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袖振り合うも他生の縁
11:南凛太朗 12月22日8時3分 ③
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「あの、南さん」
バイクを止め、ヘルメットを外して近づいてきた時東は、怒られることを待っている子どもそのものの顔をしていた。
吹き出しそうになるのを堪え、なんでもない顔を向ける。
「おはよう、早いな」
「あ、うん。おはよう、ございます」
「家のほう直接行ってくれてよかったのに」
通り道とは言え、わざわざ止まってくれなくても。固い面持ちのままの時東に告げれば、困ったように眉尻が下がる。
「ええと。実は、そんなに長居もできなくて。やっと来るだけの時間はつくれたんだけど、三十分もいられないっていうか」
「おまえ、それ、移動時間分、家で寝てたほうがよかっただろ」
片道二時間弱かかる、とぼやいていたのは、時東本人だ。往復四時間。馬鹿じゃないのか。まじまじと見つめていると、時東がもごもごと口を開いた。
「いや、その。なんていうか。この時期、とにかく忙しくて。あー……、もう、本当にやだ」
「子どもか」
「子どもじゃないから忙しいんだもん。南さんのごはん食べたかった……」
前半と後半の台詞がまるで噛み合っていない。
子どもを通り越し、大型犬が肩を落としているようにしか見えなくなったではないか。絆されていることを自覚しながら、南は応じた。
「いつでも食いに来たらいいだろ。繁忙期が終わったら」
「……いいの?」
「なんで?」
窺うように目を瞬かせた時東に、質問で返す。
年下相手に性格の悪い真似をしているかもしれないが、言葉にしなくてもそのくらいわかればいいのに、と思う。
ずんずんと遠慮のないそぶりで近づくくせに、警戒心が強く、自分周りの壁ばかり分厚いのだからたまらない。
「それとも、なんだ? 向こうで食っても、味がするようになったのか」
「南さんの意地悪」
駄目押しに、神妙だった表情がとうとう崩れた。
冬風に乱された前髪を鬱陶しそうに掻きやって、なってないに決まってるじゃん、と時東が呟く。
「戻ったら絶対一番に南さんに言うし。あー……、もう、本当、無理。南さんのところにいたあいだの食が豊かすぎた」
おかげで前よりきつい、と。しょぼくれた顔で言い募る姿が憐れで、ついつい仏心を出してしまった。
「ちょっと待ってろ」
「え?」
「三十分なら、まだ大丈夫だろ。おにぎりくらい持たせてやるから」
家帰ってから食えよ、と続けても、時東は遠慮なのかなんなのか、よくわからない顔で固まっている。しかたなく南は言い足した。
「梅? 鮭?」
「……えっと、じゃあ、塩!」
ようやく返ってきた欲求に、ひとつ笑って店に入る。
まぁ、べつに、仏心だなんだと大仰なことを言ったけれど、このくらいまったくたいした手間ではない。
開け放ったままの扉を見やって、南は小さく苦笑をこぼした。どうやら、入ってくるつもりはないらしい。
――本当、しかたねぇな、あいつ。
そういうところがかわいいと言えばかわいいのだが。そんなことを考えつつ、手早く準備にかかる。総菜も入れて弁当にしてもよかったのかもしれないが、それはまた戻ってきたときでいいだろう。
アルミホイルで包んだだけの、シンブルな塩にぎりをふたつ。同じ場所に立って待っていた時東に手渡すと、素直にうれしそうな顔を見せた。
「ありがとう、南さん」
「いや、本当にただの塩にぎりなんだけどな」
「ううん、俺、南さんのおにぎり大好き。だって思い出の味だもん」
また、そういう大げさな言い方をする。たしかに、この店ではじめて出してやった食べ物――時東いわくの「ひさしぶりに味がして大変感動した」代物だったかもしれないが、本当にただの塩にぎりである。
