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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」
7章
しおりを挟む「響子よ、聞いてくれるか」
マンションの屋上、本来ならとっくに避難すべき場所で、2つの人影が声を交わす。
甘いマスクを無表情に強張らせたヤサ男と、長い髪の美女――久慈仁紀と片倉響子。
巨大生物が襲ってこないことを知っている彼らは、この場所で宿敵の処刑シーンを眺めに来ていた。警戒区域に入った地域は、自衛隊員や警察によって立ち入りを禁じられるとはいえ、事態が咄嗟なだけに監視の目はないに等しい。
彼らの目の前に、計画の邪魔をする最大の障害者・銀色の天使が、苦悶に喘ぎ、今、その命を散らそうとしている。
「人間は誰もが挫折を味わう動物だ。幼稚園に入り、自分より腕力の強い者に出会い、小学校に入り、自分より足の速い奴と会い、中学生になって、自分より賢い人間を知り、高校生になれば、自分よりモテる存在がいることを悟る。そうやって、挫折を繰り返すことで、“負ける”ことに慣れ、いつしか小さな夢しか描けなくなる」
「大多数の支配される人間とは、そういうものよ」
「だが、オレは挫折を味わうことは、ほとんどなかった。だからこそ世界征服という、小学生が聞いても笑いそうな夢を、いまだにオレは持ち続けている。なぜなら、オレは選ばれた人間だからだ。劣等人種では、持つことさえ許されぬ壮大な夢なのだ」
「ふふ・・・クズには、到底辿りつけない境地でしょうね」
赤いルージュの端が吊り上がる。色素が薄めの瞳の中には、断末魔に震える銀色の少女が写っている。
「がッッ!! そんなオレに挫折を味あわせてくれた奴がいる!! ・・・それがこいつだッッッ!!!」
無表情なマスクが一変し、三日月の笑いが冷たく貼りつく。目も口も、弓型に歪み、奇怪な笑顔でヤサ男が巨大な少女を指差す。その先には、グッタリと息も絶え絶えな天使が、吸血獣に生命の源を奪われて死にかけている。
「五十嵐里美ィィッ!! 貴様がファントムガールだったのは、神の最高の演出だった! その、非人間体の姿のまま、死体を晒してやる! うわはははは!!」
笑う。悪魔が笑う。愉快げに笑う。正義の使者の死を、優等生な少女の死を笑う。
「くくく・・・下等生物のトランス時間は長い。エネルギーを吸い取られて絶命した後も、体液を吸い尽くされろ。骨と皮だけになった、無惨な死に様こそが、貴様にはお似合いだ! ふはははは!!」
狂ったように笑う悪魔。その顔には、プレイボーイとして鳴らした優しい微笑みの欠片もない。単なる復讐鬼、いや、独裁者の笑いであった。
「うふふ・・・見て、あの顔。このコ自身が、自分の運命をよくわかっているわ。もう、どうしようもないってことをね。こうなっては逆転はない。どうやらこれでお終い、ね」
絶望の街に、高らかな笑い声が響き渡る。
刻一刻と、宿敵が死に絶えていく有り様を、久慈は特別リングサイドで楽しむ。
口の中で呟いた片倉響子の声は、歓喜にむせかえる悪の枢軸には、届かなかった。
「・・・残念よ、ファントムガール」
「ふああッッ・・・・・・ああッ・・・あああッッ・・・・・・・くううッ・・・・・ああッ・・・あ・・・・あ・・・」
死が近付く痛みに、悶える声が垂れ流れる。もはや、里美自身がその声がどこからでているか、わからない。死に逝く者が、生への未練を残すかのような、悶え。
片倉響子の言葉通り、ファントムガール・五十嵐里美は、己の死を受け入れようとしていた。何もできないことは、自分が一番わかっている。学校で宣言された通り、メフェレスの思惑通り、私は人類の目前で見せしめとして、殺されるのだ。悔しいが・・・・・・もう、私にはどうすることもできない。
