70 / 92
案件5.硝子の右手
06:探偵と呪殺屋と依頼人
しおりを挟む
「なぁ、やっぱり普通の服のほうがいいんじゃないか、おまえ」
事務所の壁時計が五時に近づくにつれ、いろんなことが気になり始めてしまった。
部屋の中を無闇にうろついていた行平だったが、とうとう立ち止まってソファを見下ろす。やたらと若い法衣姿の有髪僧。気になるの最たるものである。
ソファでふんぞり返っている呪殺屋は、いつもどおりと言えばいつもどおりであるのだが、果たしてこれで「いい」のだろうか。
雇用主として責任を持とうとすればするほど、不安しかない。腕を組んだ行平を見上げた呪殺屋が、小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「その滝川さんのそわそわ感、まるで初めてのデートだな」
「妙な例えをするな、妙な例えを! 俺はおまえのその格好だと、友原さんのお宅にお伺いするときに悪目立ちするんじゃないかと」
「でも、肝心の子どもには、この格好のほうがらしくて都合が良いんじゃない?」
ちょいと法衣の襟元を摘んでみせた呪殺屋に、行平は黙考した。
どうせ、よくわからない怪しげな男ふたりなのだ。それならば、最初から心霊現象の専門家と思わせたほうが得策かもしれない。
幸い顔だけは良いことだし、女の子であれば懐いてくれる可能性も、と考えたところで、無言で頭を振る。子どものほうが本能で怪しさを感知する気がしたからだ。
「……まぁ。まぁ、いいだろう。いや、やっぱり、あちらで部屋を借りて着替えたほうがいいか?」
「より似非臭さが増すだけだと思うけどな」
たしかにそうかもしれない。黙った行平に、呪殺屋が溜息を吐いた。
「それに、そんなこと、あの女は気にもしないでしょ。滝川さんが気を回すだけ無駄だって、無駄」
「なに、依頼人をあの女呼ばわりしてるんだ、おまえは。『時原さん』だ。『さん』」
「隠れ巨乳」
真顔で返されて、行平は自身の髪をぐしゃりとかき混ぜた。口が曲がる。
……なんか、こいつ、妙に機嫌悪くないか?
表現を選ばなくていいのなら、思春期の弟の相手をしている兄の心境に近い。
振り回されるのも癪であるが、どうにも、この一ヶ月。呪殺屋の精神年齢が後退している気がしてならないのだ。幼児返り。ぞっとしない単語である。
しかたない、と行平はかりそめの兄貴の仮面をつけた。
「だーかーら、確証もないことを真顔で言うな。失礼だろうが」
「じゃあ、確証があったら言ってもいいの? 滝川さんは小さいほうが好きなの?」
「そりゃ、大きいに越したことはないが。……いや、待てよ。形と感度も大事だよな。あと乳首」
「あぁ、あんた、ピンク色じゃなきゃ嫌だとか言い出しそうだよね」
「いや、そういうわけでも」
まぁ、かわいい色をしていることに越したことはないと思うが。ひねくれた反応に、行平の声音が尻すぼみになる。
兄貴ぶってみたところで、所詮、人並みかそれ以下の経験値しか持ちえていないのだ。しかも、過去に付き合った彼女たちのいずれとも、半年も持たずして振られている。
この男に正直に告げるつもりは、ないけれど。持て余していると、ぎぎっと鈍い音を立てて事務所の扉が開いた。
「すみません。巨乳では、ない、です」
なんとも言えない細い声に、行平は盛大に表情をひきつらせた。振り返る勇気がない。
固まった行平と正反対に、呪殺屋はしてやったりとばかりの優雅な笑みを浮かべている。
――こいつ……!
