16 / 25
悪役令嬢編
15.謀(前編)
しおりを挟む
「前世? げーむ? サイラス、おまえはいったいなにを言っている」
頭の中にずっとある、おぼろげな記憶。自分の中に、自分の知らない世界が散見する理由がわからず、幼いサイラスは戸惑っていた。
このまま放っておけば、頭がごちゃごちゃになってしまいそうで、だから、一番身近だった二番目の兄に相談することを決めたのだ。
一番上の兄は当時すでに王立学園に入学して家を離れており、父と母はこんなことを相談できる相手ではなかったからだ。厳しいけれど、ローガンは、いつも自分とハロルドを見守っていてくれた。
だから、聞く耳を持ってくれるのではないかと期待をした。だが、ローガンは怪訝な顔を隠さなかった。
不快に眉をひそめて息を吐き、いかにもしかたないという態度で声音を和らげる。幼い弟に言い聞かせるというよりは、言い包める調子だった。
「いいか、サイラス。頭がおかしいと思われたくなければ、その話は今後いっさい誰にもしないことだ」
「ですが」
「とくに殿下には」
「……ですが」
「殿下のおそばにいることが叶わなくなったら、おまえも困るだろう?」
頭がおかしいと判断をされたら、今の立場を奪われる。その恐怖で、サイラスは反論を呑み込んだ。
よくわからない記憶で頭がぐちゃぐちゃになることは嫌だった。けれど、ハロルドと一緒にいることができなくなることは、もっと、ずっと嫌だった。
小さく「はい」と頷いたサイラスの頭を、次兄の手のひらが撫でる。めったとない接触だったせいか、犬猫を撫でるような調子だった。
だが、そんなふうに思うことができるようになったのも、ハロルドのおかげなのだ。ハロルドが優しく自分に触れるからこそ、兄に無条件に愛されているわけではないと知ることができた。
自分に価値があるのは、兄が自分を構うのは、自分が第一王位継承者のハロルドの近くにいるからだ。だが、その価値を知る兄だからこそ、間違いはないとわかった。
兄の言うとおりにしよう。サイラスは自分に言い聞かせた。兄の言うことを守っていれば、ハロルドのそばにいることができるのであれば。それでいい。だから。
優しい彼が「なにか悩みごとでもあるのか」と気にかけてくれたときも、サイラスは事実を明かすことを選ばなかった。
「まぁ、素敵。ですが、本当によろしいのですか?」
弾んだメイジーの声に呼応するように、きらきらと光が瞬く。比喩ではなく、物理的な現象の話である。視界を過った眩しさに、サイラスは光源に視線を向けた。
学内にあるカフェテリアのオープンテラスの一角で、メイジーとジェラルドがテーブルを挟んでいる。珍しいことに、エズラの姿はない。これは、デートというやつなのだろうか。
――乙女ゲームには、さまざまなエンディングがあるんです。プレイする人間の選択によって、ヒロインのルートが分岐していくということなのですが。そう思うと、人生となにも変わりませんね。
そうサイラスに言ったのは、「失せもの探し」中だったメイジーだ。自分と異なり、詳細に前世を覚えているらしい彼女は、現世も楽しいが前世の話を共有できることも楽しいのだと笑い、サイラスが尋ねた事象に快活な答えを返した。
王道と称されるハッピーエンドは王子と結ばれるものだが、彼以外にも攻略対象者と呼ばれる男子生徒が複数おり、そちらと結ばれるルートもあるということ。そうして、そちらのルートには――。
「あら、サイラスさま」
唐突に振り向いたメイジーに笑顔で呼ばれてしまい、サイラスは控えめにほほえんだ。
メイジーには申し訳ないが、ジェラルドの機嫌を損ねると面倒なことになる。会釈ひとつで立ち去るつもりだったのだが、予想外にジェラルドが「ちょっといいかな」とサイラスを引き留めた。
頭の中にずっとある、おぼろげな記憶。自分の中に、自分の知らない世界が散見する理由がわからず、幼いサイラスは戸惑っていた。
このまま放っておけば、頭がごちゃごちゃになってしまいそうで、だから、一番身近だった二番目の兄に相談することを決めたのだ。
一番上の兄は当時すでに王立学園に入学して家を離れており、父と母はこんなことを相談できる相手ではなかったからだ。厳しいけれど、ローガンは、いつも自分とハロルドを見守っていてくれた。
だから、聞く耳を持ってくれるのではないかと期待をした。だが、ローガンは怪訝な顔を隠さなかった。
不快に眉をひそめて息を吐き、いかにもしかたないという態度で声音を和らげる。幼い弟に言い聞かせるというよりは、言い包める調子だった。
「いいか、サイラス。頭がおかしいと思われたくなければ、その話は今後いっさい誰にもしないことだ」
「ですが」
「とくに殿下には」
「……ですが」
「殿下のおそばにいることが叶わなくなったら、おまえも困るだろう?」
頭がおかしいと判断をされたら、今の立場を奪われる。その恐怖で、サイラスは反論を呑み込んだ。
よくわからない記憶で頭がぐちゃぐちゃになることは嫌だった。けれど、ハロルドと一緒にいることができなくなることは、もっと、ずっと嫌だった。
