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「第三話 新戦士推参 ~破壊の螺旋~ 」
2章
しおりを挟む小鳥の囀りが、明かりの満ちてきた室内に洩れてくる。
柔らかなオレンジの光は、朝の安らぎを平等に世界の隅々にまで運んでいた。光のさざなみは、ゆっくりと、闇を暖かな景色にへと、押し寄せていく。
普段はまだ夢の中にいる時間帯に、藤木七菜江は目を覚ました。うっすらと開ける目蓋に、オレンジの波が溶けこんでいく。少女は陽光をバックに、女神が霞み立っているのを見た。
パチパチとアーモンドのような大きな瞳を2回、まばたきする七菜江。
肩甲骨にまで茶色がかった髪を垂らした女神は、鮮やかな青のプリーツスカートの、サイドについたジッパーを引き上げるところだった。学校の規定通り、膝下にまで届く長さが、女神の清楚さを強調する。軽やかな音をたて、ジッパーが引きあがったところで、女神は七菜江がこちらを見ていることに気付く。
「おはよう、ナナちゃん。」
「里美さん、おはようございましゅ・・・・・・なにしてるんでしゅか・・・」
決して寝起きのいいとは言えない七菜江は、回らない舌で、朝の挨拶をする。いまだ、魔女シヴァに注入された毒が抜けきっていない少女は、重い両手を動かして、猫が顔を洗うような仕草で、開けきらない目をこする。
「そろそろ学校に行こうと思って。あまり休むと変に思われるから・・・」
五十嵐里美は、無造作に、淡いブルーのパジャマをなんの躊躇なく脱ぎ取る。女である七菜江が、一瞬ドキリとしてしまう。その下には、いつのまにか、薄紫の下着が付けられていた。
目立って大きいわけではないが・・・七菜江が惚れ惚れするような、芸術的なラインを、里美の胸部は誇っていた。スタイルには七菜江も若干自信があったが、里美のそれは、綺麗としか表現の仕様がない。シルクのように輝く肌が、その美しさをより助長している。
青いカラーの付いた純白のセーラーを、無駄な動きなく着る里美。青と白のセーラー服は、この地域一帯の女学生が羨望する、聖愛学院を象徴する制服だ。これも学校規定に沿った長さなのだが、元々が短めに規定しているのか、少し激しく動くと、おへそが見えてしまうことが多々あった。
しかし、今の里美からは、おへそは見えない。
見えるのは、何重にも巻かれた、包帯の白さだけ。
「学校って・・・・・・そんな身体で行くんですか?!!」
驚いた七菜江の脳が、一気に活発に働く。痛む上半身を無理に起こし、完全に覚醒した瞳を、心配そうに生徒会長に向ける。
「正直、まだ痛むけど・・・あまり弱いところをヤツらに見せるわけにもいかないの」
里美のいう「ヤツら」とは、彼女達の宿敵ともいえる、ミュータント・メフェレスのことだった。その正体は、生徒会副会長にして学園理事長の孫、久慈仁紀。柳生新陰流の剣術を、影ながらに受け継いできた彼は、久慈流とでもいうべき殺人剣を体得した、恐るべき敵だった。しかも、その配下には天才生物学者である片倉響子と、「闇豹」とあだ名される、裏世界の住人・神崎ちゆりがいる。片倉響子の頭脳が生み出した、キメラ・ミュータント=2種類の生物と『エデン』との融合体を操り、メフェレスは世界征服などという途方もない野望を実現させようとしている。
闇の力に溢れたミュータントを葬れるのは、同じく宇宙寄生体『エデン』との融合により生まれる、光の戦士・ファントムガールしかいない。つまり、五十嵐里美と藤木七菜江、ふたりの美少女こそが、人類の最期の希望なのだ。
そして、その光と闇、ふたつの勢力は、実は聖愛学院という、公的なひとつの場に集結しているのだった。
