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案件3.天狗の遠吠え

04:探偵と詐欺師

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「あら、思ったよりは早かったわね、ゆきちゃん」

 夏休みの真っただ中だというに、「みんちゃんの占い屋」には休店の札がかかっていた。今朝がた自分が問答無用で犬を預けたせいと思うと、ほんの少し申し訳ない気が湧いた。

「悪かったな、犬」
「いいわよぅ、あたしとゆきちゃんの仲じゃない。……まぁ、できれば次は神ちゃんに預けてほしいけど」

 頬に手を当てた恒例のポーズを取った見沢が、部屋の片隅で寝ている犬を見遣る。

「呪殺屋がいたら、な」
「そうなのよね。あの子、今はいないもの。あたし、動物ってどうも苦手で」

 行平の気配にむくりと犬が起き上がった瞬間、見沢の眉がぴくりと上がった。本当に苦手らしい。

「悪い」

 脚に縋ってきた犬を抱き上げて頭を撫でると、犬の短い舌がぺろぺろと行平の指先を舐める。

「いないのか? あいつ」
「あら、知ってたんじゃないの?」
「いや、……ただ、おまえの居場所のほうが明確だから、今日は頼んだってだけで」
「ふぅん。まぁ、いいのよ、あたしは。ところで、その急ぎの用事は終わったの?」

 見沢の探る瞳から逃れるように、行平は犬の肉球を触った。犬が嫌そうに鼻を鳴らす。

「あぁ、助かった」
「そうなの。もう、解決したの?」
「あぁ」

 行平はもう一度、短く頷いた。

「だから、わざわざあいつに言わなくていいぞ。今度があればあいつに預けるから」
「ふぅん」

 目を細めた見沢が嫣然と笑む。どこか呪殺屋と似た雰囲気のそれに、行平は溜息を吐きたくなった。だから嫌なんだ、ここの住人どもは。

「べつにあたしはいいのよ。ただ、ゆきちゃん。やっぱり、あなた、ろくでもないもの連れてるわよ」
「そうかよ」
「そうかよって、ご挨拶ねぇ。なんなら占ってあげましょうか? これでも心配してあげてるのよ、あたし。神ちゃんがいないあいだの面倒は看てあげないと。あとで祟られたらたまらないもの」
「その手の勧誘は、あいつだけで十分だ」

 あら、と切れ長の瞳をわざとらしく見開いた見沢に、口早で言い切る。

「世話になった」
「はいはい。お礼はいいわよ。神ちゃんにつけておいたから」

 ひらひらとおざなりに振られた手を後目に、犬を抱いて占い屋を出る。強くなった西日が光取りの窓から入り込んできて、一瞬、目が眩んだ。
 呪殺屋がいなかったことに、心底ほっとした。
 妹が妹でないことは、行平自身が一番わかっている。ただ。ただ、と思うのだ。
 本当に、すべてが紛い物なのだろうか。たったの一パーセントでも、本物の妹の欠片が混ざり込んでいる可能性はないのだろうか。
 その疑いがある限り、行平の記憶の中の妹と同じ姿をしている限り、捨てられない。認められない。認めるわけにはいかない。
 だから、誰にも否定されたくない。それが逃避だと承知していても。
 心配そうに犬が行平を見上げていた。その頭をもう一度撫でて、行平はそっと呟いた。言い聞かせるように。

「大丈夫だからな、な。犬」

 自宅のドアを開けると、妹が満面の笑みで駆け寄ってきた。居た。妹が瞳をきらめかせて犬に触れる。昔から、妹は犬が好きだ。好き、だった。
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