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案件4.愚者の園

01:おろかもののはなし

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 この世には、不可思議が蔓延している。気が付いている人間が、どれほどいるかは定かでないというだけで。
 そして、その不可思議を生業とする人間も、はるか昔から存在している。


「どうやったら、あの泥人形が創れるか、ですって?」

 想定していた通りの質問ではあるが、自分に聞いてくるかどうかは半々というところだった。自分に流れてきたことを喜べばいいのか嘆けばいいのか。見沢はにこりと微笑んだ。

「あたしより神ちゃんのほうが詳しいと思うけど? あなたがよく言ってるじゃない、『呪殺屋』って」
「もう煙に巻かれた」

 不貞腐れた応えに、あら、と見沢は首を傾げた。場所は見沢の部屋だ。学生の夏休みも終盤に差し掛かり、見沢の仕事も繁盛している。恋愛、受験、友情。若い顧客の悩みで溢れ返っている。
 折角の休日だというに、今度は住人のお悩み相談とは。なんと自分は働き者だろう。

「そんなの、いつものことじゃない」

 そこはあんたの指定席じゃないわよ、と言う代わりに、見沢はにこりと再び微笑んでやった。

「口にする前に、かわされた」
「それは珍しいって言いたいの?」
「というか。おまえが知ってるなら、おまえに聞いても一緒だろうが」
「拗ねないでよ、嫌ねぇ、ゆきちゃん」
 
 「呪殺屋」に対する行平の気配りに、見沢は眉を上げた。以前には見られなかった配慮である。家主の思う壺通りの展開も、ここまで行けばいっそ清々しいくらいだ。

「泥人形のことなのよね、ゆきちゃんが気になっているのは」
「あんなもの、おふくろが一人で創れねぇよな?」
「わからないわよぅ。最近じゃ、インターネットでいくらでも検索できちゃうんだから」

 情報が正確かどうかはさておけば、ではあるが。一般的なものであれば、いくらでもひっかかるだろう。

「あの人は機械に疎い」
「それだってわからないわよ。あなた、何年も実家に帰ってないでしょう」

 見沢の苦言に、行平の眉間に皺が寄る。親不孝の自覚はあるらしい。

「それにしても、だ。おまえらも言っていただろ。あの陵のときも。素人が創るには無理があるって」

 苦言を押しのけるようにして行平が例に挙げたのは「黒い人型」だった。まぁ、たしかにあれはそうだったわねぇ、と見沢は内心で頷く。
 素人が創れるものではなかった。あれは天野の秘術の一種だ。
 呪術を生業とする西の一族。その歴史の始まりは、平安の時に遡るらしいが、さすがにそのすべては見沢も知らない。あの子どもは知っているだろうが。

「気になるのなら、あなたのお母様に聞いてみるのもひとつの手だと思うわよ」

 切り口を変えて、見沢は笑みを深くした。

「あなたのお母様は、お医者様に貰ったと言っていたわよ。神ちゃんに似ているとも言っていたわね」
「医者」

 後半を無視して行平が呟いた。

「本人に聞くのが手っ取り早いわよ。なんでもね」

 悩み始めた行平に忠告代わりに言い聞かせ、机の隅に鎮座しているタロットカードに戯れに手を伸ばす。
 種も仕掛けもない。ただのカードだ。引き抜いた一枚のカードを、ふいと宙に浮かせる。
 運命の輪。いかにも過ぎてつまらない。鼻で息を吐いて、見沢はカードを束に戻した。
 正位置に転がるか、逆位置に向くか。
 すべては選択で変わっていく。それを誘導することは、無意味だ。少なくとも見沢はそう思っている。
 相沢は違うだろうけれど。
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