ファントムガール ~白銀の守護女神~

草宗

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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」

10章

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 白鳳女子高等学校―――通称「ハクジョ」。
 偏差値55。生徒数780名。今年で70周年を迎える伝統校。全体の8割が大学進学を希望するその高校は、この地方随一のお嬢様学校として名を馳せている。
 シャツはもちろん、カラー、スカートまで白で統一されたセーラー服は、聖愛ブルーと並んで、女学生の憧憬を集めている。カラーとプリーツスカートに入ったライン、胸元のリボン、それにソックスだけが濃い緑色で、全体に白のイメージが強いため、ハクジョ生は「白い妖精」とも呼ばれていた。
 
 3人組の生徒が、レンガ造りの格式高い校門をくぐる。あどけなさの残った顔立ちを見る限り、どうやら新入生らしい。
 真ん中の少女だけがやや背が高く、一歩下がるような形で、他のふたりの会話を微笑を浮かべて聞いている。165cmほどあろうか。俯いた姿勢からは、内向的な性格が看て取れた。実際、会話に口を挟むこともなく、ずっと聞き役に徹しているかのようだ。表情は確認しずらいが、丸い瞳がお人形さんのような可愛さを引き出している。
 
 やがて、500mもいくと、真ん中の少女だけが別方向らしく、他のふたりと別れる。雪のように白い手を緩やかに振り、別れの挨拶を済ませる。
 一人になった少女は、学生鞄を両手で前に持ち、伏し目がちに商店街を歩いていく。
 白いセーラーはやはり目立つようで、すれ違う人々の視線を否が応にも集めてしまう。少女はそんな人々の目が気になるようで、羞恥に白い頬をピンクに染める。瞳の大きな美少女が、透き通るような白い肌を赤らめるので、ますます視線は集中する。そんな悪循環が、少女にはたまらなく辛そうに見える。
 
 場の空気が変わったことに、少女は気付いた。
 今まで集中していた視線が、感じられない。ターゲットが他の箇所に変わったのだ。
 周囲の雰囲気がざわめくのを感じ、少女はその原因に瞳を走らせた。
 
 物凄い、美少女。
 少女はこんなにも美しい人間がこの世にいることを、初めて知った。
 青と白のセーラー服は、聖愛学院のものに違いない。少し茶色の入った長い髪を揺らした、月のように美しい少女が、切れ長の瞳をこちらに向けている。
 眼が合った瞬間、気品と憂いに満ちた美貌が、秋風のように涼しげに微笑む。
 
 「私、聖愛学院の五十嵐里美っていうの。少し、お話したいんだけれど、いいかな?」
 
 
 
 「ゼェーッ、ハァーッ、ゼェーッ、ハァーッ・・・」
 
 白い空手道衣に身を包んだ女子高生が、荒い息を吐き続ける。前方に垂れてきたショートカットが、呼気のたびにユラユラとなびく。
 酸欠により、視界は薄闇に閉ざされ、寒気がするほど血が引いている。限界を教えるため、全身の筋肉は痙攣を止めようとしない。それでも何とか構えを取っているが・・・背筋は曲がり、腕は下がり、肩は落ちている。焦点の定まらぬ視線が、少女がとっくに臨界点に達していることを示唆する。
 対する黒帯の男は、息ひとつ乱さず、汗一粒かかずに、憎らしいほど平然と、左手を軽く前に出した構えを崩さない。地球が誕生して以来、ずっとそこにいるのではと思わせる、不動の構え。苦しげに少女が喘ぐのを、じっと見つめている。
 
 「ハア、ハア、ハア、ハア、ハア・・・・・」
 
 「どうした、七菜江? もう、やめるか?」
 
 血の気が引いた青い顔が、流れる汗で濡れ光っている。あまりの苦しさに、笑顔の似合う瞳から、涙が滲んでくる。
 だが、ブルブルと震える小さな両拳は、工藤吼介に見せつけるように、力強く握られる。
 “まだ、やれる”という証。
 