確信犯と悟って、行平はぐっと拳をつくった。幼児返りをしていたわけでも、行平にじゃれていたわけでもない。
なにかがは知らないが、確実になにかがこの男の癪に障っていたのだ。つまるところ、憂さ晴らし。せめて、これで機嫌を直してくれることを期待するほかない。
溜息を呑み込んで、平身低頭謝るべく、行平は入り口を振り返った。
事務所の壁時計が五時に近づくにつれ、いろんなことが気になり始めてしまった。
部屋の中を無闇にうろついていた行平だったが、とうとう立ち止まってソファを見下ろす。やたらと若い法衣姿の有髪僧。気になるの最たるものである。
ソファでふんぞり返っている呪殺屋は、いつもどおりと言えばいつもどおりであるのだが、果たしてこれで「いい」のだろうか。
雇用主として責任を持とうとすればするほど、不安しかない。腕を組んだ行平を見上げた呪殺屋が、小馬鹿にした笑みを浮かべた。
「その滝川さんのそわそわ感、まるで初めてのデートだな」
「妙な例えをするな、妙な例えを! 俺はおまえのその格好だと、友原さんのお宅にお伺いするときに悪目立ちするんじゃないかと」
「でも、肝心の子どもには、この格好のほうがらしくて都合が良いんじゃない?」
ちょいと法衣の襟元を摘んでみせた呪殺屋に、行平は黙考した。
どうせ、よくわからない怪しげな男ふたりなのだ。それならば、最初から心霊現象の専門家と思わせたほうが得策かもしれない。
幸い顔だけは良いことだし、女の子であれば懐いてくれる可能性も、と考えたところで、無言で頭を振る。子どものほうが本能で怪しさを感知する気がしたからだ。
「……まぁ。まぁ、いいだろう。いや、やっぱり、あちらで部屋を借りて着替えたほうがいいか?」
「より似非臭さが増すだけだと思うけどな」
たしかにそうかもしれない。黙った行平に、呪殺屋が溜息を吐いた。
「それに、そんなこと、あの女は気にもしないでしょ。滝川さんが気を回すだけ無駄だって、無駄」
「なに、依頼人をあの女呼ばわりしてるんだ、おまえは。『時原さん』だ。『さん』」
「隠れ巨乳」
真顔で返されて、行平は自身の髪をぐしゃりとかき混ぜた。口が曲がる。
……なんか、こいつ、妙に機嫌悪くないか?
表現を選ばなくていいのなら、思春期の弟の相手をしている兄の心境に近い。
振り回されるのも癪であるが、どうにも、この一ヶ月。呪殺屋の精神年齢が後退している気がしてならないのだ。幼児返り。ぞっとしない単語である。
しかたない、と行平はかりそめの兄貴の仮面をつけた。
「だーかーら、確証もないことを真顔で言うな。失礼だろうが」
「じゃあ、確証があったら言ってもいいの? 滝川さんは小さいほうが好きなの?」
「そりゃ、大きいに越したことはないが。……いや、待てよ。形と感度も大事だよな。あと乳首」
「あぁ、あんた、ピンク色じゃなきゃ嫌だとか言い出しそうだよね」
「いや、そういうわけでも」
まぁ、かわいい色をしていることに越したことはないと思うが。ひねくれた反応に、行平の声音が尻すぼみになる。
兄貴ぶってみたところで、所詮、人並みかそれ以下の経験値しか持ちえていないのだ。しかも、過去に付き合った彼女たちのいずれとも、半年も持たずして振られている。
この男に正直に告げるつもりは、ないけれど。持て余していると、ぎぎっと鈍い音を立てて事務所の扉が開いた。
「すみません。巨乳では、ない、です」
なんとも言えない細い声に、行平は盛大に表情をひきつらせた。振り返る勇気がない。
固まった行平と正反対に、呪殺屋はしてやったりとばかりの優雅な笑みを浮かべている。
――こいつ……!
確信犯と悟って、行平はぐっと拳をつくった。幼児返りをしていたわけでも、行平にじゃれていたわけでもない。
なにかがは知らないが、確実になにかがこの男の癪に障っていたのだ。つまるところ、憂さ晴らし。せめて、これで機嫌を直してくれることを期待するほかない。
溜息を呑み込んで、平身低頭謝るべく、行平は入り口を振り返った。
0
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
王太子に婚約破棄されてから一年、今更何の用ですか?
