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6、六道妖

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「くッ・・・妖化屍アヤカシが・・・2体とは・・・」

 緊張した父親の声が流れる。狼狽の色を、濃く反映した声が。
 新たに崖上から出現した刺客。その姿は漆黒のローブに隠れていても、並の妖魔でないことは漂う雰囲気が教えていた。普通の人間でここまで感じるならば、オメガスレイヤーの天音はもっと察知していよう。
 
 元々、妖化屍は破妖師の間で要警戒の存在だった。歴史を紐解けば、何十人、何百人という単位で犠牲者を生み出している。ただのリビングデッドであるケガレとは、危険レベルが違うのだ。
 そのなかで、最上位の破妖師であるオメガスレイヤーは滅多に敗れることなどないが・・・妖化屍が2体揃う、などという事案はかつて聞いたことがない。強い自我を持つ妖化屍は、協調性の欠片もないからだ。
 
 そんな連中がタッグを組む。それだけでも不気味このうえないのに・・・新たな刺客は正体が見えぬというのが、余計に不安を駆り立てる。かろうじて、声で男だと判明するくらいだ。
 
「心配しなくても大丈夫よ、お父さん」

 両手を腰に当てたポーズで、白銀の女神は言い放つ。
 ところどころにミサイルによる焦げ跡が残っているが、自信は微塵も揺らいではいなかった。初めての闘い、殺し合いであるのに、四乃宮天音はすでに自分が何者であるかをよく理解している。
 
「2人になろうと、3人になろうと、問題はないわ。私は・・・オメガヴィーナスは、負けない」

「儂がすべての力を出し切った、と思うておるなら甘いぞォ」

 怪老・骸頭ガイズは、己の顔面に刻まれた皺をほじくる。
 潰れた蛆虫を掘り出すや、紫の舌でしゃぶり飲む。即席の非常食で、英気を養ってでもいるようだった。
 
「はじめから、ケガレごときに武器を持たせたところで、オメガスレイヤーに通じぬことなどわかっておったわい。真の闘いはこれからじゃ!」

「骸頭よ、もう一度いうぞ。お前の力では、オメガヴィーナスには勝てない」

「黙らっしゃい! 当初の計画通り、貴様は崖上で、こやつらが逃亡するのを阻止すればいいのじゃ!」

「その策ではお前は死ぬぞ。我が〝慧眼けいがん”という異名、忘れたわけではないだろうな」

 ローブの男の言葉に、皺だらけの怪老が口を閉ざす。
 一体、何者なのか? プラチナブロンドの美乙女は凝視するが、すっぽりと頭部を覆ったフードの中身は、闇のままで見えなかった。
 普通の暗闇なら、オメガスレイヤーの眼に見えないわけがない。まして光の女神であるオメガヴィーナスなら、完全な闇であっても昼同然に映るはずだ。
 それが漆黒を塗り潰したようにまるで判明しない、というなら、なにか魔力のようなもので細工がしてある可能性が高かった。恐らく、今までローブの男の存在に気付けなかったのも、その魔力の成せる術だろう。
 
 そして魔力を駆使したのは、〝慧眼”と名乗った男自身ではなく、恐らく〝百識”骸頭だ。
 ローブの男を伏兵にしたのが骸頭であるなら、そう推理するのが妥当に思われる。
 
「オメガの紋章を持つ破妖師・・・オメガスレイヤーは、強い。ひとりでは勝てん、我らふたりが組んでこそ、ようやくこの女には対抗できるだろう」

「・・・出でよッ、〝ディアボロハンド”ッ!!」

 骸頭が叫ぶ。黒い靄が地中より湧き上がったと見えるや、ムクムクと盛り上がっていく。
 宙空に、巨大ななにかが出現していた。半透明な、黒煙が凝縮したような、なにか。
 斜めに叩き付ける驟雨が、完成したものの形を、ハッキリと浮かび上がらせる。
 
