上 下
3 / 20
第一章 ハッピー婚約破棄ライス

3

しおりを挟む
「やっぱりこれは間違いなく、お米ですわーッ!!」
「おお、ライスラのことを言ってんのかい、お嬢ちゃん」
「はいっ!! わたし! これを! 生まれてからずううううっと!! 食べたかったんですの!!」
「ははは。大袈裟だなあ。だがその勢いに免じてまけてあげよう」
「やりましたわーっ!!」

 拳を天に突き上げると、クマのようなおっちゃんが笑います。
 どちらかというとおっちゃんのようなクマ、というべきかしら。
 多分、獣人の方なのでしょう。獣人という存在もリーンバルト王国を出て初めて見ました。
 リーンバルトのヒューマンは帝国最弱種族のくせに、獣人を見下しているところがあるのです。
 どの面下げて見下しているのでしょうね。

「あっはっはっはっは。しかし、お嬢ちゃんの期待を挫くようで申し訳ないんだが、こいつはそんなに美味くはないぞ?」
「それはおじさんの舌がちょっとおかしいだけだと思いますわ」

 お米がまずいわけがないのです。
 日本人は全員賛同してくれると信じていますわ。

「わーっはっはっは! 食べたことがないのにそこまで言うとはとんだエルフフリークだな!!」
「エルフ?」
「なんだ、知らないわけじゃないよな? こいつがエルフの国の穀物だから食ってみたいんだろう?」
「へえ~。そうだったんですの。いえ、全然知りませんでしたわ」

 エルフの国というのは、この国とはまた違う、大森林の奥にあるというエルフリーフという国のことでしょう。
 帝国もエルフが治めていますが、こちらはある種の選挙制を取っているのでエルフリーフとはまた別なのです。

「そうかそうか。まあ、エルフに憧れるやつは多いからな。恥ずかしがることはない」

 何やら誤解をされたようだけれども、訂正する時間がもったいないので気にしません。
 早く、早くお米が食べたい。実に十六年ぶりの米。転生ぶりのお米ですわ!

「ハアッ、早く、おじさん……っ! 早くお米を売ってくださいませぇ……!」
「わかったからヤク中みたいな顔をしないでくれ。どれくらい欲しいんだ?」
「全部! と言いたいところですけれど、我慢して我慢して我慢の限りを尽くして、この一袋で手を打ちますわ」
「銀貨1枚だな」
「はいですわ」

 貴族の娘だからってお金の価値がわからないとか、そんな大ボケをかますようなわたしではありませんの。
 流石に前世日本人の記憶がありますものね!

「それじゃ、こいつをどうぞ」
「ありがとうござ――ぴっ」

 おじさんに手渡されたお米の袋がわたしの足の爪先に落ちましたわ。とっても痛い。
 あと全然動きませんわ。
 何ですのこれ? 鉛でも入っているんですの??

「うっ……うぐぐっ……! ぴぎぃい……っ!!」
「お嬢ちゃん……まさか持てないのかい……? それなら量を減らすかい?」
「っ!?」
「そんな悲壮な顔をされてもね。誰か運んでくれる人はいないのかい?」
「うっ……ううっ……! ぐすっ」
「そうかあ。いないのかい。だがおれもここを離れられんし。おーい!」

 おじさんが手を振ると、子どもが二人駆けてきました。
 薄汚い身なりの男の子と女の子の二人組ですわ。お風呂に最後に入ったの、いつ?

「なんだよおっさん。いつもは店に近づくだけで追い払うくせに」
「このお嬢さんがな、荷物が重くて持てないらしい。運んでやったら駄賃をくれるかもしれんぞ。どうだねお嬢さん?」
「……っ!」
「そうかそうか。払ってくれるそうだぞ」
「ならおれたちの客だな。さて、荷物ってのはどんだけ重いのかな……と……」

 わたしの爪先に落ちていた袋を拾い上げた男の子の言葉が口の中に消えていきましたわ。とっても重かった、そういうこと?

「……お姉さん……あんた……これ持てないの……?」
「ミリにも持たせて。……えっ。お姉ちゃん、どうやって生きてきたの……?」

 怪訝な眼差しが、痛いですわ。
 だけどこれにはちゃんとした正当なる理由があるのですわ!

