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縁とは異なもの味なもの

9:時東はるか 12月17日10時18分 ②

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 もし、自分が一般的な人生を歩いていたのならば。ふつうに大学を卒業して、新規採用者として就職をしていたのならば。
 岩見のように年相応の社会人の顔で、きちんと働いていたのだろうか。そんなことを想像してみる。
 たぶん、そうなっていてもおかしくはなかったのだろう。大学在学中にとんとん拍子でデビューが決まった自分はひどく運が良かったのだ。
 子どものころの自分は、なにになりたかったのだったか。もうはっきりとは覚えていないが、ひとりでテレビに出る未来は思い描いていなかったはずだ。少なくとも、五年前までは。

「そういえば、僕、大学生だったころに見たことありますよ、はるかさん。そう思うと、やっぱり同年代ですねぇ」
「俺?」
「えぇ、まぁ、インディーズ時代のはるかさんですけど。僕の連れが、学生時代にバンドを組んでたんですよ。たまに僕もハコに遊びに行っていたので、そこで」

 時東がはじめてバンドを組んだのは、高校一年生のときだった。中学生のころから親しかった少年と、高校に入学して出逢った少女と。
 三人での路上ライブから始まり、ライブハウスにも立った。岩見が見た覚えがあっても不思議はない。昔の話ではあるけれど。

「あの時代は豊作でしたけどねぇ。『月と海』とか。まぁ、あそこもインディーズと今とで、メンバー変わっちゃってますけど。名前も、ですね。そういえば。でも、もともとの名前は忘れちゃったな。はるかさん、覚えてます?」

 ぜんぶ、忘れた。そう口にする代わりに、時東は口元に笑みを刻んだ。

「珍しいね、岩見ちゃんがそんなこと話すの」

 若いわりに気が利いて、対人距離の取り方が時東にとって適切。だから、岩見は「良い」マネージャーだった。

「はは、ただの発破です」

 牽制をものともせず、岩見が呑気に笑う。バックミラー越しに見えたそれに、時東は呆れて力を抜いた。
 そもそもとして、どうでもいいことだ。言い聞かせ、世間話のていで話を振る。

「ちなみに、そのお友達はどうなったの」
「え? あぁ、ふつうにやめましたねぇ。大学の途中で。まぁ、大半がそうですって。趣味に始まって趣味に終わるというか。仕事にできる人たちは一握りで、そこから芽が出て五年生き残れる人はさらに一握りです」

 はるかさんだって知っているでしょうと言わんばかりの口ぶりに、時東は曖昧な笑みを返した。
 一発屋で終わるか、一発すら出せずに終わるか、着実にヒットを重ねていくことができるか。五年目は、もはや新人ではない。ビジュアルだけでいつまでも売っていけるわけもない。そのすべてを、時東は理解しているつもりだ。
 なぜかバラエティで受けたものの、そのキャラ枠だっていつまで堅持できるのかはわからない。とんでもなく移り変わりの激しく、結果がすべての世界だ。
 そんな場所に、気がつけば、ひとりで立っていた。

「岩見ちゃんさ、インディーズのCDとかって持ってた?」
「はるかさんのですか? いや、すみません。押し付けられた友達のバンドのやつしか持ってなかったですねぇ。それも今はどこにあるやらですけど」
「だよね。ごめん、なんでもない」

 それきり、時東は黙り込んで目を閉じた。スタジオまで、あと三十分はかかるだろう。
 岩見の対応がふつうなのだと思う。捨てるタイミングなんて、いくらでもある。それを後生大事に持っているあの人がおかしいのだ。
 今まで、俺のファンだなんてそぶり、一度も見せなかったくせに。
 というか、どこで買ったの、それ。よく知らないけど、ネットオークションとかで高値が付いてるんでしょ。誰だ、売ってるの。それで買ってるの。まぁ、べつにいいんだけど。
 悶々と考えたまま、内心で溜息を吐く。
 それとも、あの当時に買ってくれた誰かだったのだろうか。意図的に忘れることにしたから、当時のことはもう覚えていない。
 けれど、秋口に南を見たことがあると思ったことは覚えていた。そうして、あのドラム。

 ――もしかしなくても、南さんのなんだろうなぁ。

 聞けば、きっと南は答えてくれるのだろうと思う。そういう人だと知ったつもりでいる。
 ただ、時東が聞かなければ、この先もなにも教えてくれないのだろうなと思った。
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