 スプリンターの速度で、七菜江が道衣を着た筋肉の塊に突っ込む。
 今までの疲弊ぶりが嘘のような動き。まばたきする間に吼介の目の前に現れる七菜江。
 迎え撃つ山は、動かない。
 なんという、巨大な構え。
 七菜江には門が見える。吼介の周りを囲む門が。
 1個や2個ではない、何十もの強固な門が、超運動神経の持ち主に立ちはだかる。堅牢な城塞。だが、やらねばならぬ。
 敢行。
 ありったけの全能力、全筋肉、全細胞をフル稼働。
 
 右ストレート。
 回転して左のバックブロー。
 さらに回転して右のハイキック。
 続けざまに左足で、回転後ろ廻し蹴り。
 肘打ち。ソバット。貫き手。ミドルキック。裏拳。廻し蹴り。
 打つ打つ打つ打つ打つ!!!!!
 ファントムガール・ナナがメフェレスに仕掛けた、連撃の暴風雨が、今、ここに再現される。
 回転する小型台風が、一拍の間も空けずに、打撃の嵐を叩きこむ。
 メフェレスを打破した七菜江のハリケーン――だが。
 工藤吼介は、左手1本で、それらの攻撃のほとんどを蝿のように払っていく。
 全てではない、当たる攻撃もある。しかし、それは吼介が当たっていい場所に当てさせているのだ。つまり、当たるのは、攻撃を食っても効かない場所に、なのだ。塗り重ねた筋肉の鎧は、『エデン』の寄生者である少女の力でも、傷ひとつつけられない。
 
 七菜江の瞳が闇に覆われる。限界が、やってきた。
 左足のローリングソバットを、肘を下げて防御する最強の男。
 空振った。
 違う、ソバットと見せかけた足を、七菜江が引いたのだ。
 横蹴りに切り換えられた足技が、鋼鉄の腹筋に突き刺さる。
 
 「ッッ!!」
 “効いた!?”
 
 フェイントに掛かった吼介の眉が、わずかに寄る。
 その瞬間には、少女の身体は宙を飛んでいた。
 残った右足で地を蹴り、身体を反転させて空を舞う。
 腹に意識を集中している吼介の顔面を、自由な右足が蹴り抜く。
 
 バッチイイインンン!!・・・・・響く破裂音。
 
 顔面直撃寸前で、少女の足は、獅子のごとき右手に阻まれていた。
 そのまま、右手を掲げる吼介。バランスを崩した七菜江が、畳の上に落下する。
 かろうじて、受け身を取る七菜江。
 その整った顔立ちに、襲い掛かる豪腕。
 
 ブオオオオオッッッ!!!
 
 突風が、ショートカットを掻き乱す。
 吼介の突き降ろしの豪打に依る風圧で、少女の顔に流れる汗の飛沫が、八方に飛び散る。
 
 「はあッ、はあッ、はあッ、はあッ、はあッ!」
 
 チャーミングという言い方がもっともハマる瞳は大きく見開かれ、鼻先に突きつけられた隕石の拳を凝視する。死の香り漂うそれは引き上げられ、大の字のまま、七菜江の隆起したラインが激しく波打つ。
 
 「今日はここまで」
 
 宣言を下した特訓用コーチの工藤吼介は、稽古開始時に座っていた場所と、寸分違わず同じ場所に正座する。
 よろよろと動いた七菜江が、這いずって吼介の前に移動する。組手の最初と最後に挨拶するのも、道場での最低ラインの礼儀だ。幻覚症状寸前でも、七菜江の身体は決められたことを守ろうと、半ば無意識に動いている。
 
