ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」

25章

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 ぐったりとサーペントの手中に囚われていたユリアの左手が、首に巻きつく蛇の鎌首を掴む。
 電流が、黒蛇の全身を駆け巡る。
 ブオオオッッッ・・・
 風切る轟音の後に、頭から道路に叩きつけられる、巨体の落下音が続く。
 それはまさに一瞬の出来事だった。二重・三重に巻きついていたはずの、蛇の螺旋はすり抜けたように外され、キレイな円を描いて武道家の娘に投げられたのだ。
 魔光の放射に夢中だった壊し屋は、虜囚の不穏な動きまで気が回らなかった。まして、死に体で、自慢の柔術も通用せずに、屈服しかかった小娘が相手ならば、反撃がある可能性すら考えていなかった。
 その油断が、正義の戦士に勝機を与えた。
 
 「骨が・・・あれば・・・・・・技は・・・・・できます・・・・・・・・・」
 
 これが『想気流柔術』だった。
 指一本捕えれば、関節を極めることで、激痛により手全体を自在に操ることができる。それによって、今度は手首の関節を極める。次は肘。次は肩。そしてついには身体全体を掌握し、痛みに絡め取られた敵は、自ら地面に投げられざるを得なくなる。
 『傀儡舞(くぐつまい)』と呼ばれる奥義。西条ユリの思うがままに、敵は操り人形のごとく舞い、落ちていく。
 蛇とのキメラ・ミュータントであるサーペントは、柔軟性と、変形した骨格によって、西条姉妹の攻撃を無効にした。だが、里美を救いたい一心が、ついに蛇と人間が混ざった体組織の、関節の把握に成功させる。左手首にあたる部分を極められ、鱗の跡が残るほど食いこんだ螺旋は、呆気なく外れた。激痛に硬直した魔獣を投げるのは、造作もないことだった。
 
 ぐらり・・・とふたつに束ねた髪の少女が揺れる。
 損傷の激しい肉体では、反撃はそこまでだった。分断された下半身では立っていられるわけもなく、セパレートの水着を思わす黄色のデザインは、仰向けに倒れていく。
 
 「オレとしたことが、気を抜いたようだ。まさか、その身体でまだ闘えたとは・・・」
 
 ヒクヒクと銀の肢体を揺らすユリアに、長い影がかかる。何事もなかったように、黒い魔獣は立ちあがっていた。
 蛇の柔軟性は、必殺の投げを必殺たり得なくしていた。そしてなによりも、一撃で屠るには、黄色の少女戦士はあまりに傷つきすぎていた。
 
 「・・・あ・・・・・・あく・・・・・・かッ・・・・・・」
 
 エナジークリスタルの点滅が、さらに早まっていく。残忍なサーペントの眼に浮ぶのは、命の残り火が燃え尽きかけ、ただ呻くだけの弱々しい少女の姿。黒い塔が、スレンダーな黄色の戦士を睥睨する。
 
 ドスドスドスッッ!!
 
 光の手裏剣が、黒の鱗に突き刺さる。「ギエエッッ!!」呻くサーペントが振り返ると、片膝立ちのファントムガールが、光線技ハンド・スラッシュを放った姿勢で青い瞳に魔獣を捉えていた。
 
 「私が・・・相手よ」
 
 両手を突き出す銀の女神。人差し指と親指で、正三角形を型造る。ファントムガール最大の必殺光線「ディサピアード・シャワー」の態勢。
 だが、発射までに四秒を必要とするエネルギー充填時間は、神速の打撃を誇る魔獣には、あくびがでるほど長い。一息に距離を詰めるや、膝をついたファントムガールを蹴り飛ばす。
 
 宙に浮遊する聖戦士。明らかに、里美はミスをした。クリスタルを重点的に責められた苦しみが、安易な勝利を望ませ、一気に勝負をかける愚を行わせたのだ。
 くノ一として修行したとはいえ、里美も完璧な戦士ではない。壮絶な辛さを恐れて、冷静な判断を失ったのだ。そのミスは、里美自身に過酷な試練となって降りかかる。
 