ふたつの勢力は、基本的には通常の姿の時は、争うことを避けたがる。何故なら、闘いになった場合、巨大化=トランスフォームをしてしまう可能性が高いからだ。だが、必然的にそれは、正体をバラす危険を晒すことになる。もし、一般人に正体が知られれば、ミュータントはもちろんのこと、ファントムガールも抹殺される恐れがある。少なくとも彼女達の考えの中ではそうだ。よって、両者は己の保全を第一に考えた場合、正体を一般人に知られずに、穏やかに生活することが最も重要なことであった。
正体を知られるのが致命的ならば、敵の正体だけバラせばいいのではないか。そう考えるのも当然だろう。事実、七菜江は、そう里美に質問したことがある。だが、里美の答えはノーだった。報復で正体をバラしあうようになり、結局はお互いが破滅の道を辿ることになる、と。それはどちらの陣営にしても、望むことではない。ましてや、互いの戦力をハッキリと把握していない現状で、そんな冒険を起こす気にはなれなかった。
結局は、正邪両陣営が闘うのは、巨大化した時、というのが暗黙の了解として成立しかけているのだった。
しかし、それは、両者が五分の状況にあれば、の話だ。
傷が完治していない里美が、今、悪に襲われれば、恐らく巨大化するチャンスも与えられないまま、嬲り殺されてしまうだろう。
ましてや蜘蛛の魔女シヴァの前に、ファントムガールは完全に屈してしまったのだ。情勢は一方的といっていい。
そんな状況で学校に行くのは、処刑台に昇るのと一緒だ。
「今行ったら、殺されちゃうよ?!」
「危険なのはわかってるわ。でも、寝ていてもヤツらの侵略計画が進むばかり。こちらも手を打たないと。」
「じゃあ、私も行くッ!!」
「ダメよ、あなたは歩くことさえままならないのよ」
「そんなの、根性でなんとかしてみせる! 里美さんだけ危ない目に遭わせらんないッ!! 絶対行くからね!」
「ナナッ!! ワガママ言わないのッッ!!」
初めて、里美が仲間であり、下級生である七菜江を叱る。
自分を心配してくれる同士を、後輩を、思いやるが故の、優しい怒り。憂慮する七菜江を暴走させないために、里美は叱るしかなかったのだ。
一方で、里美は本当に怒ってもいた。すぐに自分を犠牲にしようとする七菜江の精神に、だ。嬉しくないわけはなかったが・・・そんな考えは自分ひとりで十分だった。
「・・・・・・ごめんなさい・・・・」
凛とした一喝に、ショートカットがシュンと垂れる。小さな肩は、小刻みに震え、ピンクの口を尖らせた七菜江は、必死で涙をこらえているようだった。
途端に里美の胸に後悔の念がよぎる。そうだ、このコは本当は弱いコなんだった・・・・・・抜群の運動神経を誇る七菜江の心には、どこか脆いところがあるのを、里美は見抜いていた。
ベッドの上の落ちこんだ少女に近付き、里美はショートカットを優しく胸に包み込んだ。そのまま、ギュッと抱き締める。
「ナナちゃんの気持ちはよくわかってる。でも、今のあなたはこんなにもボロボロじゃない・・・お願いだから、無茶はしないで」
瞳を閉じた長い睫毛が揺れる。涙をこらえ、ぐっと里美の言葉を飲みこもうとする少女の姿があった。柔らかな胸の中で、コクリと頷く七菜江。
純粋な後輩を抱き締めながら、里美は彼女の考えを、落ちついた声で話し始めた。
「私達がこんな状況にも関わらず、メフェレスが侵略を開始しないのは、恐らく理由があると思うの。それは多分・・・手駒を探してる」
「・・・・・・てごま?・・・・・」
「そう。メフェレスは、できれば直接トランスしたくないはずなの。トランス解除後、眠ってしまった時に、仲間が回収してくれるか、不安でしょうから。私達はバックに国家機関がついてるから、まだ無事に回収される可能性が高いけど、ヤツらはそうはいかないわ。より慎重に侵略を進めるためには、配下となるミュータントを利用したいと考えるんじゃないかしら? この前のアルジャのように」
