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第一章:ようこそ「あやかしよろず相談課」

ようこそ「あやかしよろず相談課」

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「いや、お疲れ様だったね。最上くんに三崎くん」

 定時をとうに過ぎた時間だったのに、課長も七海さんも残って待っていてくれた。にこにことほほえむ課長の姿に、頬がゆるむ。

「ただいま戻りました」
「おかえり、三崎くん。真晴くんも」

 大変だったみたいだねと七海さんも労をねぎらってくれる。
 変色した服を窺う視線に、あたしは慌てて大丈夫ですと弁明する。大丈夫もクソもないが、心は充足していた。風邪もきっと引かないと思うので、大丈夫だということにしておきたい。

「気を付けてね、風邪引かないように」
「はい、ありがとうございます」
「それで」

 あたしたちを見つめたまま、にこりと七海さんが首を傾げる。

「どうだろう。うちの仕事のこと、ちょっとはわかったかな」
「あ、はい。その、ちょっとは」

 あの場では、底知れぬ高揚感で先輩の言ったことに素直に納得してしまった。でも、改めて市役所という日常に戻ってくると、「あやかし」という単語にファンタジーを感じてしまう。

 ――でも、現実だったんだよなぁ。

 やりとりを見守っていた課長が、おもむろにプレートを手に取った。

「ところで三崎くん。ここの課の名前は覚えてるかな」
「え……よろず相談課ですよね。どこの課からも外れてしまう雑務を引き受ける……」

 よろず相談課と書かれたプレートを手に問いかけられて、戸惑いながらもあたしは答える。その返答の途中で課長の笑みが深くなった。

「正式名称はね、あやかしよろず相談課」

 課長の指先が、よろず相談課の前の妙な空白を指す。たしかにそこには、ほとんど見えない文字で「あやかし」と記されていた。

「……はい?」
「このコンクリートジャングルの現代社会に生きるあやかしたちの雑多な悩みに対応する、この町唯一の相談機関」

 いや、この町、そんなにコンクリートジャングルじゃないですよね、などと半ばどうでもいいことを考えながら、あたしはあぁそうかと得心した。
 あの人、本当に河童だったんだ。

「うちに課せられた大切な役割はね、現代の人間に忘れ去られてしまったあやかしたちと接触し続けることなんだ」

 そして、と課長は優しい顔で続ける。

「彼らと人間のあいだに起こる諍いを調停すること」

 狸のおばあさんと河童のおばあさんがの顔がぐるぐると頭のなかで回り出す。諍いの調停。それが山をきれいにすることだったり、人間が汚した川をきれいにすることであったりしたのだろうか。

「この窓口が、彼らと僕たち人間を繋ぐ最後の砦だ」
「最後の砦……」

 人間が信用に足るかどうか確かめようとしている。そう言った先輩の台詞を思い出す。
 本当の意味では理解できていないかもしれない。けれど、少しはわかった。
 課長から七海さんに視線を移して、そして最後に隣に向ける。その先輩には、ふいと逸らされてしまったけれど。

 あやかしと人間を繋ぐために、どんな電話も断らずに繋いでいく仕事をしている人たち。
 あやかしよろず相談課。
 あたしは改めて課長に視線を戻した。人の好い瞳がにこりと笑む。

「改めてよろしく、三崎くん」

 課長の手がプレートを置いて、あたしに向かって伸ばされる。その手をぎゅっと握って、あたしは「はい」と頷いた。
 ここが、あやかしよろず相談課。
 夢守市役所の墓場だと噂される謎の異動先。そして、あたしの働く場所。

「はい。よろしくお願いします!」

 はじめて足を踏み入れたときとは、まったく違う心持ちで頭を下げる。課長、七海さん、先輩。そして、おばあちゃん。
 あたし、あやかしよろず相談課で、一生懸命がんばっていきます!
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