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案件5.硝子の右手

13:探偵と和尚2

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「なるほど。これを使って『こっくりさん』をやっているわけですか」

 心霊写真のときと同じ調子でしげしげと見つめていた住職だったが、ほんの僅か苦笑いのようなものを浮かべた。

「うちにやってくる子どもさんたちは、紙は燃やした、十円玉ももう使った、と言うので、こうやって実際に見るのははじめてです。なんと言いますか、本当に子どもの字ですねぇ。がんばって書いただろうことはわかりますが、そうですか」

 幼い子どもが、それなりに丁寧にたくさんの文字を書いて、準備をして、儀式めいたことをする。秘密の遊びとして子どもたちのあいだで流行る理由はわかる。
 そう言いたげな口調だったが、行平も同じ思いだった。友原雪奈にしても、あんなことになるとは想像もしていなかったのだろう。

「こっくりさんが帰ってくれなくてパニックになったそうなんです。この紙も、十円玉もどうしていいかわからなくなったようで」
「それはかわいそうに。怖かったでしょう」
「そうですね。すごく反省もしているみたいでした。持ったままでいるのは怖いだろうから、と預かってきたのですが、なにか影響はあるんでしょうか」
「影響ですか」

 思案するように、そこで住職は言葉を切った。ひとつ頷いてから、ゆっくりと話し出す。

「この紙を持っているから霊的なこと起こる、というようなことはないとは思いますが。それに、『こっくりさんが帰ってくれない』と言っていたとのことですが、本当になにかを呼び出していたのかどうかはわかりませんよね」
「と、言いますと」
「いくら十円玉が動いたからと言って、一概に霊が原因とは言えないのではないか、と」

 そういう検証番組を見たことはないですか、と住職が言う。

「あぁ、……複数人の中の誰かが悪戯心で動かしている、とか」

 雪奈の記憶を視た限りは、そんなふうには思えなかったが、可能性としてはある話であろう。

「私も詳しいわけではありませんが、そういった作為的な意思がなくとも、無意識の指の震えが連動して動くという話もあるそうですよ。たくさん質問した中のたったひとつでも『らしい』言葉が出ると百発百中くらいの気分になるとも」

 それもまた十分に有り得る話である気がした。

 ……そもそも、呪殺屋や詐欺師がやったならまだしも、子どもだもんなぁ。

 簡単に霊を呼び出すことは、難しいのではないだろうか。件の呪殺屋は、「呼ばれたら喜んで顔を出す」というような表現をしていたが。

「人為的なものか、精神的なものか、それとも本当に、なにかしらが呼び出されてしまったのか」

 悩むように首をひねった住職が、さて、と行平を窺った。

「どういった原因であったにせよ、子どもさんが安心するというのならお預かりはしますが」
「あ、……いえ。大丈夫です、ありがとうございます」

 ありがたい善意だが、念のため呪殺屋にも見せておきたい。空き缶に仕舞い直して、行平は場を辞すことにした。世間話を交わしながら、門に向かう。
 石畳掃除用の箒を手にした住職が、改めて頭を下げた行平に、穏やかにこう告げた。

「滝川さん。こういったことに深く関わると、いつか日常に戻ることができなくなってしまうかもしれませんよ」
「……え?」
「お気をつけて」

 にこりとほほえんだ住職に、行平はぎこちなく「気をつけます」と笑顔を返した。
 たしかに、素人が遊び半分で手を出すことではないのだろう。けれど――。

「放っておけねぇんだよなぁ」

 不可思議でつらい思いをしたことは、過去にいくらでも行平はあったから。後ろ髪を搔きながら、石段を下る。鞄の中に入れた空き缶から、カンカンと十円玉が跳ねる音がした。
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