 腕の蛇が伸び、ファントムガールの両腕を封じる。身動きできぬ銀の戦士に、格闘家としても相当な実力者である壊し屋の蹴りが飛ぶ。右、左、右、左と・・・速射砲で襲う黒の木刀は、的確に急所を抉る。
 狙いはひとつ。脇腹だ。
 すでに折れている肋骨も含め、サーペントは、光の女神の脇腹をグチャグチャに潰すつもりだった。折れた骨が、内臓を破り、想像できない絶苦の中で、狂い死にさせる。壊し屋の描いた最高の処刑が、ファントムガールの美しき肢体に課せられようとしている。
 
 「あぎゅッッ・・・・がはあッッ・・・・あぐがッ・・・・・・がア・ア・ア・・・・」
 
 「キヒヒヒヒ――ッッ!! 捕まえてしまえば、貴様など敵ではない! 壊してやるぞ、ファントムガール!」
 
 アバラを黒い棒が叩くたび、骨の軋む悲鳴が響く。ドスンドスンと叩きこまれる足は、打撃が一切容赦ないことを教える。痛撃を食うたび開く銀の口が、潰れていく腹の惨状を伝える。
 サーペントの言葉は嘘ではなかった。誰よりも里美自身が知っていた。捕まった里美には、脱出の方法も、反撃の方法も思いつかない。速く、重い打撃に対して、ただ敵が飽きるのを待つしかない。里美が忍者の末裔であっても、所詮は女のコなのだ。暴力の世界で名を馳せ、ワルども相手に君臨する壊し屋と素手で闘うのは、あまりに無謀といえた。しかし、今、両手を封じられ、武器を出せないファントムガールは、まさにその状況に追いこまれていた。
 
 “クリスタルを攻撃されすぎて・・・・・・力が・・・でない・・・・・・ユリアが死力を尽くして・・・・・・ようやく作ったチャンスなのに・・・・・・私は・・・・・私は・・・・・・”
 
 情けなかった。年下で、自分より遥かに重傷だというのに、西条ユリは自力で戒めから逃れたのだ。そして里美が勝つことを願っただろうに・・・期待に応えられず、されるがままの無力な自分が悔しい。
 だが、なんともならない現実が、冷たくファントムガールを破壊していく。恐らくヒビだらけの肋骨は、鉛板を体内に埋めこんだような鈍痛となって、銀の女神を苛む。満足に呼吸すらできない圧迫感が、抜群のプロポーションを捕らえる。
 
 “ダメ・・・・・・なの・・・?・・・・・・私・・・・・ダメ・・・なの・・・??・・・”
 
 途絶えることのない激痛が、凛々しい少女を絶望させていく。遠い昔に檻の中に閉じ込めたはずの、屈服という名の魔物が、気高い令嬢戦士の心を食い破らんとする。
 
 ドズウウウッッッ!!!
 
 瞬間、何が起きたか、わからなかった。
 ファントムガールを蹂躙する黒蛇の、腹のど真ん中。びっしりと鱗で覆われた、その腹の真ん中から、光の棒が生えている。
 いや、棒ではない。それは、矢だった。
 
 「はじゃ・・・・・こう・・・・し・・・・・・」
 
 地に伏せたまま、蚊の鳴くような声で、ファントムガール・ユリアはつい先程放った己の技を呼ぶ。
 日本古来より伝わる柔術の多くは、そのルーツを探れば戦国時代の格闘術に行き当たる場合が多い。素手での格闘も想定しているが、武器を持った闘いも、そのカリキュラムには含まれている。寧ろ、本来はそちらが主流であったかもしれない。
 例えば、剣術。棒術。そして杖術。さらに、『想気流』が含んでいるのが、弓術。
 一般の道場生では知らない、隠れた西条ユリの得意技が、破壊に餓えた魔獣を射る。
 
 ゴボリ・・・と赤い泡が口から逆流する。キメラ・ミュータントの血も赤い。腹から流れる濁流を見るサーペントの手から、銀の戦士がずるりと落ちる。
 あの、死にかけの小娘が、この矢を射たのか?
 肘から先が千切れかけた右手で、弓を引けたとでもいうのか? 信じられない、だが、先程もこの小娘は信じられない脱出をしてみせた。
 いや、そんなことは、どうでもいい。
 
 「殺してやるわああ~~ッッッ!!! このアマぁッッッ!!!」
 
 台詞はセンスがないが、それがこの魔獣の地。本物の怒りが、なりふり構わぬ壊し屋の全力を呼び起こす。
 ユリアに巻きつき、捻り千切って、肉片に分断する。嬲るのではなく、単純に屠殺を目的として、黒蛇が倒れたままの黄色の戦士に飛びかかる。
 その足にしがみついて阻止したのは、アバラの疼きが冷めぬファントムガール。
 
