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第三章:真夏の恐怖怪談

プロローグ②

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「でも、そんな変なお客さんを七海さんひとりにお任せして大丈夫なんですか?」
「……俺がいたほうが揉める」

 苦り切った声に、内心であたしは納得した。なるほど、つまり七海さんに追い出されたのか。

「っていうか、じゃあ、あたし巻き込まれただけじゃないですか!」
「あぁ? なんだ、おまえ、そんなに早く仕事したかったのかよ」
「そういうわけじゃないですけど」

 そういうわけではないですけど、そのなんというか。まぁ、べつにいいんだけど。心のなかでごにょごにょと言っているうちに、バタンと激しくドアが閉まる音が聞こえて、あたしは踊り場から下を覗きこんだ。
 ここならあたしの顔を見られることはなく、あやかしよろず相談課から出て行く人を見ることができる。
 それにしても激しい音だったな。まぁ、先輩も人のこと言えない音を立ててたけど。そんなことを思い出しながら隣を窺えば、想像どおりの魔王顔。

 ――嫌いなのかな。

 結局はっきりと顔は見えなかったけれど、出て行ったのは職員のようだった。二十代後半から三十代前半くらいの男の人。

 ――こんな朝早い時間に、なんの用だったんだろう?

 ふんと鼻を鳴らした先輩が、無言で階段を下りていく。
 なんだかなぁと思いながらも、あたしもそのあとに続く。七海さんが積極的に誰かと喧嘩をするような人だとは思わないけれど、ギスギスとした空気を朝から味わいたくはない。
 そういう意味では避難させてもらえてありがたかったけれど、七海さんを人身御供にしたような罪悪感はある。

「ところで、先輩。さっきの方はどなただったんですか?」

 仏頂面のまま、あやかしよろず相談課のドアを開けた先輩に、背後から問いかける。
 気にするなというほうが無理だ。怒るかなと思ったけれど、先輩はむすりとした声ながらも教えてくれた。あたしのほうを見ようともしなかったが。

「いいか、あれは妖怪クレクレだ」
「妖怪、クレクレ」

 職員だと思いきや、妖怪だったのか。こんなに朝も早くから。
 予想外の答えにあたしは思わず真顔で繰り返してしまった。その反応に気を良くしたのか、妙に親切に先輩が解説を続ける。

「他者のことを考えず自分の要求ばかりを主張する妖怪だ。最近はこの手の妖怪が現世にあふれかえっている」
「こら、真顔でなにを言ってるの、真晴くん」
「え?」
「三崎くん。あれは普通の人間だ。ただちょっとクレーマー気質なだけで。見たことないかい? 税務課の相馬くんだ」
「……先輩?」

 七海さんの呆れ声に、あたしは先輩を仰ぎ見た。けっと吐き捨てて、もじゃもじゃ頭を掻きまわしている。

「妖怪だとでも思わないとやってられねぇ人間が多すぎんだよ」
「先輩」
「いや、嘘だ。訂正する」

 乱暴に自分の椅子を引きながら、先輩が唐突に撤回を宣言した。まともな回答が返ってくるのかと期待できたのは一瞬だったけれど。

「妖怪と一緒にしたら妖怪に失礼だ。最近の人間はクソが多すぎる」
「……」
「やっぱりこの世は最悪だ」

 中学生かよと思ったものの、あたしは乾いた笑みを浮かべて受け流した。きっと、先輩のそういうところは、はるか昔に成長が止まっているんだ。
 七海さんは、それ以上叱るでもなく「やれやれ」と聖人のほほえみを浮かべている。
 この人がこうして甘やかしてるから、先輩がこうなんじゃないかなと思わなくもないが、そんなことも言えるわけがないので、あたしも愛想笑いで席に着いた。
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