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光の聖女編

13.エピローグ(後編)

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 先月はパーティーを台無しにして申し訳なかった。代わりとは言えないが、せめて今夜は楽しんでほしい。
 そんなメイジーの謝罪とジェラルドの挨拶で始まったパーティーは、在学生二百余名の大半が集まる華やかなものとなった。第二王子であるジェラルドが協力をした結果に違いない。
 一ヶ月前と違い、和やかに進んだパーティーの終盤、メイジーは講堂の外に「よければ」とみなを誘った。
 精霊たちの光の海です、という彼女の明るい声に呼応するかたちで、いくつもの淡い光が集まって輝き出す。説明どおりの光の渦に、女生徒を中心にわっと歓声が湧いた。
 集団から外れた位置で精霊の生み出す幻想的な光景を見つめていたサイラスは、懐かしさに知らず目を細めた。
 規模こそ違うが、かつて見た殿下の光の庭とよく似ている。同じ空間にいるだけで心がほっとするあたたかさ。視界の端に収めていたハロルドたちに意識を向ける。
 ハロルドに話しかけるオリヴィアの表情は、遠目にも楽しそうだった。おそらくだが、精霊の気配を捉えることができたことがうれしかったのだろう。

 ――どうして私だけ精霊が視えないの。

 お父さまも、お母さまも、ハロルドさまも、サイラスさまも、みんな視ることができるのに。どうして私だけ。だから、お母さまはお父さまに怒られるの。
 そう言って泣いた幼いオリヴィアを、サイラスは覚えている。ハロルドが、優しく彼女を慰めていたことも。

「やぁ、サイラス」
「ジェラルドさま」

 近づいてきたジェラルドを、サイラスは控えめに出迎えた。今夜のほとんどをともに過ごしたメイジーではなく、彼のうしろにはエズラが佇んでいる。
 目の前で立ち止まったジェラルドは、にこりと瞳を笑ませた。

「そういえば、まだお礼を言っていなかったと思ってね。コンラットのことだ」
「とんでもございません」
「そうだね。きみの家の顔を立て、エイベル子爵家の処分について口を挟まなかった。そのことについては感謝をしてほしいくらいだ」
「お伝えが遅くなり、申し訳ありません。過分なお心遣いをありがとうございました」

 従順に頭を垂れたはずが、わずかに鼻白む気配がした。だが、目線を上げたときには、人当たりの良い笑顔が浮かんでいた。この数年で彼が纏うようになったもの。
 もっとも、続いた言葉は人当たりの良いものではなかったが。間々あることと言えば間々あることだ。

「本当に、きみはまさしく『悪魔の血』だね。随分とコンラットを誑し込んだそうじゃないか。それもローガンの指示なのかな」
「とんでもございません。騎士団への引き渡しの際に学内で過大な騒動を起こさないよう努めたというだけで」
「なに。責めているわけじゃない。きみたち『悪魔の血』が役に立っていることも事実だからね」

 ジェラルドとしたり顔で頷くエズラに向かい、サイラスはただ静かにほほえんだ。王家の役に立つというのであれば、もったいない話である。
 そのサイラスを一瞥し、ジェラルドは興味を失ったふうに視線を動かした。講堂の前庭をふわりと歩くメイジーを見とめ、彼女に朗らかな声をかける。

「メイジー嬢」
「あら、ジェラルドさま。エズラさまも」

 春の花のようにほほえんだメイジーのもとに、ジェラルドは歩み寄った。彼に付き従うエズラも当然と続いていく。
 立ち止まったメイジーの周囲には、ごく自然と人だかりができようとしていた。淡い小さな光が浮かぶ不思議な空間だからこそ、メイジーの輝きはいっそうと強く光っている。
 どのような場所にあっても光り輝く稀有な存在。数十年ぶりに顕在した光の聖女。多少のマイナスなどものともしない、吸引力。まるで誘蛾灯だ。

 ――いや、だが、それだけではないだろうな。

 光の聖女という一面のみを求められていたのであれば、利己的な人間しか残らなかったことだろう。そうでないということは、彼女の内側からあふれるはつらつとした光に魅了をされたということだ。
 素直に動く表情も、妙な裏を探る必要のない朗らかな会話も、居心地が良く落ち着いて、だからこそひどく据わりが悪い。
 多くの人に囲まれ、メイジーは幸せそうにほほえんでいる。彼女の一番近くにハロルドがいないことは遺憾だが、光の聖女としての信頼が戻ることは喜ばしいことだ。これからも、きっと、もっと、彼女の周囲は笑顔であふれていくに違いない。殿下の影になることしかできない自分とは、なにもかもが違う。
 自分の思考に、一拍を置いてサイラスは我に返った。まったく違うことなど当然であるはずなのに、なぜ、最近の自分は比べるようなことばかり考えているのだろう。
 不思議に思っていると、こちらに向かうハロルドが見えた。自然と姿勢を正したサイラスのそばに来ると、彼はおもむろに口を開いた。

「ジェラルドとなにを話していた」
「先だっての、エイベル子爵家のことを。ジェラルドさまを狙ったものではありませんでしたが、ジェラルドさまもおられる場でのことでしたので」
「そうか」

 静かに頷いたハロルドの視線が、メイジーたちのほうに動く。淡い光に囲まれ、楽しそうに彼女たちは笑っている。あの中にこの人がいなくていいのだろうか。そっと横顔を見上げたサイラスに、視線を合わさないままハロルドが言った。

「ご苦労だった」
「精霊のことであれば彼女に。今日のパーティーも彼女が考案をしたことです」
「そうではない」

 あっさりとハロルドが否定する。

「先ほどの話のほうだ」

 エイベル子爵家の。今しがた、ジェラルドがコンラットを誑し込んだと見下す顔で笑った事象。

「ありがとう、ございます」

 胸にこみ上げかけたなにかを堪え、サイラスは応じた。表情を隠すように、目礼のていで目を伏せる。
 彼が経緯を知らないはずはない。エイベル子爵家とノット家の関係も、ノット家のやり口も。その上で、自分の行動を労わってくれている。その心がもったいなく、だが、たまらなくうれしかった。
 感謝を求めているわけではなくとも、それでも。静かに息を吐き、目線を上げる。彼と目が合うことはなかったが、それでよかった。
 傲慢で、高潔。けれど、次期国王としての圧倒的なカリスマ性を秘めた唯一。そうなるべく、人知れず不断の努力を重ねる人。
 そんな人を誰よりも近くで見ていて、力になりたいと思わないほうがおかしい。好きにならないほうがおかしい。サイラス・ノットは仕えるべく主君であるハロルド・ブライアント王子殿下のことが好きだった。友愛ではなく、恋情として。だから、改めて一線を引いたのだ。光の聖女が現れたときに、自分がかつて語った未来が現実になると知ったから。
 ハロルドは、かつて自分が語った「未来」を覚えているのだろうか。子どもの戯れと思って忘れているかもしれない。だが、そうであったとしてもかまわなかった。自分が彼のために叶えればいいだけなのだから。
 彼のためであれば、なんでもすることができる。自分に笑ってもらえずともかまわない。彼が幸福であってくれたらそれでいいのだ。
 光の聖女が生み出した光の海の中で、そう思い切る。
 彼のことが、誰よりも、なによりも好きだった。
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