“このまま、エネルギーを奪われて殺され・・・・・・その後に血を全て吸われるのね・・・・・ろくな死に方はしないと覚悟してたけど・・・・・惨めね・・・・・私・・・・・・・”
涙を流す体力すら残っていなかった。闇に包まれていく視界。死を待つ里美に、様々な想いが溢れてくる。
“ナナちゃん、ごめんね。約束守れなかった。私のせいで辛い目に遭わせてごめんね。もう、会えないね”
“吼介、ナナちゃんのこと、よろしくね。あのコはとてもいいコよ。私の分も幸せにしてあげてね”
“安藤、今までありがとう。あなたのおかげでここまでやれたわ。感謝してます”
“お父様、ごめんなさい。里美は弱い子でした。この国を守れず、死ぬことをお許しください”
胸の水晶体から青い光が消えていく。線香花火のようにチラチラとくすぶる命の炎。
薄れる意識が、まさに絶たれんとする、その寸前―――
光が爆発し、白い嵐が錯綜する。
渦を巻いて収斂し、眩い粒子が凝縮していく。空間を引き裂いて、四方八方から輝きが湧き、一箇所にまとまって、巨大な影をかたどっていく。
密度を増す明るさ。光の欠片が散らばるや、美しい人影がそこには立っている。
目を覆わんばかりに輝く、銀のボディーライン。
胸と下腹部には、青く光る水晶体がある。
滑らかな骨格は間違いなく女性のそれだった。寧ろ、身長はファントムガールよりやや高いぐらいなのに、肩幅は逆にやや狭く、全体に華奢な感じが、少女という趣を強くする。手足が長く、小ぶりな胸は形が良い。
全身に描かれた模様の色は黄色。緑の髪は、襟足のところで左右に大きくふたつに分かれ、まとめられて背中に下がっている。その髪型がまた、少女らしさを演出している。
軽く開いた左手を前に出し、右手を胸の上に置いて、姿勢良く構えた姿には、醸し出す幼さとは反対に、隙がない。大きめの青い瞳が愛らしい表情を造っている、その人影は―――
ファントムガール。
新しいファントムガールが、里美の瀕死の危機に際し、現れたのだ。
“ナ・・・ナナちゃん??! ・・・・・・ちがう、一体誰なの・・・・??”
暗い視界の中で、新たなファントムガールがこちらに向かって駆けてくる。
左の掌底突きを、ファントムガールに噛みついたままのコウモリへ。細腕から繰り出されたとは思えぬ威力に、漆黒の翼が「ギャッ」とうめいて獲物を放す。
崩れ落ちる銀と紫の少女を抱きかかえる新戦士。体力を消耗しきった肢体を、優しく横たえる。残りカスのような体力を振り絞って、声を出す里美。
「・・・・あ・・・なたは・・・・・・・だ・・・・・・・れ・・・・・・・・??・・・・・」
答えず、ゆっくりと頷く黄色の新戦士。
まるで「あとは任せて」と言わんばかりに。
限界が来たファントムガールが、光の粒子となって弾け、トランスを解除して闘いの場から消える。
安堵したような表情を浮かべた黄色の戦士が、立ち上がって黒い翼と向かい合う。
夕焼けの死闘第2ラウンドが始まろうとしていた。
「新ファントムガールだとォォッ!!・・・・・・ふざけたメスどもが・・・」
ピアニストを思わせる細い指で造った拳を、コンクリートの床に叩きつける久慈仁紀。白い肌が紅潮し、眼は真っ赤に血走っている。
あと一歩というところで、図ったように現れやがる・・・一体何匹いるのだ? 底が計れない不安が、苛立ちを募らせる。相手の戦力の全貌がわからないことが、侵略計画を慎重にさせる。それが久慈のストレスになっていた。
「焦っても仕方ないわ。出てくる芽はひとつづつ摘むまで、よ。まずはここから逃げることが先決のようだけどね」