克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しいます。
ゴードン公爵家の長女ノヴァは、辺境の冒険者街で薬屋を開業していた。ちょうど一年前、婚約者だった王太子が平民娘相手に恋の熱病にかかり、婚約を破棄されてしまっていた。王太子の恋愛問題が王位継承問題に発展するくらいの大問題となり、平民娘に負けて社交界に残れないほどの大恥をかかされ、理不尽にも公爵家を追放されてしまったのだ。ようやく傷心が癒えたノヴァのところに、やつれた王太子が現れた。
きっと世界は美しい
木原あざみ
BL
人気者美形×根暗。自分に自信のないトラウマ持ちが初めての恋に四苦八苦する話です。
**
本当に幼いころ、世界は優しく正しいのだと信じていた。けれど、それはただの幻想だ。世界は不平等で、こんなにも息苦しい。
それなのに、世界の中心で笑っているような男に恋をしてしまった……というような話です。
大学生同士。リア充美形と根暗くんがアパートのお隣さんになったことで始まる恋の話。
「好きになれない」のスピンオフですが、話自体は繋がっていないので、この話単独でも問題なく読めると思います。
少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
ガーベラの栞で挟んで
月代 斑
BL
高校1年生の水瀬璃人は根暗で、目付きが悪く、友達ともなかなかうまくつるめなかった。いつも一緒に居るのは、高橋颯悟という同級生。彼とは幼稚園の頃からの仲で、憧れの存在だった。そう思っていたのに…。
好きになれない
木原あざみ
BL
大学生×社会人。ゆっくりと進む恋の話です。
**
好きなのに、その「好き」を認めてくれない。
それなのに、突き放してもくれない。
初めて本気で欲しいと願ったのは、年上で大人で優しくてずるい、ひどい人だった。
自堕落な大学生活を過ごしていた日和智咲は、ゼミの先輩に押し切られ、学生ボランティアとしての活動を始めることになる。
最初は面倒でしかなかった日和だったが、そこで出逢った年上の人に惹かれていく。
けれど、意を決して告げた「好き」は、受け取ってもらえなくて……。というような話です。全編攻め視点三人称です。苦手な方はご留意ください。
はじめての本気の恋に必死になるこどもと、素直に受け入れられないずるいおとなのゆっくりと進む恋の話。少しでも楽しんでいただければ嬉しいです。
願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい
戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。
人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください!
チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!!
※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。
番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」
「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。
https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824
今さら、私に構わないでください
ましゅぺちーの
恋愛
愛する夫が恋をした。
彼を愛していたから、彼女を側妃に迎えるように進言した。
愛し合う二人の前では私は悪役。
幸せそうに微笑み合う二人を見て、私は彼への愛を捨てた。
しかし、夫からの愛を完全に諦めるようになると、彼の態度が少しずつ変化していって……?
タイトル変更しました。
結婚式の夜、突然豹変した夫に白い結婚を言い渡されました
鳴宮野々花
恋愛
オールディス侯爵家の娘ティファナは、王太子の婚約者となるべく厳しい教育を耐え抜いてきたが、残念ながら王太子は別の令嬢との婚約が決まってしまった。
その後ティファナは、ヘイワード公爵家のラウルと婚約する。
しかし幼い頃からの顔見知りであるにも関わらず、馬が合わずになかなか親しくなれない二人。いつまでもよそよそしいラウルではあったが、それでもティファナは努力し、どうにかラウルとの距離を縮めていった。
ようやく婚約者らしくなれたと思ったものの、結婚式当日のラウルの様子がおかしい。ティファナに対して突然冷たい態度をとるそっけない彼に疑問を抱きつつも、式は滞りなく終了。しかしその夜、初夜を迎えるはずの寝室で、ラウルはティファナを冷たい目で睨みつけ、こう言った。「この結婚は白い結婚だ。私が君と寝室を共にすることはない。互いの両親が他界するまでの辛抱だと思って、この表面上の結婚生活を乗り切るつもりでいる。時が来れば、離縁しよう」
一体なぜラウルが豹変してしまったのか分からず、悩み続けるティファナ。そんなティファナを心配するそぶりを見せる義妹のサリア。やがてティファナはサリアから衝撃的な事実を知らされることになる──────
※※腹立つ登場人物だらけになっております。溺愛ハッピーエンドを迎えますが、それまでがドロドロ愛憎劇風です。心に優しい物語では決してありませんので、苦手な方はご遠慮ください。
※※不貞行為の描写があります※※
※この作品はカクヨム、小説家になろうにも投稿しています。
パーフェクトワールド
木原あざみ
BL
この楽園は、誰のための楽園か。
**
アルファとベータしかいないと思われていた全寮制の名門男子校、陵学園高等部。
そこに自分はオメガであると公言する一年生が入学してきたことで、平和だった学園が騒乱の渦に包まれていく、――という話です。
オメガバース設定の全寮制学園物になります。会長受け。
本文中でもオメガバースの説明はしているつもりではいますが、オメガバース作品が初読の方にはもしかすると分かりづらいかもしれません。
また複数CPに近い表現がありますので、こちらも苦手な方はご注意ください。
後半から強姦含む暴力表現が出てまいりますので、こちらも苦手な方はご注意ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる