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案件4.愚者の園

03:『呪殺屋』

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 錫杖の音が、しゃりんしゃりんと闇の中に響いていた。
 たしかなリズムを刻む涼やかな音は、頭のすぐ近くで響いているようにも、離れたところで鳴っているようにも思えた。
 錫杖を鳴らしているのは、襟足にかかるほどの黒髪を組紐で無造作にまとめた若い男だった。端正な顔立ちを無表情で覆い隠したまま、男が錫杖を振る動作を止める。そうして、俯いたままの少女にゆっくりと声をかける。

「人を呪わば穴二つ。という言葉を知っているかな?」

 躊躇いがちに、けれど、しっかりと少女は頷いた。知っている。聞いたことはある。男は満足そうに目を細めて、錫杖を一度打ち鳴らした。

「そう、つまり、きみが憎い相手を呪ったとしようか。そうすれば、その相手にも鉄槌が下ることになるけれど、同時にきみにも鉄槌が振り翳される。そういうことだ」
「――でも! ……でも、」
「でも?」
「でも、私は許せない。あの男は私を――」

 そこから先を言葉にすることは耐えられないとばかりに、彼女はきゅっと目を閉じて拳を握りしめる。男にも敢えて不幸を聞き出す趣味はなかった。
 その代わり、ことさら優しい声音で問いかける。言葉尻は標準語だったが、抑揚には微かな関西訛りが残っていて、その響きが男の言葉をより柔らかに彩っていた。

「それで、きみはどうしたいの」

 しゃなり、しゃなり。少女の耳の奥で音が鳴り響く。あたしはどうしたいんだっけ。あたしは――。少女の瞳が次第にうつろになっていくさまを男はただ見ていた。

「あたしは、あたしがどうなったって、あの男が苦しんで地獄に落ちてくれたらそれでいいわ」

 男の唇が微かに釣り上がる。

「えぇ子やね。大丈夫、あとは全部、俺に任せたら、それでえぇよ」

 男が少女に握らせたのは、お札のような紙片だった。

「君が呪いたい男の名前をここに書いて、今日から七日間、きみの怨みを吐き出せばいい。きみの怨みが強ければ強いほど、呪符は強まる」
「それだけ? それだけで、あいつは消えるの?」
「きみにはわからないかもしれないけれど、人の思いほど、怖いものはないんやよ」

 大丈夫。それで、すべては終わるから。
 しゃなりしゃなりと錫杖が鳴る。迷いを打ち消すように、迷いを拡散させるように。
 思いは膿む。言葉は呪う。
 それはきっと、誰の中にも潜むものなのだけれど――。

 あのね、誰かを呪い殺したいって思っていたらね、あるページに辿り着くことができるらしいよ。
 え、なになに?
 知らないの? 『呪殺屋』っていうサイトがあるんだよ。

 いつからだろう、女子中高生のあいだで、この手の話題が蔓延するようになったのは。それは、こっくりさんや、口裂け女のような都市伝説のはずだった。
 親友だと思っていた友達に彼氏を獲られた。仲間外れにされた。あいつ暗いからムカつくんだよね。
 死んじゃえばいいのに。
 軽々しく言霊が飛び交う少女たちの世界で、いつしかその言葉が浸透していく。
 呪っちゃえばいいんだよ。そうすれば、すべては終わるんだから。
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