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第三章:真夏の恐怖怪談

「旧館のもじゃおさん」①

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 昼休みに突入するやいなや、かき込むようにお弁当を食べ終えたあたしは、税務課の窓口にやってきていた。
 ちなみに、相馬さんがいないことは確認済みだ。遠目からしらみつぶしに観察したので間違いない。
 さすがのあたしも、あんな騒ぎの翌日にお会いしたくはないのだ。怒鳴られるか嫌味を言われるかの二択だろうし。

 きょろきょろとしていると、同期のほのかさんと目が合った。

「あ、はなちゃん」

 昨日ぶり、と笑いながらほのかさんが近づいてくる。あ、見られてたんだ。悟ったあたしはへらりと笑った。
 これもちなみになのだが、ほのかさんは大卒採用なので、同期ではあるけれど年齢的には四つ上である。

「どうも昨日はお騒がせしました」
「ぜんぜん。おもしろいもの見せてもらったから」

 やっぱり見世物になっていたらしい。そちらも悟って苦笑いになる。

「いえ、その。本当に就業中に申し訳ない」

 そこまで言ってから、はっと周囲を見渡す。税務課も国保と同じで昼休憩中も窓口は開かれているのだ。幸い、お盆期間中で来庁者は少ないけれど。二日続けて邪魔をするわけにはいかない。

「す、すみません。またお邪魔してしまって」

 いまさらながら尻込みしたあたしを、「いいから、いいから」とカウンターの内側からほのかさんが手招く。

「あたしは窓口当番じゃないからさ。入っといでよ」
「それじゃあ、ちょっとだけ」

 少し迷ったけれど、言葉に甘えることにした。夏季休暇を取っている人も多いのか、空席が多い。勧められるままほのかさんの隣に腰を下ろす。

「それで、どうしたの。もしかして、相馬さんのこと?」
「実はそうなんです。ちょっと気になっちゃって。中井さんも気になることをおっしゃってたから」
「中井さん? もしかして、あれかな。相馬さんがかまってちゃんみたいに自分で自分の持ち物隠してるっていうやつ」
「やっぱり……」

 そうなんだという台詞を、最後の理性で飲み込む。でも、やっぱり、そうだよなぁ。先輩はあんまり信じてないみたいだったけど。

「本当に意味のわからない人だよね。はなちゃんもかわいそうに。変なことに巻き込まれて」
「あはは」

 愛想笑いでやり過ごすと、ほのかさんが「そうだ」と唐突に手を叩いた。

「聞きたいことがあったの思い出した。ねぇ、ねぇ、はなちゃん」
「なんですか?」
「旧館のもじゃおさんって、もしかしてかっこいい?」
「え?」

 予想外の問いかけに、あたしは目を瞬かせる。

「いや、だって、昨日のもじゃおさん、ちょっとかっこよかったからさ」
「か、かっこいい!?」

 さらに予想外の形容詞が続いて、声が裏返る。あの素顔を見たとかじゃなくて、あの、もじゃもじゃがかっこいい。……いや、その、かっこわるいと思ったことはないけど。

「だって、ちゃんとはなちゃん庇ってあげてたし。それに相馬さんに口で勝てる人ってあんまりいないし」
「いや、あたしを庇ってというよりかは、よろ相にケチつけられたから腹立てただけだと……」

 よろ相のことをゴミ溜め扱いされた瞬間に介入してきたし、間違いがない。
 助かったのは事実だし、相馬さんを言い負かそうとする人はあまりいないだろうなぁとも思うけれど。

 ――適当に受け流したほうが絶対に楽だからなぁ。

 ああいうタイプは、自分が悪いとわかっていても引きはしない。だから、こちらが大人になるしかないのだ。
 その対処法を選ぶほうが徹底的にやり合うよりずっと楽だし、たぶんまともだ。
 逆に考えると、その「楽」を取らないで真正面からぶつかる先輩は真摯なのだろうなぁとは思う。
 そばで見ていると気が気ではないけれど。

「そうなの? 見てるこっちはスカッとしちゃったけど。実はあたしも一回ボールペンが失くなったことがあってさ。そんなに高いものじゃないけど、誕生日にあんちゃんにもらったやつだったからショックだったんだよね」
「え? それももしかして、相馬さんが?」
「うーん、はっきりとした証拠はないんだけどね」

 小さく息を吐いて、ほのかさんが声を潜める。

「ちょうどボールペンが失くなる前にさ、相馬さんがした案件で修正してほしいことがあって、頼みに行ったのね。そのとき、そんなものはおまえが適当に直しておけばいいだろうってネチネチやられちゃってさ」

 なんとなく想像が付いて、「あぁ」と薄笑いになる。日々一緒に仕事をする人は本当に大変そうだ。
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