 「はあッ、はあッ、はあッ、ありぁ・・・した・・・はあッ、はあッ・・・・」
 
 「ありがとうございました」を自分なりに言いきった少女は、崩れ落ちるように再び大の字に倒れ、空気を求めて汗まみれの肢体を上下させる。
 
 数分後、ようやく喋れるようになった七菜江は、畳に倒れたまま、側で胡座をかいている吼介に話し掛ける。
 
 「先輩、ずるいィィ~~! 右手と右足は、使わない約束なのにィ!」
 
 「わ~~ってるって! だからお前の勝ちだ。んでいいだろ?!」
 
 稽古時とは違い、工藤吼介の口調は随分くだけた、いつもの調子に戻っていた。稽古に入れば鬼になる、というのが今回コーチを引き受けた、唯一の条件なのだ。真剣に稽古をしない、ということが彼にはできない。
 
 「やったあッッッ!!♪ これで2勝めゲットォォ~~ッ!!」
 
 「50回以上、負けてるけどな」
 
 「先輩、言い訳カッコ悪いよォ」
 
 クタクタの表情で、眩しい笑顔を見せる七菜江。充実感と心地いいというにはハードすぎる疲労感で、心の中が抜けきったような爽快さだ。
 
 「しかし、まさか『裏龍尾』を使えるとはな。あれは驚いたぜ。ハンドボールを上手くなるための格闘技特訓っていうけど、いっそこっちの世界に来た方がいいんじゃねえか? その運動神経は球遊びには勿体無いぜ」
 
 『裏龍尾』とは七菜江が吼介に見舞った技のことである。
 横蹴りを相手の鳩尾に突き刺し、そこを足場にしてもう片方の足で飛び、反転して顔面を蹴るという技である。
 似た技に『龍尾』があり、これは前蹴りを鳩尾に入れ、そこを足場にもう一方の足で飛び、顔面に膝蹴りあるいは廻し蹴りを叩きこむという技である。
 どちらも、吼介が習得している『篠田流柔術』の当て身技のひとつだ。柔術というと絞め技や関節技など、組み技系のイメージが強いが、当て身、つまり打撃技もきちんと存在する。
 腹部から頭部へと、続けざまに足が襲ってくるので、破壊力は高い。ただもちろん、実戦において鳩尾に蹴りを入れるのは至難の技だ。実際には少しでも強く蹴りをいれ、それを足掛かりに技を掛けることになる。
 軽業師のような難度の高い技だけに、蹴りを打つ強さ、的確性、ボディバランスの良さ、敏捷性など、様々なスキルが要求される。凡人では到底無理な、驚異的な身体能力にのみ許された秘技だ。
 七菜江の場合、蹴りは鋼の腹筋に跳ね返されんばかりだったが、ほんのわずかな取っ掛かりを頼りに、技を成功させていた。神懸りなバランスの持ち主であるが故の成功である。
 
 「吼介先輩、合気道で有名な選手、誰か思い出した?」
 
 以前尋ねた質問を、大の字の少女がもう一度繰り返す。
 里美から新戦士の捜索は任せるよう、言われてはいるが、少しでも手伝いたい気持ちは抑えられない。武道の世界に身を置く吼介なら、何か知っているのでは、という考えは、ごく当たり前の発想だった。
 
 「この辺の女のコでだろ? 有段者なら結構いるだろうけどな。これっていう名は聞かんなあ」
 
 「やっぱりそうですか・・・」
 
 「柔術の凄玉なら知ってるけどな」
 
 「柔術・・・・ダメですよ、合気道と全然違うじゃないですか」
 
 「何言ってんだ、合気道も元は柔術の一派だぞ」
 
 畳に寝転んでいた七菜江が、ガバリと起き上がる。
 
 「そ、それ、ホントッ?!」
 
 「おいおい、んなことも知らないのかよ。合気道ってのは会津藩の御留流、つまり藩で使われてたってことな、大東流柔術が基本となってできた技術体系なんだぞ。合気道に似た柔術の技とか一門ってのも、当然あるわけ」
 
 「そんなの、知ってるわけないじゃん! で、その凄玉ってどんな人なの?!」
 
 「え~~っとな、確か今年白鳳女子に行ったと思うけど、『想気流柔術』の後継者で、西条エリとユリっていう双子なんだ。結構可愛い顔してるくせに、どっちもかなりやるぞ。柔術の技だけなら、オレより上だろうな」
 
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