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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」
18章
しおりを挟む五十嵐里美が目覚めたのは、暖かい羽毛の中だった。
上半身を起こしてみる。なんとなく、麻痺している感もあるが、痛みや疲労は皆無だ。大怪我が多くなった最近では、寝覚めのいい方といえるかもしれない。
「・・・もう、起きたの?」
鼻にかかるような甘い響きに、明らかな驚きを含めて語りかけたのは、窓際の学習机の椅子に座った、霧澤夕子だった。制服を脱いで、ティーシャツにホットパンツという、らしくない格好に着替えている。
どうやら、ここは彼女の寮の部屋らしい。見覚えのある構造が、それを示唆してくれた。
自室というシチュエーションがそうさせるのか、いつも尖った印象のクールな少女は、幾分和やかに見える。ガラステーブルの上にあるポットまで行くと、くまのイラスト付きカップふたつに、インスタントのコーヒーを淹れる。
「どうせお嬢様の口には、合わないでしょうけど」
カップを突き出す乱暴さと、伝法な口調に合わず、眼を背けた頬は赤い。カップを受け取ると、心休まる香りとともに、温かさが伝わってくる。
「ありがとう、とてもおいしいわ」
コクリと一口飲み、春の日差しの微笑みを送る。夕子はそっぽを向いたままでいる。
「あの・・・どうして私を助けてくれたの?」
里美の口から質問が出たのは、香ばしいカフェ飲料を半分ほども飲み干してからだった。夕子のカップは、早くも空になって、テーブルに置かれている。
「あのまま、ハゲと一緒に置いとくわけにはいかないでしょ」
「どうして私を拘束しないの? 逃げるかも知れないのに」
「正体がわかってるのに、そんなことする必要ないわ。あなたが学校辞めて逃げてくならともかく」
理数科の生徒らしく、夕子の言うことは理に適っていた。
「お金は・・・どうしたの?」
「返したわよ。あんたに見られて、証拠残すわけにいかないでしょ」
「なんで、あんなことするの?」
「うるさいなッ! さっきから、あんたばっかり質問しないでよ! こっちがいろいろ聞きたいんだからッ」
「ご、ごめん・・・・・・じゃあ、あとひとつだけ」
「なによ!?」
「なんで、私に優しくしてくれるの?」
「・・・・・・・あんたを傷付けちゃったから・・・でも、そっちが悪いんだからね!」
綺麗な二重の瞳を、鋭く里美に飛ばす。だが、心なしか、眉間の皺は少なくなったように感じる。
「そうね、私が悪いわよね。・・・ごめんなさい」
ベッドを脱け出した里美は、冷たい床で土下座する。そこまでやると予想していなかった夕子は、ひどく慌てて手を振る。
「そ、そこまでしなくていいわよ! 風邪ひくから、ベッドに戻ってよ」
言われて里美は、身に付けているのが、黒の下着だけであることに気付き、素早く毛布に包まる。頬を紅潮させた顔は、いつもより少女っぽく見えるから不思議だ。
「服、ボロボロになっちゃったから、脱がしたのよ・・・でも、おとなしそうな顔して、意外といやらしい下着つけてるのね・・・」
「そ、そんなんじゃないんだけど・・・」
里美がここまで赤くなるのも、珍しい。フリル付きの黒のレース下着は、清純派の里美のイメージを裏切る。ただ黒が好きなだけなのだが、身につけると、それなりに妖艶になってしまうのが困ったところだ。
「ひとつ、提案があるんだけど」
互いの赤らみが、やや薄れるくらいになって、夕子がようやく口を開く。
「今日見たことは、お互いに忘れるってことにしたいんだけど。あんたもストーカー行為なんてバレたら、生徒会長の威厳が無くなるでしょ」
「それは構わないけど・・・・なぜ私が、あなたを調べているか、訊かないの?」
しばしの沈黙の後、夕子の桃色の唇が開く。
「・・・あんたの傷、見ちゃったよ・・・なんかわかんないけど、もういい。理由があるみたいだし、あんたが悪い人じゃないってのは、知ってるつもりだから」
思わず、腹筋に刻まれた傷跡をさする里美。
魔人・メフェレス、いや、久慈仁紀に貫かれた剣戟、そして、身体の表裏に、袈裟懸けに走る斬撃の跡。
死闘の歴史を刻んだ傷は、美しき18歳の乙女の柔肌には、あまりにも不釣合いなアクセサリーだった。それが語る里美の悲劇は、この冷淡と噂される少女には、十分届いたらしい。