「やっぱり・・・〝百識”の骸頭は、魔術の遣い手のようね」
 
 その名の通り、左右一対の悪魔の掌。
 オメガヴィーナスの身体を覆ってしまえるほど巨大な手が、今にも掴みかからんと空中で蠢いている。
 
「黒魔術なら、オメガヴィーナスの光の力にも、通用すると思ったの?」

「・・・知識ならともかく、戦術に関しては、貴様に分があるのは認めてやるわい、〝慧眼”よォ」

 プラチナブロンドの女神には答えず、骸頭はローブの男に話を振った。
 
「ここは貴様の策に、乗ってやるぞい」
 
「賢明な判断だ、骸頭」

「・・・何度でも言うわ。私には、あなたたちの攻撃はなにひとつ通じない」

「言葉に間があったな、オメガヴィーナス。お前は、内心では骸頭の〝悪魔の掌”に脅威を感じている」

 秘めた感情を言い当てられ、白銀の女神は声を詰まらせた。
 四乃宮天音がオメガヴィーナスになって以来、初めて見せる動揺だった。
 
「・・・そうね。確かに魔術による攻撃なら、超人的なパワーを得たこの肉体にも、効くかもしれないわね」

「素直な女だ。オメガスレイヤーになるには純粋さが必要という噂は、本当だったかな」

「でも、当たらなければ、どんな攻撃も意味はないでしょう? 私のスピードに、その巨大な手はついてこられるかしら?」

「無理だろうな。だからこそ、オレがいる」

 不思議な会話だった。ともに相手を警戒しながら、率直な思いを包み隠さず口にする。

「骸頭よ、オレの合図で〝ディアボロハンド”を振るうがいい」

 すっとローブの男が、両腕を前に突き出す。
 構えを、取ったのだ。
 〝慧眼”の通り名からは容易に想像できぬほど、戦闘態勢に入った男からは、「武」の臭いが濃密だった。
 だがオメガヴィーナスにとってそれ以上に意外だったのは、この敵が真正面から闘いを挑むつもりであるらしいこと。
 
「・・・私と、まともにやり合うつもりなの?」

「妖化屍をあまり見くびらないことだ。人外の能力を保有するのはオメガスレイヤーだけではない」

 ちらりと白銀の光女神は、父と母、そして妹の郁美とに視線を送る。
 崖の上から降り立ったローブの男は、立ち位置が3人の家族と近い。相当のスピードを持っていたら、オメガヴィーナスより先に手が届く、ということも十分考えられた。
 
「断言しておこう。お前の家族たちに害を与えたりなど、しない」

 またも天音の心情を読んだように、〝慧眼”は言った。
 
「意外か? 真っ向勝負と見せかけ、人質として盾にとるとでも思ったか? 驕りも甚だしいな、オメガヴィーナス」

「・・・あなた、本気で私に勝てると思っているの?」

「それが驕りというのだ。卑劣な手段になど頼らなくても、お前を倒すことは簡単だ」

「ッッ・・・!! 惑わされるな、天音ッ! オメガスレイヤーの能力は、妖化屍を上回る。そう決まっているんだッ! まともに闘って、負けるわけがない!」

 叫ぶ父親の声は、むしろ天音には「気を付けろ」と言っているように聞こえた。
 心配するのも無理はなかった。なにしろ、美戦士にとっては初めての闘いなのだ。
 オメガスレイヤーになるということが、凄まじい超パワーを授かるのは確かのようだが、天音自身がそのポテンシャルを引き出せるとは限らない。免許取りたてのドライバーが、フェラーリを乗りこなせないのと同様に。
 
「おっと、オレをそこらの妖化屍と一緒にするのか」

「・・・天音も・・・オメガヴィーナスもまた、普通の破妖師ではないよ」

「これでも一応、六道妖リクドウヨウがひとり、人妖ジンヨウの座にあるのだがな」

「ジンヨウ?」

 父親が不思議そうな表情を浮かべるのを見て、ローブの男は肩を揺らした。
 
「フフッ・・・おい、骸頭よ。お前が作ったリクドウヨウ、破妖師の連中にまるで名が通っていないではないか。さぞステータスがあるかと思っていたら」

「フンッ、六道妖の名にこやつらが恐れ慄くのは、これからじゃよ。体制が整う前に潰されてはたまらんからのう。秘密裏に組織を作るのは、当然のことじゃ」

 組織。
 その単語に反応したのは、父親だけであった。ふたりも妖化屍が揃うなど、異常事態だと思っていたが・・・骸頭という怪老は、さらに組織作りまで着手しているというのか。
 もし、それが本当ならば、六道妖とは危険すぎる存在だった。
 父親が知る限り、オメガスレイヤーが妖化屍に敗れることなど有り得ない。成り立ちから考えれば、能力の優劣はハッキリ決まっているからだ。ただ、あくまでそれは1対1の闘いについてであり、オメガスレイヤーひとりを複数の妖化屍が襲うとなれば・・・
 
「手始めに、地獄妖であるこの儂と人妖の貴様とで・・・オメガヴィーナスを葬るぞ。六道妖の歴史は今日より始まるのじゃ」

 構えを取ったまま、ローブの男は歩を進めた。真っ直ぐ。白銀の光女神に向かって。
 じりじりと、距離を詰める。
 対するオメガヴィーナスは、青のケープとブロンドの髪を揺らすだけで、微動だにしない。
 冷たい夜の雨が、両者の間に降り注ぐ。
 
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