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番外編.いつかの夜の終わりと始まり

03:始まりの日

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「あいつの言う『ゲーム』はろくなもんじゃないぞ、気をつけろ」
「相沢さん」

 いかにも楽しそうに喉を鳴らしてる相沢の横顔から視線を外して、その、と行平は呟いた。なにからどう尋ねればいいのか判断がつかなかったのだ。
 件の青年の姿はもうどこにも見えない。

「ん? なんだ。気持ち悪いな。言いたいことがあるならはっきりと言え」
「いや、……その、呪殺屋って」
「そう、呪殺屋だ。本物だぞ。ちなみに常駐しているもうひとりは占い師だな。こっちも寸分たがわず化け物だ」
「……化け物って、そういう意味ですか」

 その、ちょっと変わった職業の人間という。なんとも言えない顔のまま、行平は頭を掻いた。事前に教えてくれていたら引き受けなかったのに、と恨みがましく思いながら。

「相沢さん」
「なんだ?」
「知ってると思いますけど、俺、そういうの苦手なんですよ」

 大嫌いだと言わなかったのが、最低限の礼儀のつもりだ。

「おまえが?」

 そんな変な右手を持っているのに、と言わんばかりの揶揄に、行平は眉間に皺を寄せた。

「だから、です」

 そうだ。だから嫌なのだ。多少、変なものが見えたとして、自分ではなにひとつコントロールできない、……理解のしれない「なにか」でしかないのだから。
 そんなものに縋る人間の気が知れない。警察をやめた理由のひとつも、それだったからなおさらだ。頑なな行平の肩を、相沢は年長者の顔でぽんと叩いた。

「門出だなんだって自分で言うなら、まずはその辛気臭い面をどうにかしたほうがいいな」
「は?」
「たしかにここは化け物の巣窟だ。あの呪殺屋の言うとおり、地獄かもしれない。――が、人によっては天国かもしれない」
「……あの、相沢さん?」
「住む場所の価値を決めるのは住む人間だということだ」

 いかにももっともらしそうなことを言っているが、面白がっていることが一目瞭然の目をしている。胡乱な顔になった行平の肩をもう一度相沢が叩く。

「まぁ、がんばれ、管理人」
「だ、だから」

 言っても無駄だろうなということを半ばわかっていながらも、行平は主張した。しっかりと主張しておかねば、本当に自分の未来が「化け物だらけのビルの管理人」になってしまいそうだったからである。
 予感というものは恐ろしく、また言霊というものは恐ろしいものだ。不可思議を信じないと明言しているわりに、古風なところがある行平はそう信じてもいた。

「俺は、探偵事務所を開くんですってば!」

 相沢いわくの甘い見通しの人生設計かもしれないが。それでも、やらねばなにも始まらない。猛然と叫んだ行平に、辛気臭い面でも猪なところは変わらないな、とどこか楽しそうに相沢は判じたのだった。
 半年前の、元警官という肩書しかなかったころの行平の話である。

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