好きになれない

木原あざみ

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 レモンティー、ピーチティー、カフェオレ、カフェラテ。
 最寄り駅横のコンビニエンスストアの棚の前で、日和は真顔のまま立ち尽くしていた。電車の到着直後の大混雑の時間帯は外しているので、しばらく占拠していても邪魔にはならないはずだ。

 ――うーん、やっぱり、りんごジュースかな。

 優柔不断は今に始まったことではない。欠伸をこらえて、迷いながらも一つの商品に手を伸ばし掛けた瞬間。

「眠そうな顔してるね、お兄さん」
「すみま――って、真木さん?」

 予想外の声に、指先が目的の物に届く手前で空ぶる。振り返った先にいたのは、この二ヵ月ですっかり見慣れた顔だった。なぜか、いつもの服にプラスして、コンビニエンスストアのエプロンを身に付けていたけれど。

「日和くん、第一声目で謝ることが多いけど、俺のこと怖い?」

 優海さんに言われたから気を付けてるんだけどな、と。ぼそりと続いた台詞に、日和は気苦労を察した。

「いや、怖くはないですけど。というか、バイト?」
「そう。バイト。朝だけだけどね」

 この店舗を利用したことは何度かあったのだけれど、気が付かなかった。

「日和くんは、今から大学?」
「あ、そうです」
「朝早くから大変だね、頑張って」

 終わりそうになった会話を引き留めるように、日和は質問を投げる。店内は混んではいない。セーフのはずだ。

「あの、真木さんも」
「ん?」
「このあとは、もしかしてつぼみですか?」
「ううん。今日は、つぼみは午後から。午前はね、市に委託されてる訪問事業があって、そっち」
「訪問事業?」
「そう。お家から出られない子のところにね」

 引きこもっている子どもへの支援活動の一環なのかもしれない。
 家から出られない、という点だけで見れば、フリースクールに通っている子どもたちよりも根が深いとも思える。大変ですね、と言いかけた言葉を呑み込む。きっと、この人はそんなふうに捉えていないだろうと思ったからだ。
 小さく相槌を打った日和に、真木が店内にかかっている時計に目を向けた。

「引き留めておいて俺が言うのもあれだけど、時間は大丈夫?」
「え……、あ。やば」

 あと三分で電車が来る。ぼそりと呟いて、もう買わなくてもいいやと慌しく頭を下げて、踵を返そうとした日和の手元に、紙パックが飛んできた。買おうかと悩んでいたりんごジュース。

「あとで、会計しとくから」
「え、でも」
「本来だったらお休みの土曜日に来てもらうお駄賃代わり。安いけど」

 キャンプ準備のためのスタッフ会議のことだとはすぐにわかった。けれど、参加は日和自身が望んだことだ。戸惑い気味に瞳を泳がせた日和だったが、駄目押しのように手まで振られたことで諦めがついた。

「行ってらっしゃい」
「行って、きます」

 行ってきます、だなんて。口にするのはひどく久しぶりだった。なんだか気恥ずかしい。ぺこりともう一度頭を下げて、店を飛び出す。改札を潜り抜けて、駆け足気味にホームまでの階段を上がる。ちょうど、電車がやってきたところだった。
 飛び乗って、握りしめたままだったジュースに視線を落とす。どうせだったら、もう少し大人っぽいものにしておいたらよかったかもしれない。
 いまさらそんな格好を付けたところで、意味はないかもしれないが。ふと、そんなことを思ってしまった。
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