 「貴様アアぁぁ~~ッッ!! 忌々しいわッ、メスブタがアッッ!!」
 
 大地に平伏したまま、両足を掴んだファントムガールを、メチャクチャに殴りつける壊し屋。怒り狂ったパンチは、一撃ごとに聖戦士を昏倒させかけるが、冷静さを失った拳は、痛くはあるが的確性に欠ける。
 
 「離せッ! 離せ、このクソがッッ!!」
 
 腕が拳から蛇になって、銀のボディの肩甲骨の辺りに噛みつく。瞬時に皮膚が噛み千切られ、ファントムガールの背中に、朱色の円がふたつデザインされる。
 
 「ぐあああッッッ!!」
 
 それでもファントムガールは、掴んだ足を離そうとはしない。
 
 「秘技・・・・・桜・・・・霞み・・・・・・・・・・」
 
 ファントムガールの手元から、ピンク色の霧が発生する。不意に湧いた薄桃色の靄は、凄まじい勢いで広がり、巨大な魔獣を包まんとする。
 以前、シヴァとの闘いで、反撃の糸口を掴んだこの秘術が、忍術でいうところの「霧隠れの術」の亜流であることは、おおよその者が見当をつけるだろう。深い特殊な霧は、視界だけでなく、嗅覚や聴覚をも遮る効果を持つ。血を利用するこの技は、サーペントの腹から垂れている流血があってこそだ。
 慌てた魔獣が、足元の少女戦士に腕を飛ばす。そこにはすでに、何の手応えもない。
 気付いた時には、黒い大蛇は赤い霧によって、全身を包まれていた。
 
 「こざかしいメスめェェ~~ッッ・・・どこだあッ! どこに逃げたアッ!」
 
 ファントムガール・里美は、黒蛇とユリアの間に立っていた。万が一、蛇が無闇な攻撃をしてきたときに、壁となるようにだ。
 決着を、つけねばならない。背後のユリアは傷つきすぎているし、里美自身もダメージは深い。
 両手を突き出す。開いた五本の指のうち、人差し指と親指を合わせて三角形を造る。再度、「ディサピアード・シャワー」の態勢へ。
 四秒。あと四秒時間があれば、勝てる。
 
 「キヒヒヒ・・・なるほど、こうして逃げるつもりか・・・正しい判断だが、この程度でオレを出しぬけるつもりか」
 
 (・・・1・・・・2・・・・・・)
 聖なる光が、指で造った三角形に集中していく。眩い白光が密度を増して輝き、破邪の力が満ちていく。
 突如、サーペントがシャドー・ボクシングを始める。この男は、本当に格闘技をやったことがないのか? 凄まじい速さの回転力で、黒い拳が空間を切り裂く。その尋常ならざる風圧に、視界を覆ったピンクの霧が吹き飛ばされていく。
 
 (・・・・3・・・・)
 光のエネルギーが三角形に集結していく。高密度の聖光が、指の中でビリビリと震え出す。
 だが、ファントムガールを打ちのめす衝撃。
 血の量が少ないのも災いしたが、まさか瞬時に桜霞みを吹き飛ばすとは。壊し屋の規格外のスピードが、正義の女神を窮地に追い込む。遮るもののなくなった空間で、銀の少女と魔獣の眼が合う。
 終わった。
 あと1秒。だが、サーペントのパンチは、その間に50発はファントムガールを殴打できるだろう。
 里美の策を瞬時に見破った壊し屋が、右腕を動かす。
 なるほど、そういう作戦か。ご苦労さん。お前は――撲殺だ。
 
 が。
 サーペントの瞳孔が開がる。
 ファントムガールの後ろ、地に倒れこんだ、黄色の戦士。
 左手を突き出し、口で光の弓矢を引く、その姿。
 
 “口で・・・引いてやがったッッッ!!!”
 
 “破邪嚆矢ッッ!!”
 
