上 下
62 / 82
春風と北風

19.5:春風と北風 ①

しおりを挟む
 東京に向かう車中、流す音楽は自分の作ったそれと決めている。
 染み付いた春風の習慣のようなものだ。自分がつくったもの以外に興味はないのかと笑われることもあるが、たぶん、あまりないのだと思う。
 自分が生み出したもの以上に自分の感性を刺激するものがあるのであれば、話は変わってくるのだろうが。
 プレイリストのランダム再生が選んだ曲は、学生時代に作ったものだった。多少荒いものの、自分好みのメロディライン。音声も少し乱れている。歌っているのはプロになる前の月子だ。
 この歌を奏でていたころは、月子がいて、海斗がいて、幼馴染みがいた。いつも、すぐ近くに。
 懐かしい曲だな、と思った。



[19.5:春風と北風]



「どうもー。北風でーす。こんにちは」

 レコーディングスタジオに足を踏み入れた春風を見止めた瞬間。挨拶をしようと立ち上がった中途半端な体勢で固まった時東は、なかなかの見ものだった。
 これは帰ったら幼馴染みに報告せねばなるまい。春風は自分が気に入ったものを幼馴染みに報告する習性もあった。ほとんど生まれついてのものである。
 そんなことを考えながら、にこにこと観察すること数十秒。長すぎる間を経て、ようやく時東の顔にぎこちない笑みが浮かんだのだった。


「あの、春、……北……、いや、春」
「春風でも北風でもどっちでもいいけど、春北さんではないからね、俺。とりあえず、お疲れさま。時東くん。なんか一曲目、おもしろいくらい音外してたみたいだったけど、大丈夫?」

 レコーディングを終えるなり一直線ににじり寄ってきた時東に、春風はとりあえずと笑顔と愛想を振りまいた。
 あの似非くさい愛想笑いはどこに捨ててきたのよ、とからかわなかったのは、ひとえに「年下相手に性格の悪い真似をするな」との苦言を頂戴したからである。
 幼馴染みがどう思っているかは知らないが、幼馴染みの言うことは基本的に聞くようにしているのだ。
 神妙な顔を維持した時東が、周囲のスタッフを気にしてか小声で話しかけてくる。

「いや、あの、……春風、さん」
「なぁに?」
「ちょっとだけ、お時間いいですか」

 案外と直球なお誘いに、春風はにこりとほほえんだ。そういえば、月子もそんなことを言っていたなぁ、と思い返しながら。
 酒も入っていたので話半分で聞き流してしまったが、なんと言っていたのだったか。あぁ、そう、そう。案外、あの子、真面目そうで、馬鹿そうだし。だから凛太朗と相性が良いのかもしれないね、だったっけ。なにを言ってるのよ、月ちゃん。凛と相性が一番良いのは後にも先にも俺に決まってるじゃないの。

「いいよ。この後は空いてるし。でも、俺でよかったの?」
「せっかくなので、ぜひ。春風さんとお話したいんです」

 挑発したつもりは、そんなになかったのだけれど。武装しましたと言わんばかりの笑みを張り付けられてしまったので、「わぁ、楽しみだな」なんて。春風は上滑りした台詞を吐くことになった。
 直球で喧嘩を売っているような態度が、どうにも眩しくてしかたがない。
 腹が立つよりも先に「若いなぁ」と思った自分は、たしかにこの子どもよりは年上であるらしかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

伯爵令嬢が婚約破棄され、兄の騎士団長が激怒した。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

婚約破棄られ令嬢がカフェ経営を始めたらなぜか王宮から求婚状が届きました!?

江原里奈
恋愛
【婚約破棄? 慰謝料いただければ喜んで^^ 復縁についてはお断りでございます】 ベルクロン王国の田舎の伯爵令嬢カタリナは突然婚約者フィリップから手紙で婚約破棄されてしまう。ショックのあまり寝込んだのは母親だけで、カタリナはなぜか手紙を踏みつけながらもニヤニヤし始める。なぜなら、婚約破棄されたら相手から慰謝料が入る。それを元手に夢を実現させられるかもしれない……! 実はカタリナには前世の記憶がある。前世、彼女はカフェでバイトをしながら、夜間の製菓学校に通っている苦学生だった。夢のカフェ経営をこの世界で実現するために、カタリナの奮闘がいま始まる! ※カクヨム、ノベルバなど複数サイトに投稿中。  カクヨムコン9最終選考・第4回アイリス異世界ファンタジー大賞最終選考通過! ※ブクマしてくださるとモチベ上がります♪ ※厳格なヒストリカルではなく、縦コミ漫画をイメージしたゆるふわ飯テロ系ロマンスファンタジー。作品内の事象・人間関係はすべてフィクション。法制度等々細かな部分を気にせず、寛大なお気持ちでお楽しみください<(_ _)>

妹に魅了された婚約者の王太子に顔を斬られ追放された公爵令嬢は辺境でスローライフを楽しむ。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。  マクリントック公爵家の長女カチュアは、婚約者だった王太子に斬られ、顔に醜い傷を受けてしまった。王妃の座を狙う妹が王太子を魅了して操っていたのだ。カチュアは顔の傷を治してももらえず、身一つで辺境に追放されてしまった。

継母ができました。弟もできました。弟は父の子ではなくクズ国王の子らしいですが気にしないでください( ´_ゝ`)

てん
恋愛
タイトル詐欺になってしまっています。 転生・悪役令嬢・ざまぁ・婚約破棄すべてなしです。 起承転結すらありません。 普通ならシリアスになってしまうところですが、本作主人公エレン・テオドアールにかかればシリアスさんは長居できません。 ☆顔文字が苦手な方には読みにくいと思います。 ☆スマホで書いていて、作者が長文が読めないので変な改行があります。すみません。 ☆若干無理やりの描写があります。 ☆誤字脱字誤用などお見苦しい点もあると思いますがすみません。 ☆投稿再開しましたが隔日亀更新です。生暖かい目で見守ってください。

自分勝手な側妃を見習えとおっしゃったのですから、わたくしの望む未来を手にすると決めました。

Mayoi
恋愛
国王キングズリーの寵愛を受ける側妃メラニー。 二人から見下される正妃クローディア。 正妃として国王に苦言を呈すれば嫉妬だと言われ、逆に側妃を見習うように言わる始末。 国王であるキングズリーがそう言ったのだからクローディアも決心する。 クローディアは自らの望む未来を手にすべく、密かに手を回す。

処理中です...