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袖振り合うも他生の縁

11:南凛太朗 12月22日8時3分 ①

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「凛ー、月ちゃんと海斗くん出てるよ。見ないの?」

 のんびりとした調子で幼馴染みに呼ばれ、鍋をかけていたコンロをとろ火に落とす。
 丁寧に愛情を込めて作れば、それだけで十分にうまくなる。作り手の思いは届くものなんだ。こんな小さな店だと、なおさらな。技術はもちろんだが、なによりも大事なのは心なんだ。
 カウンターに立ったまま息子に仕事を説いた、十年は昔の父の声。
 店を継ぐ気のなかった南は、いつも軽く聞き流していた。駄賃欲しさに手伝っていただけの子どもだったのだ。
 けれど、もう少ししっかり聞いておけばよかったと思うことがある。

「ふは、すげぇ澄ました顔してる。月ちゃん」

 テレビの中でほほえむ月子を見て、「似合わないねぇ」と春風が笑う。月子が知れば、間違いなく嘆く台詞だ。
 気の毒になぁと内心で苦笑していると、春風がカウンター越しにひょいと鍋を覗き込んだ。

「なに仕込んでんの? またおでん? べつにいいけど、時東くんしばらく来ないんじゃなかったっけ?」
「いや、あいつの好みとか関係ねぇから」
「えー、でも、去年よりおでんが出る回数、増えたと思うけどな」

 手酌で熱燗を決め込みながら、春風はにやにやと笑っている。なんとも懐かしい光景である。
 なにを言い返しても無駄と悟って、小さく溜息を吐くことで南は返事とした。
 それは、まぁ、あれだけ感動した顔で「おいしい」と連呼されたら、多少回数が増えてもしかたがないだろう。
 テレビへと視線を戻した春風の横顔をなんとはなしに見つめ、作業の手を止める。
 懐かしい光景と評したとおりで、閉店後のカウンターは春風の指定席だったのだ。それが最近では時東が座る日が増えたのだから、おかしな縁だと思う。
 同じ町内で生まれ、幼いころからずっと一緒だった春風ならまだしも、東京からわざわざ二時間かけてやってくるのだから。

「お、時東くんもいる。なんか、面白いなぁ、こうやって三人並んでると」
「微妙な顔してんなぁ、あいつ」

 『月と海』の隣。少し距離を置いて立つ時東の顔には、テレビでよく見る似非臭い笑顔が張り付いている。だが。
 覚えた違和感に、思わず首をひねる。その南を一瞥し、春風は目を細めた。

「なんか、それ、ちょっとあれだね」
「なにが?」
「いや、わかんないならいいけど。いや、よくはないか。でも、とにかくあれだな、なんか」
「おまえ、日本語、下手だよな」
「凛に言われたくない。おまえも相当下手だよ」

 お猪口を持ち上げて、春風が唇を尖らせる。かわいいつもりか。

「口数が少ないとか、不器用とか。昔気質とか。無駄に凛に都合の良い言葉があるからって、それに甘えてると碌なことにならな……」

 不意に、春風の声が途切れた。
 小さなブラウン管の中で、真面目な面持ちの時東がズームアップされていく。いつもの軽薄な物言いとは違う、静かな語り口。
 喋り終えた時東が、ゆっくりと一礼する。数秒であるはずのそれが、なんだかどうしようもなく長い感じがした。
 場違いなほど明るいアナウンサーの進行で、画面がステージに切り替わる。『月と海』の新譜。自身が生み出したイントロを聞くともなしに聞いていた春風が、お猪口を傾けながら、

「時東くんも、下手だね、日本語」

 と、言った。




[11:南凛太朗 12月22日8時3分]
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