再び頷く七菜江。アルジャ・・・ネズミと大男のキメラ・ミュータントを使って、敵はこの地方の中枢都市を壊滅状態に追い込んでいた。キメラ・ミュータントという、化け物を作り出す手法を手に入れたメフェレスが、それを利用しないわけはない。
「ただ、そうなると、『エデン』の宿り主が必要になるわ。けれど、私達が正のパワーに満ちた人間を見つけられないのと一緒で、強烈な負のエネルギーに満ちた人間を捜すのは、なかなか困難な作業だと思うの。それに、いくら片倉響子が天才だからといって、そんなに簡単に次々と『エデン』と動物を融合できないんじゃないかしら。だから、まだ攻めてこない。今はミュータントを作るのに、精一杯なのよ」
里美がそこまで考えていたことを知り、七菜江は内心驚いていた。恥ずかしながら、七菜江は敵が何故攻めてこないかなど、考えたこともなかった。自分が倒れているから、攻めてこないのは、なんとなく、当たり前のような気持ちになっていた。能天気に構えていた己が、腹ただしい。
「一方で、ナナちゃん、これは私達にとって、これからもっとも重要な任務になるんだけど・・・私達はなんとしてでも、新しい仲間を見つけなくてはいけない。久慈仁紀、片倉響子、神崎ちゆり・・・ヤツらが少なくとも3人いて、しかも新たにミュータントを創る力があるのに比べて、ファントムガールがふたりでは、とても勝てない。『エデン』はあとふたつあるから、最低でもふたりの仲間は加えたいの」
『エデン』が宇宙からきた寄生体であり、巨大化を含めた特殊能力を有することを突き止めた国家は、『エデン』の収集を極秘裏に進めたのだった。だが、懸命の探索にも関わらず、成果はたった4つしかなかった。そのうちのふたつが、今、ふたりの美少女に寄生しているのだ。
コンピューターの試算によれば、もっと大量にこの地方に散乱したはずの『エデン』が、なぜたった4つしか見つからないのか?
その答えは、どうやら何者かが、国より先に『エデン』を収集していたというのが、真相らしかった。
その何者かが、誰であるか、もはやそれは明白であったが・・・。
「で、でも・・・・・・そんな人、いるんですか?」
胸から顔を離し、少し赤くなった瞳を開いて、真っ直ぐに憧れの生徒会長を七菜江は見る。聖母のような優しい微笑みが、少女を迎えてくれた。
「実は、ひとり・・・考えている人はいるのよ」
七菜江の瞳に明るさが灯る。緩やかにカーブを描いて、唇が微笑みの形となる。健康的な白い歯が、チラリと覗く。
「受け入れてくれるかは、わからないんだけれどね。ただ、少しでも早く話を進めたいから、学校に行きたいの」
「男ですか、女ですか?」
「女のコよ。ナナちゃんと同じ、2年生」
「・・・・・・もしかして、ファントムガールって女のコしかなれないんですか?」
「そんなことはないわ。男でも光の戦士になれるはずよ。ただ・・・私が見てる限り、男の人で正のエネルギーに溢れた人って、いないのよ・・・。特に力がある人、格闘技やスポーツで名をあげてる人って、ほとんどが負の力に魅入られてる気がするの」
里美の意見は、体育会系の異性にばかり、恋に落ちてきた七菜江にとって、意外であった。スポーツをやってる人って、爽やかでいい人ってイメージなんだけど・・・・・・。ただ、里美がそういうなら、反論するつもりはない。
だが、ひとりだけ、格闘技をやっている人間で、信じられる人物について、七菜江は聞いておきたかった。
「里美さん、吼介先輩は、ダメなんですか?」
少女の口から出たのは、学校、いや、そういった括りを越えて、最強と呼ばれる、五十嵐里美の幼馴染の名前だった。
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