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第二章:白狐と初恋

夏祭りへの誘い③

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「その女の子って、どんな子だったんですか?」
「どうだったかな。そういえば、いつも淡い水色の着物を着てたような気もするよ。俺と同い年か、もう少し小さいかくらいの子だったと思うんだけど」
「その子の名前って覚えてないですか?」
「いや、名前は知らないよ。たぶん、あのあたりの家の人のお孫さんが遊びに来てるんだと思ってたんだけど、違うのかな」

 問い重ねるあたしに、静山さんが苦笑いで首を傾げる。
 その姿に、あたしは完全に言葉に詰まってしまった。
 その子とお祭りの日に会う約束をしていませんでしたか、なんて聞けない。覚えてはいても、静山さんにとっては数多ある過去の記憶のひとつでしかないのだ。
 そんな当たり前のことに、今になって気が付いた。

 時の流れが違うというのは、こういうことなのだろうか。大人になれば、子どものころの出来事は過去になる。あたしたちはなんの疑問も覚えないまま忘れていく。それが当たり前だと思っている。
 けれど、神様はそうじゃない。
 薄青色の着物の女の子は大人にならない。静山さんよりも年下なんかじゃない。長い年月を生きた神様は、今もあの姿のまま社で待っている。

「三崎ちゃん?」

 戸惑った声に、あたしは「なんでもないです」と笑った。先輩の言うとおりだった。
 あたしの自己満足だ。だからやめよう。そう決めた瞬間だった。背後から不愛想な声が響いたのは。

「静山」

 はっとして振り返ると、呆れ顔を隠そうともしない先輩が立っていた。つなぎのポケットに両手を突っ込んだ、いつもの反抗期真っ盛りの学生のような態度。
 そのまま近づいてくる先輩に、鈴木さんがすわ修羅場かとそわそわ窺っている。それに気が付いて、あたしは泣きそうになって、笑った。
 本当に、先輩はお人よしだ。

「最上」

 驚いた顔だった静山さんが、あたしを一瞥して頷いた。「そういや、同じ課なんだっけ」

「はい、お世話になってます」
「へぇ、お世話してるんだ」

 からかうようなそれを無視して、先輩がぶすりと口を開く。

「いいからちょっと、黙って付き合え」

 いつものこととはいえ、会話になっていない上に傍若無人すぎる。けれど静山さんは慣れているのか笑っただけだった。

「こう見えても忙しいんだけどなぁ、俺も」
「うるせぇ、知るか。こっちも仕事なんだよ」
「仕事ねぇ。またよくわからないお節介なんだろ」

 軽妙なやりとりに、なんだと少しだけ拍子抜けする。
 なんだ、このふたり同期ということを差し置いても、仲が良かったんじゃないか。

 ――だったら、先輩も教えてくれたらよかったのに。

「ほら、行くぞ」

 勝手に拗ねた気分に陥っていたあたしは、「え?」と目を瞬かせてしまった。

「でも、あの。お忙しい……です、よね?」

 静山さんを見上げると、「特別だよ」と肩をすくめられてしまった。

「仕事なんだよね。まぁ、俺のほうは明日に回してもなんとかならないこともないから。付き合うよ」
「だったら最初からそう言えよ」
「たまにはおまえに恩を売ってもいいかと思って。苑実がおまえはいつも飲み会に顔出さないって心配してたから」
「……」
「納涼会は来いよ」

 つまり、それでチャラだと言ってくれているらしい。
 たしかにあたしは先輩が若手飲み会に参加しているところを見たことはない。静山さんの口ぶりから察するに、同期の飲み会にもまったく参加していないようだ。

 ――すればいいのに。

 女性受けがするかどうかは知らないけど、同性受けはいいみたいなのに。
 それもまた、昔を知るあたしからすると、少し不思議ではあったのだけれど。

「……行けたらな」
「よし、わかった。苑実に言っとく」
「言わなくていいっつの。行けたらって言ってるだろ」
「おまえはこのくらい強引に誘わないと来ないからなぁ。――知ってる? 三崎ちゃん。こいつこう見えて押しに弱いから、ぐいぐい行けば案外誘いに乗ってくれるよ」

 はははと乾いた笑みを浮かべて答えると、げんなりした顔の先輩が、「そいつほどぐいぐい来る人間はいねぇよ」とぼやく。
 どういう意味だ。……って、まぁ、そのままの意味なんだろうけど。
 展開に着いて行けず頭を悩ませている鈴木さんにぺこりと頭を下げてから、あたしはさっさと歩きだしている先輩たちの後を追った。
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