小さく「はい」と頷いたサイラスの頭を、次兄の手のひらが撫でる。めったとない接触だったせいか、犬猫を撫でるような調子だった。
だが、そんなふうに思うことができるようになったのも、ハロルドのおかげなのだ。ハロルドが優しく自分に触れるからこそ、兄に無条件に愛されているわけではないと知ることができた。
自分に価値があるのは、兄が自分を構うのは、自分が第一王位継承者のハロルドの近くにいるからだ。だが、その価値を知る兄だからこそ、間違いはないとわかった。
兄の言うとおりにしよう。サイラスは自分に言い聞かせた。兄の言うことを守っていれば、ハロルドのそばにいることができるのであれば。それでいい。だから。
優しい彼が「なにか悩みごとでもあるのか」と気にかけてくれたときも、サイラスは事実を明かすことを選ばなかった。
「まぁ、素敵。ですが、本当によろしいのですか?」
弾んだメイジーの声に呼応するように、きらきらと光が瞬く。比喩ではなく、物理的な現象の話である。視界を過った眩しさに、サイラスは光源に視線を向けた。
学内にあるカフェテリアのオープンテラスの一角で、メイジーとジェラルドがテーブルを挟んでいる。珍しいことに、エズラの姿はない。これは、デートというやつなのだろうか。
――乙女ゲームには、さまざまなエンディングがあるんです。プレイする人間の選択によって、ヒロインのルートが分岐していくということなのですが。そう思うと、人生となにも変わりませんね。
そうサイラスに言ったのは、「失せもの探し」中だったメイジーだ。自分と異なり、詳細に前世を覚えているらしい彼女は、現世も楽しいが前世の話を共有できることも楽しいのだと笑い、サイラスが尋ねた事象に快活な答えを返した。
王道と称されるハッピーエンドは王子と結ばれるものだが、彼以外にも攻略対象者と呼ばれる男子生徒が複数おり、そちらと結ばれるルートもあるということ。そうして、そちらのルートには――。
「あら、サイラスさま」
唐突に振り向いたメイジーに笑顔で呼ばれてしまい、サイラスは控えめにほほえんだ。
メイジーには申し訳ないが、ジェラルドの機嫌を損ねると面倒なことになる。会釈ひとつで立ち去るつもりだったのだが、予想外にジェラルドが「ちょっといいかな」とサイラスを引き留めた。
53
お気に入りに追加
55
あなたにおすすめの小説
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい
翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。
それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん?
「え、俺何か、犬になってない?」
豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。
※どんどん年齢は上がっていきます。
※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる
よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です!
小説家になろうでも10位獲得しました!
そして、カクヨムでもランクイン中です!
●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●
スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。
いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。
欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・
●●●●●●●●●●●●●●●
小説家になろうで執筆中の作品です。
アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。
現在見直し作業中です。
変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。
目が覚めたら囲まれてました
るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。
燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。
そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。
チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。
不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で!
独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる