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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」
3章
しおりを挟む「・・・・・・前にも、その答えは言ったよね?」
「はい。・・・でも、どうしてダメなのかなぁって。だって、先輩皆に優しいし、私を2回も助けてくれたし、威張ってるわけでもないし・・・なにより強いじゃないですか」
「そうね。けれど、彼は光の戦士にはなれないわ」
「里美さんだって、先輩のこと、好きなんでしょ?」
押し黙る里美。
スッとベッドを離れ、着替えの掛けてある、壁際のハンガーへと歩を進めていく。その端正な顔には、微かな動揺と、切なげな翳りが混ざった、複雑な表情が浮んでいる。
里美と七菜江、ふたりは怪我で寝ている間に、いろいろな話をしたが、ついに七菜江が切り出せなかったのが、里美と吼介の関係についてだ。あの時、七菜江を背負った吼介は、里美は好きだが、有り得ない、と不可思議な台詞を吐いた。その真相を、七菜江はどうしても、里美の口から聞きたかった。
それでもなかなか聞けなかったのが、今、こういう形で、思いも寄らぬ方向から、聞き出すチャンスが巡ってきたのだ。
「先輩と里美さんの間には、どんな関係があるんですか?」
「・・・・・・・言ってるじゃない、ただの幼馴染だって。」
「吼介先輩は、そうは言いませんでした。里美さんのこと、好きだって。でも、それはできないって。どういう意味なんですか?」
「・・・・・・・・」
「お願いだから、教えてください。吼介先輩が光の戦士になれないのも、そのことと関係あるんですか?」
「それは・・・関係ないわ。吼介は確かにきちんとした人間よ。弱い者には優しいし、熱い心も持ってる。それに・・・」
いったんそこで、大富豪の令嬢は、言葉を止めた。
「私も、吼介のことは、好きよ」
大きく七菜江は頷く。覚悟していた言葉だけに、冷静でいられる自分がいた。
「でもね、彼は多分、光の戦士にはならない。恐らく、『エデン』と融合すれば、ミュータントになってしまうでしょう」
「そんな・・・先輩に負の力があると思えないけど・・・」
「吼介が闘ったあとの相手を、ナナちゃんは見たことがある?」
1年ほど前に、七菜江は不良に絡まれてるところを、吼介に救ってもらったことがある。そして、今回の“ナナ狩り”の件と、2回に渡って、間近で吼介のケンカを見ていた。
「その時の相手の状態は、知ってるかしら?」
脳裏に蘇る記憶。吼介に完膚なきまでに叩き潰された相手は、ある者は血にまみれ、ある者は骨を肉から剥き出し、ある者は顔面を原型もないほどに破壊されていた。
ゾッとする戦慄が、キレイなラインを描く少女の背筋を這いあがる。
「そう、彼はやりすぎるの。そこに悪魔が潜んでないって、誰が言いきれる?」
「でも・・・・・・」
「もし、吼介がミュータントになったら、私達では手に負えないわ。恐るべき脅威となってしまうのよ。彼が光の戦士になる可能性は、もちろん無いとは言わないけれど、賭けに出るのは危険すぎる」
吼介が敵になったら、どうなってしまうのか? 恐ろしい想像が、ショートカットを駆け巡る。どうやったって、とても勝てそうに・・・ない。敵うわけがない。里美がなぜ、吼介を戦士として選ぶことを、拒絶するのか、七菜江にはよく理解できた。
だが、もうひとつの質問の答えは、まだ聞かされていない。
「じゃあ、里美さんと先輩の関係は?」
再び黙る、深窓の令嬢。憂いを秘めた切れ長の瞳が、哀しげに七菜江に迫る。苦渋とも、諦めともとれる視線が、純粋な瞳を射抜く。
しばしの沈黙が流れ、里美は、決断したように深い溜め息をついた。
「・・・ナナちゃんには、言っておくべきよね」
己を納得させるように、呟く。
「里美さん・・・・・・」
「でも、もう少しだけ、時間をちょうだい。心の整理をつけたいの。必ず、必ず近いうちに話すから」
「・・・・・・・わかりました」
深い溜め息を、もう一度、里美がつく。
とても、これ以上、七菜江には聞き出すことは出来なかった。
「とりあえず、この話はこれで終わりましょ。今は新しい仲間を増やすことに集中しなくちゃね」
胡蝶蘭のような上品な微笑みが、話題の区切りを宣言する。無理に作ったとは思えない、見事な表情に七菜江は感心する。里美が御庭番、現代のくノ一であることは最近聞かされたのだが、こういった修行もしたんだろうな・・・ふと、そんなことを考えてしまう。
里美の努力を無駄にしないよう、彼女を尊敬する少女は、話題を元に戻した。
「でも、本当に大丈夫なんですか? 学校にはあいつら3人がいるんですよ・・・」
「いくらなんでも、学校のような目立つ場所で、殺すまではしないでしょ。・・・それに神崎ちゆりは、学校にはほとんど来ないから」
しゃがんだ姿勢で、里美は濃紺のハイソックスを履く。スラリと伸びた足が、より長く、華麗に映える。靴下に関しては、聖愛学院ではなんの指定もなかったが、いまや、生徒会長といえば紺のハイソックスというぐらい、里美を強く印象づけるアクセントのひとつになっている。ちなみに七菜江は、短めのルーズソックスを愛用していた。これも隠れファンには絶大な人気を誇っている。
しかし、今、七菜江が気になるのは、ソックスを履く里美の顔に、色濃く出ている翳りについてだった。しかも、その色は、常に冷静な里美には珍しく、不安と懸念であったから、つい声を掛けてしまう。
「・・・痛むんですか?」
「・・・ん? まぁ、ちょっとは、ね。でも大丈夫よ。どうして? 私、痛い顔してたかな?」
「痛いっていうか・・・なんか辛そうな顔してたから・・・」
「・・・・・ごめんね、心配させちゃったわね。ナナちゃんを叱っておきながら、私がそんな顔してたら、ダメよね」
「それは別にいいんですけど・・・どうかしたんですか?」
「ん・・・・うん・・・・・」
おとなしそうに見えても、己の意見はハッキリ伝える里美には、珍しい口篭もり方。
“私、最近、ナナちゃんに甘えるようになってきたかもしれないな・・・”
弱い自分を戒めようとして、里美はやめた。
そんなに突っ張って、どうするの?
甘えられる時には、甘えた方がいいかもしれない。今まではひとりでガンバッテきたけれど、今は隣に仲間がいる。このコを信じるなら、甘えた方が、お互いにいいのではないか?
里美の心の中で、ちょっとした、心境の変化が芽生えてきていた。
黙っていようと決めていた話を、里美は頼れる仲間にすることにした。
「・・・実はね、私、神崎ちゆりと、以前揉めたことがあるの」
有名人・里美の話は、聖愛学院生なら、誰もが知っているのが常識だったが、ちゆりと揉めたというのは、七菜江も初めて聞くことだった。里美が一年のころだから、入学してない七菜江が知らないのは当然だ。考えてみれば、絵に描いたような優等生の里美と、対極に位置する「闇豹」とでは、そりが合うわけはなかった。
「ズル休みしたり、タバコ吸ったり、初めから彼女は荒れてたわ。でも、そんなことじゃ私は何も言わない。けれど、目の前で同級生が男の子達に乱暴されそうになったの。彼女の指示でね。私のこと、嫌ってたから、あてつけるつもりだったみたい。さすがに我慢できなくて、私は彼女を懲らしめたわ」
神崎ちゆりは悪魔のような女だが、腕力があるわけではない。(恐らく『エデン』が寄生している今は、違うだろうけど)忍びとしての鍛錬を、幼少より受けてきた里美には、勝てるわけがなかった。まして大財閥の令嬢となれば、あまり無茶もできない。結局、ちゆりは泣き寝入りをしたようだ。
「彼女、私のこと、憎んでるでしょうね」
「でも、それは里美さんは悪くないよ! 完全にあのイカれた女の逆恨みじゃない!!」
「ありがとう。でも、そういう理屈の通じる相手じゃないから・・・」
ニッコリと、痛々しいまでに可憐に微笑む里美。これからの不安より、話を聞いてくれる仲間がいることに、少女は嬉しさを噛み締めているようだった。
「やっぱり、行かないで、里美さん!! 危険すぎるよ!!」
「大丈夫よ、ちゆりは滅多に学校には来ないもの。逃げててもどうせ、闘わなくちゃいけないんだし・・・」
スクッと立ち上がった里美は、深い青色のスカーフを、清流が流れるがごとき鮮やかさで巻く。神々しいばかりに輝く、セーラー服姿の聖愛学院生徒会長がそこにはいた。慈愛と気品と清純さに満ちた華が一輪、初夏の朝焼けを後光にして立ち振る舞う。
綺麗・・・・・・七菜江の喉の奥で、嘆息がこぼれる。青と白のセーラーが、これほどまでに似合う人はいない。制服が、誇っている。里美がこの制服を着る限り、聖愛学院のセーラー服は永遠に憧れ続けられるだろう。
毒の抜けきらない体を支える少女に、里美は強く、優しいことばを掛けた。
「心配しないで、必ず帰ってくるから。私はもう、ひとりじゃない。大事な人が待っててくれるから」
凛とした涼やかさが、留守番の少女の胸を心地よく振るわせ、吹きぬけていった。
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