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第三章:真夏の恐怖怪談

あたしと先輩と昔の話①

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「おや、おかえり」

 よろず相談課のドアを開けると、七海さんが穏やかな笑顔で出迎えてくれた。その声の優しさと見慣れた風景に、どっと気が抜ける。

「帰りました。すみません、お留守をお任せしてしまって」
「いや、それは構わないよ。お疲れ、真晴くんも」
「あぁ」
「どうかしたかい?」

 いつもどおりの先輩だと思っていたのだが、違ったのだろうか。慮るような七海さんの問いかけに、あたしは自席を引こうとしていた手を止めて、先輩と七海さんを見比べる。 
 その視線をうざったそうに手で払って、「なんでもねぇよ」と先輩が言う。

「そうかい。それならそれでいいんだけど」

 思春期の息子と母親のようなやりとりだなと思ったが、無論、口は挟まない。助けてもらった恩もあることだし。
 すまし顔で席に座ると、溜息交じりに隣の席を引いた先輩になんとも言えない視線を送られてしまった。

 ――あれ、もしかしてまた顔に出てたかな。

 取り繕うようにへらりとほほえんだら、無言を返されてしまった。
 それにしても、本当によくわからない人だと思う。
 まぁ、自分の感情さえしっかり言語化できないこともあるのだから、他人のことなんてわかるわけがないのだけれど。

「さてと」

 いつもの調子であたしたちを見守っていた七海さんがファイル片手に立ち上がる。

「じゃあ申し訳ないけど、僕は今日はあっちに籠らせてもらうね。大丈夫だとは思うけど、またなにかあったら声をかけてくれるかな」
「あ、はい! お疲れさまです」

 にこりと目礼して、七海さんが奥の部屋に消えていく。あたしより年上の男の人にこんなことを言うのもなんだと思うが、やはりなんというかエレガントな人だ。
 ふたりきりに戻った課内で、あたしは横目で先輩を窺った。

 ……そう言われると、ちょっと元気がないのかな?

 顎肘をついたまま真顔でパソコンを見つめているのはままある光景だが、問題はパソコンの画面が真っ暗なことだ。心ここにあらずというか、なんというか。
 それとも相馬さんのことを気にしているのだろうか。あれだけ嫌っていたようなのに、最終的には擁護しているとも取れないことを言っていたし。
 悩んだ挙句、あたしは、

「なんだったんでしょうねぇ、いったい」

 と世間話なのか相談なのかよくわからないことを口にした。

「気にするようなことじゃねぇよ」

 あたしのほうを見ようともしないまま、先輩は言った。そしてうんざりとパソコンの起動ボタンを押す。ゆっくりと画面が明るくなっていくのをなんとはなしに見つめたまま、あたしは言葉を継いだ。

「でも、その、なんというか」

 元気ないみたいですけど、という続きを遮って、先輩が言い切る。

「そもそも、俺がどうのうこうのと言う話でもねぇからな。あいつの決議書も返してやったんだ。これ以上なにもしようがねぇだろ」
「でも、……それにしては気にされてるみたいですけど」
「そりゃ、まぁ、うちに飛び火しかねなかったからな。多少は気にするだろ。でも、もうそれも解決したんだ。それでいいだろ」

 投げやりな回答は、先輩が先輩自身に言い聞かせているようにも聞こえてしまった。

「そもそも、こっちが手ぇ出しても、なんのメリットもねぇしな。むしろデメリットしかねぇ」
「それは……」

 先輩の言うことはわからなくもない。基本的に言い方はきつくても先輩はひどいことは言わないし、夏梨ちゃんも言っていたことだ。
 相馬さんには関わらないほうが吉。実際に会って話してみて、あたしもできることなら関わり合いになりたくない人だなとも思った。
 同じ課に配属されなくてよかったとも思った。
 でも。
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