久慈とは対照的に穏やかな表情を浮かべる片倉響子。
程なくして、ふたつの影はマンションの屋上から消えた。
宿敵を仕留めきれなかった、歯軋りを残して。
あどけなさが色濃く残る黄色の新戦士の構えは、力強さに欠いていたが、一切の無駄・隙が無かった。それは里美が指を揃えて伸ばし、七菜江が握り拳を作るのに対し、軽く手を開けた形、開手である点も影響していよう。
巨大であっても、人形のような可愛いマスクであることがわかる。そのつぶらな青い瞳に、黒い翼のミュータントが映っている。
「ギシャアアアア―――ッッッ!!!」
一声吼えるや、コウモリが銀と黄色の少女に飛びかかる。
上空から素早い動きで、不規則に襲い掛かる鋭い爪。
少女はわずかに身体を揺らして、最小の動きでコウモリの攻撃をかわしていく。
彼女は気付いていた。反撃を恐れるコウモリの攻撃は、表面上のみで浅いことに。逃げることを意識した爪は、引っ掻く程度で、決して深追いしてこない。ボクシングのパンチに喩えれば、ジャブと同様。早いが腰は入っておらず、威力は薄い。しかも、伸びてこないので、避けるのも容易い。
先程とは逆に、焦らされたコウモリが、その爪を深く突きたてようとする。
冷静な新戦士が、軌道を読んで、黒い足を掴む。
ゴオウウッッッ・・・・・・・
空気の唸る轟音。
木の葉のように舞った漆黒の翼が、頭から大地に叩き伏せられる。
少女が投げた、ようには見えない。
まるでコウモリが自ら突っ込んだように、地面に激突したのだ。
人間ならば、脳漿をぶちまけるような勢いで、コンクリートに叩きつけられた巨大コウモリだが、骨が少なく軽いために、見た目ほどのダメージはなかった。
フラフラと立ち上がり、今度は一直線に黄色の少女に殺到する。
再び、不可思議な少女の技が決まる。
飛燕の速度で少女に飛びかかったコウモリが、バットでフルスイングされたように弾き返されたのだ。飛びかかった以上の速さで。
少女の両腕は掌を向けて、前方に突き出されている。
荷物を押す格好だが、吼介のような体格の持ち主ならともかく、里美より華奢な体躯の少女の細腕に、それだけの力が秘められているとは思えない。
だが、事実はその姿勢で新戦士がコウモリを吹き飛ばしたのだ。それはいかなる技なのか。
弾け飛んだコウモリが、ひとつのマンションに激突し、マンションの半分ほどまで埋まる。衝撃で崩れる鉄筋の建造物。奇しくもそこは先程まで、ふたりの魔人がいたマンションだった。
「ギイエエエエッッ――――ッッッ!!!!」
瓦礫から飛び出した黒い翼が、沈みかける夕陽に向かい、飛んでいく。実力差を感じ取った野生が、『エデン』により高められた攻撃性を上回り、逃亡という選択をさせたのだ。
ここで逃がせば、この悪魔と変わり果てた動物は、また血を求めて人々を襲うだろう。
少女の決断は早かった。
握り拳を作った両腕を、逃げ飛ぶ漆黒の影に向けて伸ばす。
光のパワーが手に集中する。バリバリとエネルギーが弾ける。左の人差し指をコウモリに向け、右手を脇まで一気に引く。
ふたつの手に掛けられた光が、矢のような一本筋を形作る。
「破邪嚆矢ッッ!!」
子猫のような可愛らしい声とは裏腹に、裂帛の気合いを乗せた光の矢が、空間を裂いて漆黒の翼に放たれる。
股間から頭頂までを一息に貫かれ、絶命したコウモリの魔獣が爆発して、夕焼けに散っていく。
怪物の猛威が去ったのを確認した黄色の戦士は、ふたつに結った後ろ髪をなびかせ、オレンジの世界に消えていった。
新ファントムガールの鮮やかな初陣であった。
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