上 下
67 / 72
第三章:真夏の恐怖怪談

おばけよりも怖いもの⑥

しおりを挟む


 ちなみに、当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、相馬さんになにかしら劇的な変化があったという話は聞いていない。

 ただひとつ変化があるとしたら、税務課の謎の紛失物騒動が鳴りを潜めたことだろうか。おまけに、いつのまにか机のなかに失くしたはずのものが入っていたという話もある。
 少し前に相馬さんと本館ですれ違ったとき、相馬さんは腕まくりをしていた。直接謝ったわけではないのだろうが、「改心」とやらが少しは進んだらしい。
 なんとも言えない顔で睨まれてしまったが、以前のような恐ろしい棘は抜け落ちていたようにも思えた。
 まぁ、怖いは怖いに違いはないんだけど。

 先輩はというと、クソがそう簡単にクソじゃなくなってたまるかと言って憚らなかったが、それも先輩らしいといえば先輩らしい。

「でも、まぁ、そんなもんですよねぇ」

 化け狸のおばあちゃんの家からの帰り道。ぼそりと呟いたあたしに、運転席から先輩が怪訝な視線を向ける。声に出ていたことに気づいて、慌てて言い繕う。

「相馬さんのことです、相馬さんのこと」
「相馬? おまえまだあいつのこと気にしてたのか」

 お人よしだなと呆れたように言われて眉を下げる。先輩に言われたくないなぁとも思いながら。

「とりあえずよかったなと思って」
「よかっただ?」
「だって、さすがにお気の毒じゃないですか」

 原因はご本人にあっただろうけど、自分の身体に説明できない異常が発現したのから不安だったはずだ。

 ――まぁ、そもそも、あんな嫌がらせをするなっていう話だし、嫌がらせをした理由がみみっちすぎるとも思ったけど。

 繊細で不器用な人なのかもしれない。そう考えることであたしは割り切った。
 あたしは、コミュニケーションは処世術だし、自分を守る術だと思っている。おばあちゃんに教えてもらったことだ。情けは人の為ならずというやつでもあるかもしれない。
 ちょっとの気遣いでお互いが幸せに暮らせるのなら、それが一番だとも思うし。

「それに、きっと、ちょっとはいい方向に変わるだろうと思いますし」
「あいかわらず幸せな脳みそだな」
「また先輩、人間はくだらないとかクソみたいだとか思ってるでしょう」

 七海さんに怒られますよと言えば、むっと口が曲がる。あれだけ横柄な態度を取ってみせるくせに、七海さんには勝てないらしい。
 年の離れた従兄弟ってそういうものなのだろうか。残念ながらあたしはおばあちゃん以外の血縁にはあまり会ったことがないのでよくわからない。
 だから少しだけ羨ましいなと思う。

「実際クソだらけじゃねぇか。そのなかでもあいつはクソのなかのクソ、クソオブクソだけどな」

 心の底からそう思っているのがわかって、笑うに笑えない。クソだらけかぁと先輩の言葉を内心で繰り返して、あたしは「ん?」と首を捻った。

「あの、先輩」
「あ?」
「せ、先輩のなかで、もしかしてあたしもクソだったりします?」
「べつに」

 ちらりとあたしのほうを見て、すぐに前に向き直る。いつもと変わらない、不機嫌そうな静かな横顔。

「馬鹿な後輩」
「それ、褒められてるってことでいいんでしょうか」

 どちらかと言えば悪口のようにも思えるのだけれど。ドキドキしながら尋ねると、しばらくの間のあとで先輩が「好きにしろよ」とぼやいた。
 前方に夕日に照らされた夢守市役所が見えてきた。本館に比べて大きさも人の流れも静かな別館。そこの二階の一番奥。
 夢守市役所の墓場とまで言われている、あやかしよろず相談課。
 人とあやかしを繋ぐ最後の砦。
 そこが今のあたしの、――あたしたちの帰るべき場所なのだ。
 運転席を見つめたまま、そうですねとあたしは笑った。