ギュッと布団カバーを握る、里美のスラリと伸びた指。
夕子には、まだ不明なことが多い。不思議な力、そして、善か悪か。
しかし、自信を持って言えることが、里美にはひとつあった。
“このコの方が、私より、ずっと純真じゃない・・・”
「夕子さん、なぜ私があなたを調べたか、教えるわ。実は私は・・・」
歩きながら、藤木七菜江は、先程の闘いを頭から離すことができずにいた。
あてもなく、フラフラと若者の街を吼介とふたり歩く。時々振りかえる者がいるのは、全て隣の筋肉獣のせいにして、人目をひくキュートな美少女ぶりを無自覚に振り撒いている。
しばらく無言でいるのに、吼介は楽しんでいるようだ。繋いだ手の強さから、なんとなくわかる。手を握り合うことが、こんなに心地良いものとは知らなくて、七菜江はずっと、固い掌の感触を味わっている。
少し強く握って、信号を送る。斜め上方に、限りなく澄みきった瞳を向ける。
「どした?」
「あの・・・エリちゃんユリちゃんでも、あいつに勝てないの?」
「お前、まだ、んなこと考えてたのか?」
「だって、ふたりとも凄く強いんだもん。私、エリちゃんに、コテンパンにやられたのに・・・」
「七菜江が負けたのは、ユリの方だろ? 双子だからって、間違えるなよ」
「違うよォ~! エリちゃんにやられたんだってば! 先輩、よく見てないんでしょ?」
「だって、髪を纏めた方に負けたんだろ? ふたつ左右に」
「だ・か・ら、エリちゃんだってば・・・・・・・・あれ?」
七菜江の足が、ピタリと止まる。
「先輩、髪を纏めてるのは、どっちなの?」
「それがユリだって。昔からユリはその髪型だぞ。んで、セミロングで黒子があるのがエリ」
「え? え? 違うよ、その逆だよ。纏めてる方に黒子があって、そっちがエリちゃん・・・・・・」
七菜江の脳裏に、電撃が疾走する。吼介の証言と、己の目で見た事実との食い違い。それが意味する、ひとつの可能性が、脳髄を猛々しく揺さぶる。
もしや・・・・・
髪型を逆にした??!
「オレもあいつらに会うのは、一年ぶりだからな。髪型の変化なんて、ちっともわかんなかったけど」
だとすれば、『新ファントムガール』なのは、実は・・・・・・・
そこで七菜江の思考は止められる。
警報サイレンがけたたましく鳴り響くなか、日曜午後の陽だまりに、轟音を伴って、巨大な生命体が黒色隕石となって、若者の街を来襲したからだ。
ミュータント、出現せり。
「こ、こんな時にミュータントが現れるなんて・・・」
里美の顔に苦渋が浮ぶ。ファントムガールにトランスフォームできるのは、自分しかいないのに、巨大生物が出現した谷宿と、学園の寮とでは、距離がある。急いで現場に向かわねばならない。
「そういうわけで、私はあいつを倒しに行かなくちゃならないの。危険なことだけど、誰かがやらねばならないのよ。あなたに、その手伝いをして欲しかったんだけど・・・」
結局、霧澤夕子は、最後まで話を聞いてくれた。里美がファントムガールであることも、あまり意外とも、非現実とも受けとっていないようだった。
じっと里美の話に耳を傾けていた夕子は、眼を伏せたまま、先程と同じ返答を繰り返す。
「話はわかったけど・・・悪いけど、私はパス。他を当たってよ」
覚悟はしていたが、実際にファントムガールを受け入れる者は、あまりに少なかったようだ。さすがのくノ一にも、落胆の色が滲んでいたに違いない。
後髪引かれる想いが残るが、しかし、今は時間がない。
電撃により破れたジーンズを探し、一刻も早く、里美は戦場に向かおうとする。だが、思った以上に破損がひどい。元の服を着て街に出るのは、相当な勇気が必要だった。
窮する里美に助け舟をだしたのは、可憐なトーン・淡々とした口調だった。
「これ、貸してあげる。それぐらいは手伝うわよ」
なにげに夕子が差し出したのは、聖愛学院のセーラー服だった。カラーに入った赤いラインが、ちょっとした重みを感じさせる。
「・・・いいの? もし、私が激しいダメージを負うと、服にまで影響して、破れちゃうこともあるのよ?」
「じゃあ、そうならないように、返して」
「・・・ありがとう」
シャイな少女の、精一杯の応援を受け、世界で最も青いセーラー服が似合う美少女は、学園の寮を駆け出して行った。
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