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案件5.硝子の右手

06:探偵と呪殺屋と依頼人

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「なぁ、やっぱり普通の服のほうがいいんじゃないか、おまえ」

 事務所の壁時計が五時に近づくにつれ、いろんなことが気になり始めてしまった。
 部屋の中を無闇にうろついていた行平だったが、とうとう立ち止まってソファを見下ろす。やたらと若い法衣姿の有髪僧。気になるの最たるものである。
 ソファでふんぞり返っている呪殺屋は、いつもどおりと言えばいつもどおりであるのだが、果たしてこれで「いい」のだろうか。
 雇用主として責任を持とうとすればするほど、不安しかない。腕を組んだ行平を見上げた呪殺屋が、小馬鹿にした笑みを浮かべた。

「その滝川さんのそわそわ感、まるで初めてのデートだな」
「妙な例えをするな、妙な例えを! 俺はおまえのその格好だと、友原さんのお宅にお伺いするときに悪目立ちするんじゃないかと」
「でも、肝心の子どもには、この格好のほうがらしくて都合が良いんじゃない?」

 ちょいと法衣の襟元を摘んでみせた呪殺屋に、行平は黙考した。
 どうせ、よくわからない怪しげな男ふたりなのだ。それならば、最初から心霊現象の専門家と思わせたほうが得策かもしれない。
 幸い顔だけは良いことだし、女の子であれば懐いてくれる可能性も、と考えたところで、無言で頭を振る。子どものほうが本能で怪しさを感知する気がしたからだ。

「……まぁ。まぁ、いいだろう。いや、やっぱり、あちらで部屋を借りて着替えたほうがいいか?」
「より似非臭さが増すだけだと思うけどな」

 たしかにそうかもしれない。黙った行平に、呪殺屋が溜息を吐いた。

「それに、そんなこと、あの女は気にもしないでしょ。滝川さんが気を回すだけ無駄だって、無駄」
「なに、依頼人をあの女呼ばわりしてるんだ、おまえは。『時原さん』だ。『さん』」
「隠れ巨乳」

 真顔で返されて、行平は自身の髪をぐしゃりとかき混ぜた。口が曲がる。
 
 ……なんか、こいつ、妙に機嫌悪くないか?

 表現を選ばなくていいのなら、思春期の弟の相手をしている兄の心境に近い。
 振り回されるのも癪であるが、どうにも、この一ヶ月。呪殺屋の精神年齢が後退している気がしてならないのだ。幼児返り。ぞっとしない単語である。
 しかたない、と行平はかりそめの兄貴の仮面をつけた。

「だーかーら、確証もないことを真顔で言うな。失礼だろうが」
「じゃあ、確証があったら言ってもいいの? 滝川さんは小さいほうが好きなの?」
「そりゃ、大きいに越したことはないが。……いや、待てよ。形と感度も大事だよな。あと乳首」
「あぁ、あんた、ピンク色じゃなきゃ嫌だとか言い出しそうだよね」
「いや、そういうわけでも」

 まぁ、かわいい色をしていることに越したことはないと思うが。ひねくれた反応に、行平の声音が尻すぼみになる。
 兄貴ぶってみたところで、所詮、人並みかそれ以下の経験値しか持ちえていないのだ。しかも、過去に付き合った彼女たちのいずれとも、半年も持たずして振られている。
 この男に正直に告げるつもりは、ないけれど。持て余していると、ぎぎっと鈍い音を立てて事務所の扉が開いた。

「すみません。巨乳では、ない、です」

 なんとも言えない細い声に、行平は盛大に表情をひきつらせた。振り返る勇気がない。
 固まった行平と正反対に、呪殺屋はしてやったりとばかりの優雅な笑みを浮かべている。

 ――こいつ……!

 確信犯と悟って、行平はぐっと拳をつくった。幼児返りをしていたわけでも、行平にじゃれていたわけでもない。  
 なにかがは知らないが、確実になにかがこの男の癪に障っていたのだ。つまるところ、憂さ晴らし。せめて、これで機嫌を直してくれることを期待するほかない。
 溜息を呑み込んで、平身低頭謝るべく、行平は入り口を振り返った。
 
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