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第三章:真夏の恐怖怪談

プロローグ③

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 職員証をかざしてパソコンを起動。ゆっくりと動き出すのを待ちながら、あたしは七海さんに当初の疑問を尋ねた。

「あの、七海さん。その税務課の相馬さんが、どうしてここに? あの、なかなか大きな音を立てて出て行かれましたけど、大丈夫でしたか?」
「あぁ、問題ないよ。ありがとう。書類について聞きたいことがあったらしいんだけど。ちょっとした思い違いがあってね」
「思い違い?」
「思い違いもなにも、相馬の野郎の思い込みが激しいってだけの話だろ」

 悪態に、あたしは三度愛想笑いを張り付けた。
 困った顔をしてみせたものの七海さんは否定しない。つまり、大きく間違ってはいないということなのか。

「なかなか頑固な子でね。仕事熱心と言えば聞こえはいいが、猪突猛進のところが無きにしも非ずで」
「はぁ」
「ところで、三崎くんって、僕がとある界隈でなんて呼ばれてるか知ってる?」
「え」

 いきなり変わった話題に、あたしは素で目を見開いてしまった。
 あたしに問いかける七海さんはあいかわらずの穏やかさで、顔だけ見ていれば優しそうなお姉さんに見えないこともない。なんというか、二次元みたいな人だ。
 でも、申し訳ないかな、あたしは七海さんの噂を聞いたことはなかった。知らないですと申告しようとしたのと同じタイミングで先輩が「知らないと思うぞ」と口を挟んだ。

「こいつ、俺のもじゃおさんもここに配属される直前まで知らなかった疎さだからな」
「も、っ……、なぜ、ご存知」
「知らないと思ってたのか、おまえ」

 怒ってるわけでもない声と顔が、先輩の発言を事実だと裏付けている。否定することもできず、あたしはえへらと笑った。先輩にはスルーされた。

「それはそれでいいことだと思うけどね。噂のなかに真実が隠されていることもあるけれど、偏見を招くから」
「はぁ」
「それで僕なんだけど、なぜか一部の人たちから『文書番』と呼ばれていてね」
「『文書番』ですか」

 はじめて聞いた上に、ちょっと意味がわからない。クエスチョンマークを盛大に飛ばし過ぎたのか、先輩が言い足してくれた。

「そいつ、一回見たことは忘れねぇんだよ」
「へ?」
「そういう脳の回路してんだとよ。理屈は忘れたけど」
「だからと言って、役所内の文書をぜんぶ覚えているわけがないんだけどねぇ」

 先輩の注釈をいっさい否定せず、七海さんが苦笑気味に首を傾げた。つまり、真実。
 あれだっけ。サヴァン症候群とか、超記憶力とか、そういう……。ちょっと前に見た漫画かなにかのキャラクターがそんな設定だったような。
 漫画と現実を一緒くたにしたら駄目かもしれないけれど、興味本位で根掘り葉掘り聞くようなものでもないだろう。

「つまり、相馬さんは、なにか文書のことで知りたいことがあったってことですか?」

 話を本筋に戻したあたしに、七海さんがおっとりとほほえむ。

「そう。そういうこと」
「どうせ書類でも失くしたんじゃねぇのか、あいつ」
「え」
「こんな朝っぱらからこそこそとうちに来たのが良い証拠だ。あの焦りようから察するに、てめぇの書類じゃなくて、過去の課内の書類でも失くしたな」
「え、それって。もし、そうなら、課長なりにすぐにでも申告すべき事案じゃ」

 予想外すぎる内容に、目が点になる。
 先輩の言っていることがもし真実だとするならば、七海さんに頼っている場合じゃないはずだ。
 物によっては口頭注意で済むかもしれないが、口頭注意じゃ済まない書類もあるはずで。
 まさかとは思うけれど、個人情報入りのものを外に持ち出した挙句に紛失したとかじゃないだろうな。そうだとしたら、謝罪会見レベルなのでは。
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