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袖振り合うも他生の縁

14:南凛太朗 1月3日21時30分 ②

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「その子は?」
「いや、昔から春風のことが好きなんだよ。報われてねぇけど」
「あぁ、春風さんか。それは納得。職業柄、きれいな顔の人に会う機会は多いけど、それでもやっぱり格好良いと思うもん」
「おまえでもか」

 モデルでも、アイドルでも、俳優でも。きれいな顔の人間など、通話先の男は見慣れているだろうに、と。少し驚いた。
 地元の人間は、格好良いだの、素敵だの、と噂をしているけれど。

「逆に南さんは思わないの?」
「物心つく前から見てる顔だし、そこまでなんとも。昔はそれこそ女みたいだったけど」

 とは言え、だ。見た目に反し、春風の性格は昔からえげつなかった。からかわれると南が引くレベルの仕返しを完遂したくらいである。自分が庇う必要など皆無。むしろ、南は春風を止める側だった。
 そんなことはつゆ知らない母親に、「智治くんはかわいいんだから、一緒に帰ってあげるのよ」と言われるたび、なんとも言えない気持ちになったものである。人は見た目が九割というやつだ。
 つらつらとした思い出語りに、楽しそうに時東が笑う。

「美少女が大きくなったら美青年になる典型的なパターンだよね、それ。俺もそうだったもん」
「なに自分で自分のことを美形だって言ってんだ、おまえは」

 軽口で返したものの、想像は容易かった。時東も十分に整った顔をしている。スポットライトを浴びる「今」が似合う華やかさ。
 月子や海斗にしてもそうだが、人の目を意識する世界にいると、自然とそうなるのだろうか。

「ところで寒くない? まだ駅前にいるの? それとも歩いてる?」

 年上の同性をごく自然と気遣う言動に、南は笑った。
 こういうところに育ちの良さがにじんでいるというか、かわいいというか。

「まだ駅」
「そうなんだ。ちなみに俺はね、控室。出番待ちなんだけど、もうちょっともうちょっとって言いながら、だいぶ押してるっぽいんだよね」
「おつかれ」
「うん、ちょっとね。でも、電話できるのはうれしいかな。寒くはない?」
「うちのほうが寒い」
「たしかに。南さんの家のあたり、外気温低いよね。好きだけど」

 古い田舎の一軒家だからな。苦笑で応じ、自宅を思い浮かべる。
 底冷えのする寒さはあるけれど、それでも。誰かがいたら、マシになるのだ。
 たまらなさを感じる瞬間のある、一人の夜とは違う。

「俺さ。東京のマンションに戻ってからのほうが、なんか寒く感じるんだよね。絶対にマンションのほうがあったかいはずなのに」

 変だよね、と時東が笑う。そうか、と南も静かに笑った。自分も似たようなものだったからだ。

「うん」

 あまりにも素直な調子だったので、なんでなのだろうな、と。南はよくわからない気持ちになった。
 なんで、こういうところばかり変わらないのだろう。
 改札口から流れ出る人波に視線を向ける。
 幼い子どもを連れた若夫婦に、大学生と思しき若者たち。両親が生きていれば同年代だろう初老の夫婦。それぞれに仲の良い様子で通り過ぎていく。
 彼らのうちの誰が、通話相手が「時東はるか」だと思うだろうか。そう考えると、少し非現実的な心地がした。

「お友達の家までは、駅から何分くらいかかるの?」
「歩いて十分ってところだな」
「それはいいところだね、安心だ」
「なにが安心?」

 意図を掴み損ね、南は問い返した。

「いや、その、なんていうかさ。世の中いろんな趣味の人がいるじゃない。男だから安心かというと、そうとも言い切れないご時世なわけで」
「はぁ?」
「だって! そんな馬鹿じゃないの、みたいな声出さなくてもいいじゃん、ひどい!」

 なにをしどろもどろに言っているのかと不審がっているうちに、やけくそ気味に時東が叫んだ。「馬鹿か、こいつ」という呆れは正確に伝わっていたらしい。

「そりゃ、南さんは南さんだけどね。どんな趣味の人がいるのかなんてわからないし。そもそもとして、誰もが顔見知りの南さんの地元とは違うんですよ、東京は」

 いろいろな趣味を持った人間はいるだろうが、自分を選ぶという趣味は最底辺でなかろうか。
 実の親でさえ、そういった類の心配は、かわいすぎる幼馴染みに向けたくらいだ。
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