロのような粘液で濡れ光る触手が、無数の吸盤を蠢かせて、少女の手に絡みついている。
ゾッッ・・・という冷気が、可憐な少女の背を走る。
「フハハハ! ユリアよ、彼が貴様を地獄に落す死神だ。『クトル』、存分に楽しんでくれ」
いつの間に現れたのか、ユリアの背後に新たなミュータントが佇む。一目で、その正体は知れた。
タコのキメラ・ミュータント。
8本の吸盤付きの触手、スライム状の軟体。その姿形は、明らかに海に棲む軟体動物を思わせる。
だが、ヘドロのような濃緑の粘液に覆われた身体は、不気味を通り越しておぞましい。ボトボトと体表から粘着物が落ちるたび、ユリアは己の眉根が寄るのを自覚した。むせるような腐敗臭が、無垢な少女戦士の鼻腔を突く。赤く光るふたつの眼が、この怪物の危険性を物語っているようだ。
「うッッ・・・」
“こ、この気は・・・なんて邪悪な・・・・・・”
若き戦士の口からは、自然吐息が洩れていた。怪物が内包する異常性を、ユリアは十分に察していた。
「美しい」
醜悪な化け物が、喋った。あまりにも不釣合いで、意外な一言。
「とても美しいですな・・・西条ユリくん。いや、今は、ファントムガール・ユリアか。君を我が手に入れることを、どれほど夢想したことか・・・その可愛らしい顔を歪ませられる幸運に、感謝したい気持ちで一杯です」
名前を、知っている。
単なる敵ではない、黒い不安が美少女の頭上にトグロを巻く。用意周到な罠の臭いが、アイドル顔負けのマスクを翳らせる。
「その全身、味わい尽くし、しゃぶり尽くしてあげましょう。私のモノである証拠としてね」
新たな触手が二本、両手を封じられた聖戦士に撃たれる。
それを合図に発動される、ユリアの柔術。本来は動きを封じるための、手首を掴むという行為は、柔術家に対しては、関節を極めてくれ、と言ってるようなものだ。
普通の敵なら、ここで派手に宙を舞っていただろう。
だが、このクトルという、キメラ・ミュータントは。
「えッッ??!」
「無駄です、ユリアくん。私には、関節も骨も、ないからね」
ズルリ・・・という、滑る感覚が、ショックとなって少女戦士を直撃する。次の瞬間、触手はスラリと伸びた綺麗な両足首に絡まっていた。
「ユ、ユリア・・・きゃああああッッッ―――ッッッ!!!」
仲間を助けようとしたファントムガールの銀の肢体が、巨大な手に握り潰されたように硬直する。全身を、火箸で貫かれる痛苦。壮絶な痛みに痙攣する守護天使の向こうで、黒い僧侶姿の魔女が、人形に針を突き刺している。
全力を出せない状況。
技が効かない相手。
ユリアの脳裏を、暗雲が湧き立っていく。
ギュウウウウウウ・・・・・
四本の触手が、非力な少女戦士をX字に磔にする。抵抗虚しく、土の大地に正義が無力な姿を晒す。長い足は開けられ、無駄な肉のない腕は、天に差し向けられる。モデル体型であるだけに、X字に引っ張られた姿は、異様な美しさを伴っていた。
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