「好きにします」
「本当に図太くなったよな、おまえ」
「えぇ、おかげさまで」

 一緒に働く仲間に鍛えられているんですと続けた言葉に返事はない。けれど、むすりと黙り込んだ横顔は、今のあたしの目には照れたように映ってしまう。配属当初のあたしからは考えられないことだ。

「だから、これからもよろしくお願いしますね、先輩」

 にこりと駄目押しでほほえむと、呆れたような溜息が返ってきた。そして聞き慣れてしまった声が言う。ぶっきらぼうだけど、どこか優しい声が。

「後輩だからな、面倒だけどしかたねぇ。ビシビシしごいてやるから覚悟しろ」

 その言葉に、あたしは「はい!」と元気いっぱい頷いた。
 あやかしよろず相談課で、あたしはこれからも精いっぱい働いていく。
 この人たちと、この町とあやかしのために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私たちは寝る子である(時期は正月)

転生新語
キャラ文芸
 私たちはマンガ家コンビである。正月に私は、相方の帰省先へ同行していた…… 「帰る」というお題で書いています。自作の「六月の読切(よみきり)」、「九月のネーム」に出てきた二人の話ですが、単体で読めます。  カクヨム、小説家になろうに投稿しています。  カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16818093091744747945  小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n8413jy/

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢

岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか? 「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」 「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」 マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

その男、凶暴により

キャラ文芸
映像化100%不可能。 『龍』と呼ばれる男が巻き起こすバイオレンスアクション

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

百合系サキュバスにモテてしまっていると言う話

釧路太郎
キャラ文芸
名門零楼館高校はもともと女子高であったのだが、様々な要因で共学になって数年が経つ。 文武両道を掲げる零楼館高校はスポーツ分野だけではなく進学実績も全国レベルで見ても上位に食い込んでいるのであった。 そんな零楼館高校の歴史において今まで誰一人として選ばれたことのない“特別指名推薦”に選ばれたのが工藤珠希なのである。 工藤珠希は身長こそ平均を超えていたが、運動や学力はいたって平均クラスであり性格の良さはあるものの特筆すべき才能も無いように見られていた。 むしろ、彼女の幼馴染である工藤太郎は様々な部活の助っ人として活躍し、中学生でありながら様々な競技のプロ団体からスカウトが来るほどであった。更に、学力面においても優秀であり国内のみならず海外への進学も不可能ではないと言われるほどであった。 “特別指名推薦”の話が学校に来た時は誰もが相手を間違えているのではないかと疑ったほどであったが、零楼館高校関係者は工藤珠希で間違いないという。 工藤珠希と工藤太郎は血縁関係はなく、複雑な家庭環境であった工藤太郎が幼いころに両親を亡くしたこともあって彼は工藤家の養子として迎えられていた。 兄妹同然に育った二人ではあったが、お互いが相手の事を守ろうとする良き関係であり、恋人ではないがそれ以上に信頼しあっている。二人の関係性は苗字が同じという事もあって夫婦と揶揄されることも多々あったのだ。 工藤太郎は県外にあるスポーツ名門校からの推薦も来ていてほぼ内定していたのだが、工藤珠希が零楼館高校に入学することを決めたことを受けて彼も零楼館高校を受験することとなった。 スポーツ分野でも名をはせている零楼館高校に工藤太郎が入学すること自体は何の違和感もないのだが、本来入学する予定であった高校関係者は落胆の声をあげていたのだ。だが、彼の出自も相まって彼の意志を否定する者は誰もいなかったのである。 二人が入学する零楼館高校には外に出ていない秘密があるのだ。 零楼館高校に通う生徒のみならず、教員職員運営者の多くがサキュバスでありそのサキュバスも一般的に知られているサキュバスと違い女性を対象とした変異種なのである。 かつては“秘密の花園”と呼ばれた零楼館女子高等学校もそういった意味を持っていたのだった。 ちなみに、工藤珠希は工藤太郎の事を好きなのだが、それは誰にも言えない秘密なのである。 この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルアッププラス」「ノベルバ」「ノベルピア」にも掲載しております。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...