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第三章:真夏の恐怖怪談

あたしと先輩と昔の話②

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「でも、先輩はあたしを助けてくれたじゃないですか」

 気が付けば、そんな言葉がぽろりと口からこぼれていた。だって、そうだ。あたしが高校一年生のとき、助けてくれたのは先輩だった。
 あたしのことなんて知らなかっただろうに、無償で助けてくれた。
 他人のことなんてわかるわけがない。でも、先輩がそういう人なのだと、知っている。
 たったの四ヶ月だけれど、先輩の仕事を見てきたから、わかるつもりだ。狸のおばあちゃんにも白狐様にも、仕事であるとはいえ――見返りがなくても、先輩は真摯だった。

「見返りなんてなにもなくても、助けてくれたじゃないですか」
「迷いようのねぇ高校の校舎で迷う馬鹿がいたからな」

 パソコンの画面を見つめたまま、先輩が言った。けれどその手はいっさい動いていない。基本的に真面目な先輩にしては珍しいことだった。やっぱり調子が悪いのだろうかと思っていると、先輩がぽつりと呟く。

「帰るついでに助けてやっただけだ」

 ――覚えていてくれたんだ。

 そんなこと知らないとは言わなかった先輩に、少しほっとした。
 先輩にこの話をしたのは、これがはじめてだった。
 異動直後の春の朝。あやかしよろず課の前で会ったときの態度から、昔のことは言われたくないのかもしれないと判断したからだ。

 ――静山さんも、似たようなこと言ってたしなぁ。言わない理由はあたしと一緒って。

 誰にだって聞かれたくない過去はあるだろう。そう思うことであたしは納得していた。

 ――でも、それにしても、なんであのとき迷ったんだろうな、あたし。

 いまさらながら妙に気になって、ひっそりと声を潜めて呼びかける。

「先輩」

 嫌そうに振り返った顔に、あたしは確信を深めた。

「あれって、もしかしなくても、あたしなにかに化かされてたんですか」
「なんでそう思う」
「いや、いまさらながら、さすがに迷うはずがないというか、出口が見つからないはずがないよなぁと思いまして」
「今まで気づかなかったのか」
「はぁ、まぁ」
「おまえ、今までもそうやって何度も遭遇してたのに気づいてなかったんだろうな」

 ものすごく呆れた顔で言われてしまって閉口する。どうせ、あたしは鈍感だ。

「まぁ、おまえは困らねぇだろうから、べつにいいけど」
「なんであたしは困らないんですか?」
「おまえには、それがあるだろ」
「それ?」
「その守り袋」

 先輩があたしの胸元を指差した。
 あれ、とあたしは内心で首を傾げる。あたし、このお守りのこと、先輩に言ったことあったっけ?
 それどころか、……見えないところに下げているから誰にも聞かれなかったということではあるけれど、夏梨ちゃんにも話したことなかったんだけどな。

 ――もしかして、白狐様かな。

 よいものを持っていると言ってくれた小さな神様の顔が浮かんで、得心する。
 あの神様は、先輩のこともよく知っているみたいだったから。

「それに呼ばれた」
「呼ばれた……」

 思わずあたしは繰り返した。無意識に指先がお守りに触れる。おばあちゃんが助けてくれたということだろうか。正解なのかはわからなかったけれど、そう考えるとなんだかうれしい。
 でも、それにしても。ひとつ残った疑問を、あたしは先輩に投げかける。

「ちなみに、あれってなんだったんですか?」

 先輩はなにをいまさらと溜息を吐いてから、ぼそりと教えてくれた。

「迷わし神」
「迷わし神、ですか」

 なんだかやっぱりよくわからないが、名前から察するに、人間を迷わせる神様なのだろうか。

「巡り神とも言うけどな」
「へぇ」

 さすが先輩。いろんなことを知ってるなぁと感心しているうちに、先輩がファイルに手を伸ばした。あ、仕事。
 思い出してあたしも続きに取り掛かる。とりあえず、もう一度先輩に「あやかしとうまく付き合ってもらう大作戦」の資料を見てもらわなければ。
 そして、あたしに足りないことがあるのなら、教えてもらわなければ。
 うーんとパソコンの画面を睨み出したあたしが、当初の相馬さんの件について明確な回答をもらえていなかったことに気づいたのは、定時を過ぎて先輩が帰ってしまってからだった。
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