 正義の彗星が、魔獣の右腕を貫く。
 肩口から千切れ取れ、咆哮をバックに宙を飛ぶ蛇の右腕。
 
 (・・・4ッッ!!)
 「ディサピアード・シャワーッッ!!!」
 
 白い激流が、巨大な魔獣に放射される。
 散弾。散弾。散弾。
 無数の光の銃弾を浴び、肉片を抉られ、細胞を消滅させられて、大蛇が火花と白煙の中に散る。大きく弾け飛んだ長大な螺旋は、聖なる力に闇の肉体を溶かされながら、ピクリとも動かなくなった。
 
 「勝っ・・・た・・・」
 
 へたへたと崩れるようにユリアの側に、座り込むファントムガール。
 セパレート水着に似たデザインの、黄色の戦士を抱きかかえる。苦痛に歪むあどけないマスクに、かすかな微笑みが蘇る。
 
 「ユリア・・・ありがとう・・・・・あなたのおかげで・・・・・なんとか勝てたわ・・・・・・」
 
 ゆっくりとかぶりを振るユリア。それが自分に対する感謝の意であることを、里美は悟っていた。互いが互いを助けた闘い。ふたりだからこそ勝てた闘いであることを、誰よりも当人たちが知っていた。それを卑怯と言われても、仕方ないと里美は思う。実際に、私は、私たちは、弱い存在なのだから。
 
 「改めて、あなたを仲間に誘うわ・・・・・・・ユリア、私たちの仲間になって・・・・」
 
 
 ブシュウウウウッッッ――ッッ!!!
 
 
 頷こうとした黄色の戦士の顔に、噴き出した鮮血が降りかかる。
 
 「キヒ・・・・英語では、騙まし討ちのことを、スネークアタックと言うそうだな」
 
 ビクビクと小刻みに震えるファントムガールの細い首に、サーペントの巨大な牙が食い込んでいる。
 魔獣は生きていた。身体の大部分が溶解しつつも、破壊への執念が、この邪生物を動かしていた。恐らく、放っておいてもやがて死ぬだろう。だが、残り少ない命で、聖戦士を道連れにするつもりなのだ。
 
 「逃げ・・て・・・・ユリア、早く・・・・・・変身を解いて・・・・・・逃げて・・・・・」
 
 牙が首の肉を食い千切る。
 「はあうッッ!」という悲鳴を残し、首を押さえた女神が倒れこむ。流れる血が、首から下を赤く染めていく。
 残忍な蛇の眼光が、黄色の戦士を捕える。憎きこの小娘を、逃がすわけにはいかない。巨大な口が、獲物に迫る。 
 だが、その前に、倒れたはずのファントムガールが立ちはだかる。
 
 ズブリッッッ・・・・・・・
 
 合計四本の牙は、果実のように突き出した、柔らかな双丘に食いこむ。声にならない悲鳴をあげるファントムガール。男子生徒全員が憧れる形のいい膨らみが、下衆な蛇によって噛みきられようとしている。
 
 「はや・・・く・・・・・・・・逃げて・・・・・・・お願い・・・・・・はや・・く・・・・・」
 
 「キヒヒヒヒ! 邪魔をするな、メスブタがあッッ!! 邪魔をすればコロス! コロス!」
 
 牙を抜くサーペント。胸を抱き締める女神をすり抜けて、クリスタルの点滅が激しいユリアを狙う。牙が黄色の身体を貫かんとする。だが、すんででユリアの盾になったファントムガールが、身代わりとなって大蛇の餌食となってしまう。
 左脇腹を四本の牙が貫く。
 
 「うああううぅぅッッ!! ぐあああああッッッ~~~~~ッッッ!!!」
 
 「まだ邪魔をスルカッッ!! コロス! コロス! コロス! ふぁんとむがーる、ナブリコロス!」
 
 脇腹を噛んだまま、天空に銀の少女を掲げる。垂れ落ちる血潮が、口の端から黒い鱗に流れていく。もはや闘いではない。獲物と捕食者の関係だ。身を張ってユリアを守った代償は、あまりにも大きかった。
 
 「・・・にげ・・・・・て・・・・・・おねが・・・・い・・・・・・・・私・・・が・・・・・・もちこたえる・・・・・・・ま・・・で・・・・・・・・はや・・・・・く・・・・・・・」
 
 ユリアの瞳から、こぼれるはずのない涙が、落ちたような気がした。
 光の粒子となって黄色の戦士の身体は弾け、空中に霧散して消失した。
 残されたのは、復讐に狂った魔獣と、脇腹を殴打され、身体中を噛まれた、無惨な女神。
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