にこにことおにぎりを見つめていた時東が、そこでふと真顔に戻った。そうして、神妙に頭を下げる。
バイクを止め、ヘルメットを外して近づいてきた時東は、怒られることを待っている子どもそのものの顔をしていた。
吹き出しそうになるのを堪え、なんでもない顔を向ける。
「おはよう、早いな」
「あ、うん。おはよう、ございます」
「家のほう直接行ってくれてよかったのに」
通り道とは言え、わざわざ止まってくれなくても。固い面持ちのままの時東に告げれば、困ったように眉尻が下がる。
「ええと。実は、そんなに長居もできなくて。やっと来るだけの時間はつくれたんだけど、三十分もいられないっていうか」
「おまえ、それ、移動時間分、家で寝てたほうがよかっただろ」
片道二時間弱かかる、とぼやいていたのは、時東本人だ。往復四時間。馬鹿じゃないのか。まじまじと見つめていると、時東がもごもごと口を開いた。
「いや、その。なんていうか。この時期、とにかく忙しくて。あー……、もう、本当にやだ」
「子どもか」
「子どもじゃないから忙しいんだもん。南さんのごはん食べたかった……」
前半と後半の台詞がまるで噛み合っていない。
子どもを通り越し、大型犬が肩を落としているようにしか見えなくなったではないか。絆されていることを自覚しながら、南は応じた。
「いつでも食いに来たらいいだろ。繁忙期が終わったら」
「……いいの?」
「なんで?」
窺うように目を瞬かせた時東に、質問で返す。
年下相手に性格の悪い真似をしているかもしれないが、言葉にしなくてもそのくらいわかればいいのに、と思う。
ずんずんと遠慮のないそぶりで近づくくせに、警戒心が強く、自分周りの壁ばかり分厚いのだからたまらない。
「それとも、なんだ? 向こうで食っても、味がするようになったのか」
「南さんの意地悪」
駄目押しに、神妙だった表情がとうとう崩れた。
冬風に乱された前髪を鬱陶しそうに掻きやって、なってないに決まってるじゃん、と時東が呟く。
「戻ったら絶対一番に南さんに言うし。あー……、もう、本当、無理。南さんのところにいたあいだの食が豊かすぎた」
おかげで前よりきつい、と。しょぼくれた顔で言い募る姿が憐れで、ついつい仏心を出してしまった。
「ちょっと待ってろ」
「え?」
「三十分なら、まだ大丈夫だろ。おにぎりくらい持たせてやるから」
家帰ってから食えよ、と続けても、時東は遠慮なのかなんなのか、よくわからない顔で固まっている。しかたなく南は言い足した。
「梅? 鮭?」
「……えっと、じゃあ、塩!」
ようやく返ってきた欲求に、ひとつ笑って店に入る。
まぁ、べつに、仏心だなんだと大仰なことを言ったけれど、このくらいまったくたいした手間ではない。
開け放ったままの扉を見やって、南は小さく苦笑をこぼした。どうやら、入ってくるつもりはないらしい。
――本当、しかたねぇな、あいつ。
そういうところがかわいいと言えばかわいいのだが。そんなことを考えつつ、手早く準備にかかる。総菜も入れて弁当にしてもよかったのかもしれないが、それはまた戻ってきたときでいいだろう。
アルミホイルで包んだだけの、シンブルな塩にぎりをふたつ。同じ場所に立って待っていた時東に手渡すと、素直にうれしそうな顔を見せた。
「ありがとう、南さん」
「いや、本当にただの塩にぎりなんだけどな」
「ううん、俺、南さんのおにぎり大好き。だって思い出の味だもん」
また、そういう大げさな言い方をする。たしかに、この店ではじめて出してやった食べ物――時東いわくの「ひさしぶりに味がして大変感動した」代物だったかもしれないが、本当にただの塩にぎりである。
にこにことおにぎりを見つめていた時東が、そこでふと真顔に戻った。そうして、神妙に頭を下げる。
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