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44、4人目
しおりを挟む「ざ~んねんっ。このままいったら、六道妖のアジトまで潜入できると思ったんだけどナ~。おいしい獲物を6匹も独り占めできると思ったのに」
「オメガフェニックス・・・貴様」
翠蓮の肩から腕を放し、〝無双”の虎狼は仁王立った。
「今のオレは、猛烈に機嫌が悪い。軽率な発言を繰り返すならばッ・・・八つ裂きにしてこの汚水に散りばめるぞッ!」
「あのサ。ボロボロの姿で凄まれても、笑っちゃうんだけどナ」
深紅のブーツを高らかに鳴らして、猫顏の美少女が距離を詰めていく。
「前のときは逃げられちゃったからネ。あなたとはどうしても決着つけたかったから・・・ずっとこういうチャンスを待っていたのヨ」
「甲斐凛香さん・・・いいえ、オメガフェニックス。下がりなさい。それ以上虎狼さまに近づくことは、この〝輔星”の翠蓮が許しませぬ」
「浅間翠蓮、か。同じく『五大老』の家系に生まれた者として、シンパシー感じてたんだけどネ。ちょっと残念。でも、あたしは裏切者は容赦しないから」
フェニックスの左右の手首周辺に、炎が生まれて連なる。
次々と出現し、繋がっていく業火。両手首の周りで、炎の輪が燃え上がる。
「虎狼、あなたがオメガヴィーナスに負けたのは知ってるヨ。でも、関係ない。ひとりの格闘者として、あたしはあなたに勝ちたい! 〝無双”の看板はこのオメガフェニックスが降ろさせてあげるワ!」
「・・・言わせておけばッ・・・随分とふざけたことをッ!!」
「虎狼さまッ! このような不躾な者は、相手になさらぬようッ!」
巨漢の武人を庇うように、前にでた翠蓮が両手を突き出す。
なにもない、ように見えた。空気を固める、という特殊能力を知らなければ、ハーフアップの女妖魔が発射した透明の弾丸がわかるわけがない。
「炎舞・撃っ!!」
両腕の炎のリングを、一直線の猛炎と化して、フェニックスは撃ち出した。
火炎の龍が、トンネル中を明るく照らす。荒れ狂う炎の奔流が、二体の妖化屍まで迫っていく。
「ぐッ・・・!!」
高熱は気体を膨張させる。空気を圧縮して固める翠蓮の能力とは、真逆の作用といってよかった。防御のために密かに造ってあった空気の壁が次々に破裂していく。
翠蓮にとってオメガフェニックスは、相性最悪の天敵であった。
炎が消えたころには、翠蓮も虎狼も、防ぎきれなかった業火の余波で黒い煙をあげている。
「ッ・・・はあッ、はあッ、はあッ・・・オメガフェニックス・・・これほどとはッ・・・!!」
「ん~。なんかよくわかんないケド、あなたのやることは、あたしにはまるで通じないっぽいネ?」
吊り気味の瞳に、小ぶりな唇。猫を思わす可憐な炎天使は、悪びれることなく言った。
高校を卒業したばかりの令嬢少女は、肌も表情もキラキラと輝いていて、どこか挑発的だった。甲斐凛香はおおよそ苦労らしいものをしたことがない。だからこそ己のストレートな感情を、常に遠慮なくさらけだす。よく言えば正直で、悪く言えば配慮がない。
時に失礼な態度を取ることがあっても、悪意によるものではなく、本音を包み隠さないだけだ。
そんな凛香だから、翠蓮に対する勝利宣言は偽りない本音だった。
「ていうかサ、女のコを闘わせてないで、自分がでてきなヨ。まさか、負傷してるから今日はムリ、とか言わないよネ?」
挑発とも取れる虎狼への言葉も、凛香はただ思ったことを口にしただけだった。
「調子にッ・・・乗るなァッ!! オメガフェニックスッ!!」
「いいネ、その感じ。じゃあ、いっくヨォ~っ!!」
再び両手首に炎のリングが燃え上がる。
腰を落とし、構えを取る紅蓮の炎天使に対し、虎狼は前に出た。オメガヴィーナスとの闘いで負ったダメージは、いまだ深く刻まれたままであった。愛刀の戟も、穂先が砕けてただの鋼鉄の長柄になっている。この闘いに限って言えば、修羅妖・虎狼の不利は明らかだ。
いや、たとえ体調が万全で戟が本来の姿であっても・・・究極の破妖師であるオメガスレイヤーに、勝てるのかどうか。
さすがの虎狼も気付き始めている。オメガスレイヤーは・・・化け物だった。戟の刃を何度斬りつけても致命傷に至らず、あげく片手で打ち砕かれた。鋼鉄よりも硬い肉体を誇る彼女たちを、どうやって殺せばいいのか。
オメガフェニックスが、通路の地を蹴った。深紅のスーツに包まれたグラマラスなボディが、弾丸と化す。
対する虎狼は、柄だけとなった武具を構え、防御の態勢に入る。
ブジュウウウッ!!
