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光の聖女編

11.エピローグ(前編)

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 小さきものがしるべのように、ふわりふわりと目線の高さに浮かんでいる。
 続く先は裏庭だ。無視をすべきか、従うべきか。わずかな逡巡の末、サイラスは足を踏み出した。
 当面は光の聖女と過度な接触するつもりはなかったが、必要以上にマイナスの感情を抱かせる真似は避けたかったのだ。
 放課後の人の少ない道を行き、裏庭に向かう。予想どおり、メイジーはひとり佇んでいた。どうも、精霊と語らっているらしい。
 光の聖女らしい姿を見つめていると、小さきものが伝えたのか、メイジーがぱっと振り向いた。その勢いのまま、メイジーが頭を下げる。
 細い金色の髪が青い空に舞い、サイラスは目を丸くした。

「先日は申し訳ありませんでした」
「いえ」

 動作同様の大きな声の謝罪に、苦笑ひとつで頭を振る。
 最近は落ち着いたように見えていたが、やはり、令嬢らしさが欠けている。そう指摘をする代わりに、サイラスは当たり障りのない言葉を選んだ。

「コンラットさまのことを、それほど心配なさっていたということでしょう。ご自分が被害に遭いかねなかったというのに。メイジーさまはご友人思いですね」

 顔を上げたメイジーが、困ったように眉を下げる。だが、彼女はすぐに控えめな笑みを浮かべ直した。

「ジェラルドさまが教えてくださったんです。私のしつこさに辟易となさったのかもしれませんが。結果論とは言え、誰にも怪我はなかったこと、私に処罰感情がないことを考慮して、公的な処分は下さないことになったと」
「そうですか」
「大きな声でする話ではなかったとは言え、隠すかたちになって申し訳ないとも仰ってくださって。正直、とてもほっとしました」

 それは、また、随分と光の聖女に都合の良い説明をしたものだ。息子の不始末の責任は、当主が取っているだろうに、そちらはいっさい関さずか。
 呆れたものの、当たり障りのないことを言っているのは自分も同じである。よかったですね、とサイラスもそっとほほえんだ。

「あなたがそう言っていると知れば、コンラットさまも安心なさることでしょう」
「そうだといいのですが。あの、サイラスさま。実はもうひとつお話があって。……あの、いまさらではありますが、このようなかたちでお呼びして申し訳ありません。教室に行くと目立ったのではないかとあとから気になりまして」
「かまいません」

 できることなら、あの日来る前に気がついてほしかった、とも思ったものの、彼女に言うことではない。サイラスは穏やかに続きを促した。

「それで、もうひとつの話とは。精霊のことでしょうか」
「そうなんです。実は、最近ようやくいたずらも落ち着きまして。そのタイミングで改めてみんなとお話をしたんです」
「みんなとお話ですか」
「ええ。時間はかかりましたけれど、私のことを心配してくれることはうれしいけれど、いたずらをすることは違うと説明しました。反省をしてくれたようで、なにか喜ぶことをしたいと言うものですから。みなさまを光の海にご招待しようと思いついたのです」

 光の海を説明するように、メイジーが指先を宙で遊ばせる。その軌跡を淡い光がいくつも追いかけていくさまに、サイラスはなるほどと納得した。
 彼女を慕って集う精霊が多ければ多いほど、淡い光の集合体は海のように見えることだろう。

「そうすれば、精霊に好意を持っていただけるかもしれませんし。ジェラルドさまに相談をしましたら、それはいいと仰ってくださって」

 場所や時期を一緒に考えたのだと明かしたメイジーは、指先に止まった光を空に返した。視線をサイラスに戻し、にこりとほほえむ。

「仕切り直しというわけではないのですが、入学一ヶ月のパーティーを私が台無しにしてしまったので。二ヶ月を祝うパーティーを開いていただくことになりました」
「そうですか。良いパーティーになるといいですね」
「ありがとうございます。それで、あのオリヴィアさまは同じクラスなので直接謝罪とお誘いをしたのですが、殿下は、その」

 言いにくそうに目を伏せ、メイジーはワンピースのポケットからきれいな封筒を取り出した。両手に持ち、おずおずとサイラスに差し出す。

「よろしければお手紙を渡していただけないでしょうか」

 鈴のような声は、緊張で震えていた。安心させる目的で目元をゆるめ、サイラスは手紙を受け取った。ポケットに大事にしまい込み、改めてメイジーに笑顔を向ける。

「もちろん。お預かりします。ただ、殿下もお忙しい方ですから。もしお断りになることがあったとしても、どうぞお気を落とさず」
「本当に、いつもありがとうございます。サイラスさまもぜひ。来ていただけるとうれしいです」

 ほっとした顔ではにかみ、メイジーは言い足した。

「光の海は精霊との関わりが薄い方でも視ることはできると思うのですが、関わりが強い方のほうが、きっと、さらに美しく視えますから」
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