「故国でガリガリ大好きな元婚約者に餓死させられそうになっていたから、お米の一袋も持てない身体になってしまったんですの!」
「何だよそれ、ひどいな」
「お姉ちゃん、可哀想」
「そうでしょうそうでしょう。わたし、逃げてきたんですの! でもこれからは大丈夫。ちゃんとご飯をいっぱい食べて、健康的に長生きして見せますわ!!」

 この筋力の衰えきった身体はわたしのせいじゃないんですの。
 リーンバルト王国のエルフ媚び媚び大作戦により、女の子には生まれながらに様々な制約が課せられるのです。
 コルセットしかり、運動制限しかり、食事制限しかり。

 棒のように細く、太陽の光にも当たったことがないような抜けるような白い肌を持つ、菜食主義の弱々しい女の子。

 それが三百十年前から今に至るまで、未だに帝国の頂点に君臨しているヘンリク大帝の好みなのですわ。気持ち悪。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女も聖職者も神様の声が聞こえないって本当ですか?

ねここ
ファンタジー
この世界では3歳になると教会で職業とスキルの「鑑定の儀」を受ける義務がある。 「鑑定の儀」を受けるとスキルが開放され、スキルに関連する能力を使うことができるようになり、その瞬間からスキルや身体能力、魔力のレベルアップが可能となる。 1年前に父親を亡くしたアリアは、小さな薬店を営む母メリーアンと2人暮らし。 3歳を迎えたその日、教会で「鑑定の儀」を受けたのだが、神父からは「アリア・・・あなたの職業は・・・私には分かりません。」と言われてしまう。 けれど、アリアには神様の声がしっかりと聞こえていた。 職業とスキルを伝えられた後、神様から、 『偉大な職業と多くのスキルを与えられたが、汝に使命はない。使命を担った賢者と聖女は他の地で生まれておる。汝のステータスを全て知ることができる者はこの世には存在しない。汝は汝の思うがままに生きよ。汝の人生に幸あれ。』 と言われる。 この世界に初めて顕現する職業を与えられた3歳児。 大好きなお母さん(20歳の未亡人)を狙う悪徳領主の次男から逃れるために、お父さんの親友の手を借りて、隣国に無事逃亡。 悪徳領主の次男に軽~くざまぁしたつもりが、逃げ出した国を揺るがす大事になってしまう・・・が、結果良ければすべて良し! 逃亡先の帝国で、アリアは無自覚に魔法チートを披露して、とんでも3歳児ぶりを発揮していく。 ねここの小説を読んでくださり、ありがとうございます。

今さら言われても・・・私は趣味に生きてますので

sherry
ファンタジー
ある日森に置き去りにされた少女はひょんな事から自分が前世の記憶を持ち、この世界に生まれ変わったことを思い出す。 早々に今世の家族に見切りをつけた少女は色んな出会いもあり、周りに呆れられながらも成長していく。 なのに・・・今更そんなこと言われても・・・出来ればそのまま放置しといてくれません?私は私で気楽にやってますので。 ※魔法と剣の世界です。 ※所々ご都合設定かもしれません。初ジャンルなので、暖かく見守っていただけたら幸いです。

【完結】放置された令嬢は 辺境伯に過保護に 保護される

恋愛
「どういうこと?」 「まだわからないの?大丈夫?お姉さま」 「僕の将来はベッキーと 歩むよ アリス 君じゃない! 婚約破棄だ!」 後妻ではいった お義母様 義妹 婚約者 血の繋がった父に棄てられ 迷子に…… HOTランクイン ありがとうございます! 完結までお付き合いしていただけると 幸いですm(__)m 恋愛大賞に投票頂き 感謝いたします! ありがとうございます

婚約者の恋人

クマ三郎@書籍発売中
恋愛
 王家の血を引くアルヴィア公爵家の娘シルフィーラ。  何不自由ない生活。家族からの溢れる愛に包まれながら、彼女は社交界の華として美しく成長した。  そんな彼女の元に縁談が持ち上がった。相手は北の辺境伯フェリクス・ベルクール。今までシルフィーラを手放したがらなかった家族もこの縁談に賛成をした。  いつかは誰かの元へ嫁がなければならない身。それならば家族の祝福してくれる方の元へ嫁ごう。シルフィーラはやがて訪れるであろう幸せに満ちた日々を想像しながらベルクール辺境伯領へと向かったのだった。  しかしそこで彼女を待っていたのは自分に無関心なフェリクスと、病弱な身体故に静養と称し彼の元に身を寄せる従兄妹のローゼリアだった……