「うわっと!? な、なにヨ、これ!?」
激突する寸前、凛香の脚は止まっていた。
汚水の流れのなかから、灰色のヘドロの塊が、紅蓮の炎天使に飛んでいた。突き出しかけた右腕に、べっとりと付着している。
思わぬ形で横ヤリを入れられ、フェニックスは反射的に後方へ跳んだ。距離を再び開け、虎狼の様子を探る。
穂先のない戟を構えたままの修羅妖に、おかしな動きはなかった。ただじっと、獣の眼光で睨んでいる。
「もう、臭いナ~。なんでこんなものが急にはねて・・・」
鼻をつまむ猫系の美少女が、秀麗な眉と吊り気味の瞳を曇らせる。
その瞳が見開いたのは、次の瞬間だった。
ゲヒ。ゲヒヒヒヒ・・・
最初フェニックスは、巨大なゴミが下水を流れているのかと思った。
よく見れば、それは灰色のヘドロが盛り上がっているのだった。徐々に。モゴモゴと、膨れ上がっていく。
汚水のなかに、何者かがいる――。
察した時には、小柄な肉感ボディは水流に対して構えを取っていた。
「あなたっ、誰ヨっ!?」
ゲヒヒヒ・・・ゲヘ、ゲヘヒヒヒ・・・
人並みの大きさにまで盛り上がったヘドロは、汚水の流れの上に完全に立っていた。
全体のイメージでいえば、灰色の汚泥が小山のように積み重なった感じ。だが、よく見れば頭がある。肩らしきところがある。腹と思われる部位はどっぷり突き出て、二本の脚もきちんとある。ドロドロの塊でありながら、人間としての形が見て取れる。
顏らしき部分に、3つの曲線がある。と見えるや、パカリと開いて3つの赤い三日月となった。
福笑いのお面にも似た、笑顔の眼と口だった。
「ゲヒ。ゲヒヒヒッ・・・お前が・・・オメガフェニックスかぁ~、小娘ぇ・・・」
灰色のヘドロの山が、喋った。
雪だるまのようでもあり、禿頭の太った中年男のようでもある。いずれにせよ、自信家の凛香が青ざめるほどに不気味な姿だった。
「な、なにヨっ、こいつ!?」
「いいカラダ・・・してるなぁ~・・・オッパイがデ~ンと盛り上がってるじゃねえか・・・犯してえなぁ~、グジュグジュにしてえなぁ~・・・」
「な、なにをこのっ・・・変態ヤロウ! あたしとやる気なのっ!?」
「そう興奮しなくてもぉ~・・・すぐに地獄に堕としてやるよぉ~・・・」
ぐにゃぐにゃと泥のような全身をくねらせて、男は笑った。笑ったようだった。
「オレの名は・・・六道妖のひとり、餓鬼妖・・・〝流塵”の呪露だぁ~・・・待っていたぜぇ~・・・」
「っ!! お前が・・・餓鬼妖! 4人目の六道妖なのネっ!」
凛香の猫のような瞳が、鋭さを増した。
虎狼、翠蓮に続いて3人目の敵。しかも新たな六道妖が登場したというのに、オメガフェニックスに動揺はなかった。武道で鍛えた引き締まった筋肉と、天性の豊満ボディがますます漲るかのようだ。
「あたしが罠に嵌るのを、待ってたってワケ? そう思い通りにいくかナっ!?」
「ゲヒヒヒヒッ・・・待ってたのはお前じゃない・・・虎狼の方だぁ~・・・」
突如ヘドロの身体の中央が割け、金属製のジュラルミンケースが吐き出される。
この汚泥が集合してできたような妖化屍は、こんなものを体内に隠せるというのか。
勢いよく飛んだケースは、虎狼の足元まで滑っていく。
「ようやく・・・決心できたかぁ、虎狼・・・さあ、骸頭からのプレゼントだぁ~・・・妙なプライドは捨てて、そいつを受け取るんだなぁ~・・・」
「一体っ・・・なにを!?」
虎狼がこの地で立ち止まった理由が、ようやくフェニックスにはわかった。
ひとつは、この呪露という妖化屍と会うため。
そしてもうひとつは、単独行動に出た紅蓮の炎天使を逃がさないようにするため。
筋肉の鎧を纏った武人は、無言でジュラルミンケースを開けた。
なかから取り出したのは、十字状に刃が組み合わさった、新しい戟の穂先。
だがその穂先は、妖しい緑の光を放っている。
「えっ・・・? なにヨ、あのヘンな緑色の穂先は・・・っ?」
「ゲヘ。ゲヘヒヒヒ・・・いいのかぁ、よそ見してて・・・お前、オレの相手もしてくれるんだろぉ~?」
ゆっくりと水流の上を歩いてくる呪露に対し、炎属性のオメガスレイヤーは構え直す。
「もちろんヨっ! 何体でも、このオメガフェニックスがまとめて相手してあげるっ! さあ、かかってこい!」
「ゲヒヒヒヒッ!! バカだなぁ~・・・もうとっくに、攻撃してるじゃないか・・・」
ヘドロの塊が言い終わらないうちに、異変は起こった。
フェニックスの右腕に付着した泥が、盛り上がる。
見る間にそれは腕の形となった。拳を握り、至近距離から炎天使に殴り掛かる。
「なっ!!?」
ドキャアアアッッ!!
はね飛んだ泥とばかり思っていたものは、〝流塵”の呪露の右腕だった。
不意をつく一撃に、さしものフェニックスも反応が遅れた。顔面中央に、もろにストレートのパンチを喰らう。
しかし、呪露の本当の攻撃はそれからだった。
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