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「第二話 魔人集結 ~魔性の両輪~」
4章
しおりを挟む「あれぇ? ッかしいな~~・・・・」
教室の廊下側の窓のひとつをカラカラと開けて、中の様子をぐるりと窺っていた工藤吼介は、周囲に聞こえるほどの大きさで、ひとり呟いた。
3年生が2年生のクラスにやってくるというのは、それだけでも目立つ行為だが、なにしろ吼介はマンモス校・聖愛学院の中で、3本の指に入る有名人だ。気を遣って扉ではなく、窓を開けてこっそり教室内部を見ていたのだが、そんな努力は杞憂だった。2年普通科の校舎・第8号館にその姿を見せた時点で、熱心なファンは、彼のストーキングを開始していた。
身長も高いが、特筆すべきほどではない。圧倒的なのは、その肉の厚みだ。並の高校生の2倍はありそうな胸の厚み。開襟シャツの中で、風船がはちきれそうに膨らんでいる。あまりの太さのため、切れこみを入れた袖からは、コブが3つ4つ合体した岩のような腕が生えている。スポーツマンらしく刈り込んだ頭髪に、頑丈そうな顎。それを支える首は、顔の横幅よりも太くなっている。見事な逆三角形の肉体は、ボディービルダーのように“造られた感”が強いものではなく、“使える感”が強調された美しさがある。
たとえ、彼の名が知られていなくても、すれ違った人は、振り返らずにはいられない・・・そんな肉体の持ち主が、隠密行動を取ること自体に無理があった。
「・・・んだよ、せっかく来てやったのに、どこ行ってやがんだ・・・・」
たしか、そこにいるはずの、外側から3番目・一番後ろの席に、最強と呼ばれる男は、お目当ての人物を探す。空席となっているその席の近くで、ペチャクチャと話す、彼女の友人らしき3人の女生徒のうちのひとりが、吼介に気付いて声を飛ばす。
「工藤先輩ッ! もしかして、ナナちゃんですかぁ?」
手を拡声器代わりに使ったおかっぱ頭の少女は、藤木七菜江と同じ、ハンド部員のはずだ。吼介は何度か、会った記憶がある。空手と柔術を習得している吼介は、どんなケンカ自慢も、この人の前ではケンカの話をしなくなるとさえ言われており、憧れの的である反面、恐れられてもいたが(特に女子には)、七菜江を通じているためか、3人のコたちには、一向に脅える様子がなかった。
「んン?? そうそう・・・ちょっと野暮用でな。あいつ、どこ行ったか、知ってる?」
顔を見合わせた3人が、クスクスと笑い合う。
「???」
「先輩、目の前にいますよ」
窓サッシに両手を掛け、満面に笑顔を輝かせて、子犬のように吼介を見上げる七菜江の姿がそこにあった。
「うおッッ!!」
「エヘヘ♪ 吼介先輩、こんにちわ」
他人の椅子にチョコンと正座し、おあずけの姿勢で、鈍感な格闘家が自分の存在に気付くのを待っていた少女が、予想通りのリアクションにしてやったりの笑みを振り撒く。笑うと口の横に皺ができ、猫のような口元に見えることもあるので、吼介は七菜江を「猫娘」と呼ぶこともあったが、悪戯をした時は、この「猫」になるのが常だ。
「私に会いに来たんですか、先輩? もしかして、あたしに気があるのかなぁ~~?」
やりたくて仕方なかった朝の仕返しを成し遂げ、七菜江の瞳に小悪魔の閃きが光る。
「好きなら好きって、言っちゃってもいいんですよ? あ、でも、返事は期待しないでくださいね」
困惑する様子を期待して、目を輝かせている少女のショートカットを、上からムンズと片手で鷲掴みにし、高校の計器では測定不能だった握力で、吼介はギリギリとアイアンクローで締め上げる。
「イタイイタイイタイ! ごめんなさいごめんなさい!!」
「ったく・・・なんでオレが大事な昼休みに、お前のボディーガードなんかしなくちゃなんねえんだ?」
まだ痛みの残る頭を抱え、「猫」の口を尖らせ「タコ」にした七菜江が、不満気に反論する。
「そんなに嫌なら、断ればいいじゃないですか。どーせ、里美さんには歯向かえないくせに」
日焼けした男臭い顔が、そっぽを向く。
「先輩って、学園最強とか言われてるけど、ホントは2位ですよね。里美さんには敵わないもん」
「お前ね・・・オレってそんなイメージなの?」
「ていうか、なんでそんなに里美さんに弱いんですか?」
次の言葉を一瞬ためらい、七菜江は思い切って口に出した。
「・・・やっぱり・・・里美さんのこと、好きなんですか?」
子犬のような姿勢のまま、七菜江は逞しい男の体を見上げる。暖かく、大きな掌が、ポンと、ショートカットを優しく叩く。
「幼馴染っつッてんだろ」
色気にはほど遠い、大げさなウインクを、吼介は天真爛漫を絵に描いたような少女に送った。バチンと音が聞こえてきそうなヤツを。
“なんで私、こんなバカなこと、聞いちゃったんだろ?”