精霊の守り子

瀬織董李
ファンタジー
森で母と二人きりで過ごしていた少女時代は、母の死で幕を閉じた。 父とは呼びたくもない男の家で貴族令嬢として教育を受けていたある日、名ばかりの婚約者から婚約破棄を告げられる。 もういいよね?家族ごっこは飽きたし。 ルーチェは己だけに許されたある名前を呼ぶ。

【完結】巻き込まれたけど私が本物 ~転移したら体がモフモフ化してて、公爵家のペットになりました~

千堂みくま
ファンタジー
異世界に幼なじみと一緒に召喚された17歳の莉乃。なぜか体がペンギンの雛(?)になっており、変な鳥だと城から追い出されてしまう。しかし森の中でイケメン公爵様に拾われ、ペットとして大切に飼われる事になった。公爵家でイケメン兄弟と一緒に暮らしていたが、魔物が減ったり、瘴気が薄くなったりと不思議な事件が次々と起こる。どうやら謎のペンギンもどきには重大な秘密があるようで……? ※恋愛要素あるけど進行はゆっくり目。※ファンタジーなので冒険したりします。

〖完結〗不幸な令嬢と中身が入れかわった私は、イキナリ婚約破棄されました。あなたになんか興味ありませんよ?

藍川みいな
恋愛
「エルザ・ロバートソン、お前との婚約は破棄する!」 誰だか分からない人に婚約を破棄されたエルザとは私のこと。私は今朝、エルザ・ロバートソンになったばかりです。事故で死んだ私が、別の世界の私と中身が入れかわった! 妹に婚約者を奪われ自害したエルザと入れかわった私は、エルザを苦しめてきた両親と妹、そして婚約者を後悔させてやる事にした。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 本編15話+番外編1話で完結になります。

ざまぁでちゅね〜ムカつく婚約者をぶっ倒す私は、そんなに悪役令嬢でしょうか?〜

ぬこまる
恋愛
王立魔法学園の全校集会で、パシュレミオン公爵家長子ナルシェから婚約破棄されたメルル。さらに悪役令嬢だといじられ懺悔させられることに‼︎  そして教会の捨て子窓口にいた赤ちゃんを抱っこしたら、なんと神のお告げが……。 『あなたに前世の記憶と加護を与えました。神の赤ちゃんを育ててください』 こうして無双魔力と乙女ゲームオタクだった前世の記憶を手に入れたメルルは、国を乱す悪者たちをこらしめていく! するとバカ公爵ナルシェが復縁を求めてくるから、さあ大変!? そして彼女は、とんでもないことを口にした──ざまぁでちゅね 悪役令嬢が最強おかあさんに!? バブみを感じる最高に尊い恋愛ファンタジー! 登場人物 メルル・アクティオス(17) 光の神ポースの加護をもつ“ざまぁ“大好きな男爵令嬢。 神の赤ちゃんを抱っこしたら、無双の魔力と乙女ゲームオタクだった前世の記憶を手に入れる。 イヴ(推定生後八か月) 創造神ルギアの赤ちゃん。ある理由で、メルルが育てることに。 アルト(18) 魔道具開発をするメルルの先輩。ぐるぐるメガネの平民男子だが本当は!? クリス・アクティオス(18) メルルの兄。土の神オロスの加護をもち、学園で一番強い。 ティオ・エポナール(18) 風の神アモネスの加護をもつエポナ公爵家の長子。全校生徒から大人気の生徒会長。 ジアス(15) 獣人族の少年で、猫耳のモフモフ。奴隷商人に捕まっていたが、メルルに助けられる。 ナルシェ・パシュレミオン(17) パシュレミオン公爵家の長子。メルルを婚約破棄していじめる同級生。剣術が得意。 モニカ(16) メルルの婚約者ナルシェをたぶらかし、婚約破棄させた新入生。水の神の加護をもち、絵を描く芸術家。 イリース(17) メルルの親友。ふつうに可愛いお嬢様。 パイザック(25) 極悪非道の奴隷商人。闇の神スキアの加護をもち、魔族との繋がりがありそう──? アクティオス男爵家の人々 ポロン(36) メルルの父。魔道具開発の経営者で、鉱山を所有している影の実力者。 テミス(32) メルルの母。優しくて可愛い。驚くと失神してしまう。 アルソス(56) 先代から伯爵家に仕えているベテラン執事。

処理中です...