とぼけた味に、七菜江は正常に戻る想いがする。
と、同時に、明るい少女は、朝に起こった衝撃を思い返していた。
「そうだ! そんなことより、吼介先輩、なんであのヒトと仲良いんですかッ?!」
「あのヒト? 誰だよ?」
「片倉っていうあのヤな感じの先生ですよ! なんか知ってる感じだったじゃないですか」
片倉響子・・・脈絡なくヒドイ扱いを受けた屈辱が、七菜江の中でふつふつと沸騰する。クレオパトラはこんな風だったのではと思わせる美貌、スラリと伸びたプロポーション、妖しいまでのオトナの色気・・・そして垣間見せる青白い怖さ。七菜江の心には、初対面にして多くの傷跡が残されていた。
「やたら、吼介先輩のこと持ち上げて・・・やらしい感じ!! 私、正直、先輩のこと、見損ないました! 里美さんが病気で苦しんでる時に、あんな女になびいちゃうなんて・・・」
「ああ・・・片倉先生のことか・・・」
「『ああ』じゃないですよ!」
「なーんか、よく会うっつーか、話し掛けてくんだよな。それだけだぞ。なびくとか、何わけのわからんこと言ってんだ?」
「・・・だって! 美人とか言ってたじゃないですか!」
「美人だろ?」
「そう・・・・・・・・・・ですね」
「周りで野郎連中が騒いでるだけだって。七菜江、お前、ちょっとおかしいぞ? 腹立つのはわかるけど、意識過剰だぜ」
口をへの字に曲げて、不快感を思いっきり露わにした表情で、「猫娘」が更なる反論を考える。吼介との仲はわかったが、まだあの片倉って女には、文句をつけないと気が済まない。だが、その作業は中断を余儀なくされることになる。
《生徒の呼び出しをします。3年F組、工藤吼介くん、第3生物実験室まで来てください。あと、2年J組、藤木七菜江さん、第5化学実験室に至急行くように》
「あれ・・・?」
“今の声、片倉先生”
「噂をすれば、早速!! もう、一体なんなのよ!」
話題にしていた女教師に、まるで見透かされたかのようなタイミングで呼び出しを食らい、七菜江の口はますます尖る。怒りの感情もあるが、また、嫌な思いを味わうのではないか、という憂鬱が予測の大部分を占めている。
「ねえ? なんなのかなぁ? なんか朝の時、マズイことしたっけ」
「七菜江はムッとした顔してたもんな」
「・・・・・・あれは向こうが悪いじゃん! 先生だったら何言ってもいいの?!」
「学校てな、どんな嫌な上司にも耐えられるよう、勉強するところだぞ。大丈夫、朝のことでなんかっていうなら、ふたり別々の場所に呼ばれないだろ」
級友に手を振り、教室を出た七菜江は、途中まで一緒に筋肉の鎧武者と共に行くことにする。午後の授業開始まで、あと5分。遅刻は覚悟した方が良さそうだ。
逆三角形の背中と、丸みを帯びたボディーラインを見送って、その影が消えるのを確認した、3人の女子高生が話し始める。
「ねえ、ねえ、あのふたり、怪しいよね」
「ナナちゃん、普段はあんなに男にべたべたしないもんね」
「でも、工藤先輩には五十嵐先輩がいるんじゃ?」
「あの二人は幼馴染らしいわよ」
「工藤先輩、ナナちゃんとよく会ってるみたいだし」
「今日はなにしに来たの? まさかナナちゃんにただ会うため?」
「なんかナナちゃんが不良グループに狙われてるんだって」
「それホント? ちょっと嘘っぽいっていうか・・・」
「でもホントだとしたら、ナナちゃん、いいの? いま、ひとりになっちゃったんじゃない?」
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