上 下
1 / 82
プロローグ

0:南食堂 11月4日22時24分 ①

しおりを挟む
 関東の片田舎にある南食堂のテレビは、元号が令和に変わった今も、古き良きブラウン管型である。
 口の悪い幼馴染みに「物持ちが良いとか、古いとか、そういうの完全に通り越してるよね。ここまでくると時代の遺産だよね」と評される代物だが、南は気に入っていた。なにせ、自分が幼いころから店に鎮座し続けているのだ。
 常連の爺様方にも懐かしいと好評なので、今のところ買い替える予定はない。まぁ、もちろん、壊れなければ、の話ではあるのだが。
 それにしても、と。南はカウンターの内側から件のテレビへ視線を動かした。客層に合わせて選ぶことの多い情報番組ではない。毎週金曜夜放送の人気バラエティだ。そうして、背景となっているのは、この店である。

 ――なんで、こうなったかな、本当。

 考えれば考えるほど、謎すぎる。人生とはそういうものなのかもしれないが、人の縁というものは本当によくわからない。
 いや、まぁ、テレビが来たのは、俺が取材を了承したからなんだけど。

 食堂をぐるりとおさめたカメラワークが、カウンター席に座る男をアップで捉えていく。いかにも芸能人でございといった、華のある顔。
 カメラが回っていないあいだも愛想良く振る舞っていたけれど、どうにもつまらなさそうに見えたことを南は覚えている。
 カウンター越しに接客をしながら、「隠しきれてねぇぞ、こんな田舎に来たくなかったんですっていう空気」なんてことを考えた記憶があるからだ。
 ついでに、さっさと終わって帰ってくれねぇかなぁ、とも思っていた。だが、その余裕は、にこにこと喋っていた男が黙り込んだことで霧散することになる。
 正に今、テレビ画面に映っている自分だ。
 一口かじったおにぎりと代わる代わるに凝視され、居たたまれなかったことも記憶に新しい。
 愛想笑いを吹き飛ばした真顔が、ずいと身を乗り出す。改めてテレビで見ると、カウンターを挟んでいるとは思えないほど距離が近かった。対人距離近すぎだろ。

「ねぇ、ちょっと、南さん。俺と結婚してくれない?」
「死ね」

 ブラウン管から響く自分の返答とひとりごとが、それはそれはきれいに重なった。勢いよくテレビを消せば、カウンター席から情けない声が上がる。

「ちょ、ちょ、南さん! なんでそんなに冷たいの! 俺だよ? 世間のアイドル、時東はるかのプロポーズだよ?」
「アイドルなのか、おまえ」
「いや、ごめんなさい。違います。ミュージシャンです」
「そのわりにはバラエティばっかり出てるよな」

 べつに見ているわけではないが。南の言葉に時東の顔がぱっと華やいだ。

「見てくれてるの?」
「いや、見てねぇって。というか、俺の部屋、テレビないし」

 自宅の居間にはあるが、つけることはめったとない。稼働しているのは、この「南食堂」の店内だけだ。

「南さんが冷たい」
「そりゃ、おまえは客じゃねぇからな」

 閉店時間は二十一時で、現在時刻が二十二時半。外のガラス戸には「閉店」の札がかかり、のれんも店内に引っ込めてある。
 よって、営業時間を大幅に過ぎて押しかけている上に、メニュー外の有りものの野菜炒めに目を輝かせているこの男は客ではない。

「というか、なんで総集編でまで流すんだ。嫌がらせか。嫌がらせだろ」
「いや、受けが良かったからじゃない? ちなみにね。俺は南さんと一緒にテレビで見れて大満足」

 店に入るなりテレビをつけてくれとごね倒した男は、幸せそうな顔で白米を頬張っている。

「バラエティ企画とか死ねよって思ってたけど、このロケだけは行ってよかった。この町に来てよかった」

 やっぱり思ってたんだな、と呆れつつも、「そうか」とだけ南は相槌を打った。そういう顔してた、と言えば、謎の理論で調子に乗りそうだったからだ。やっぱり南さんは俺のことわかってくれてるんだね、とかなんとか。

「二ヶ月前の俺の決断を俺は褒めたい。だから南さん、俺と結婚」
「するわけがない」

 カメラも回っていないのになにを言い出すか、この男は。
 真顔で空いた茶碗を差し出した時東の軽そうな頭をカウンター越しに叩くと、想像と違わない軽い音がした。
 このチャラついた頭の中には、果たしてなにが詰まっているのだろうか。南凛太朗は考える。
 目つきが悪い。愛想がない。そこまで高身長なわけでもないのに威圧感が半端ない。とりあえずなんか怖い。そう称されること二十六年。第一印象でモテたことは皆無だった。つい二ヶ月前までは。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「僕は病弱なので面倒な政務は全部やってね」と言う婚約者にビンタくらわした私が聖女です

リオール
恋愛
これは聖女が阿呆な婚約者(王太子)との婚約を解消して、惚れた大魔法使い(見た目若いイケメン…年齢は桁が違う)と結ばれるために奮闘する話。 でも周囲は認めてくれないし、婚約者はどこまでも阿呆だし、好きな人は塩対応だし、婚約者はやっぱり阿呆だし(二度言う) はたして聖女は自身の望みを叶えられるのだろうか? それとも聖女として辛い道を選ぶのか? ※筆者注※ 基本、コメディな雰囲気なので、苦手な方はご注意ください。 (たまにシリアスが入ります) 勢いで書き始めて、駆け足で終わってます(汗

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

愚者の園【第二部連載開始しました】

木原あざみ
キャラ文芸
「化け物しかいないビルだけどな。管理してくれるなら一室タダで貸してやる」 それは刑事を辞めたばかりの行平には、魅惑的過ぎる申し出だった。 化け物なんて言葉のあやで、変わり者の先住者が居る程度だろう。 楽観視して請け負った行平だったが、そこは文字通りの「化け物」の巣窟だった! おまけに開業した探偵事務所に転がり込んでくるのも、いわくつきの案件ばかり。 人間の手に負えない不可思議なんて大嫌いだったはずなのに。いつしか行平の過去も巻き込んで、「呪殺屋」や「詐欺師」たちと事件を追いかけることになり……。

マッチョな料理人が送る、異世界のんびり生活。 〜強面、筋骨隆々、とても強い。 でもとっても優しい男が異世界でのんびり暮らすお話〜

かむら
ファンタジー
 身長190センチ、筋骨隆々、彫りの深い強面という見た目をした男、舘野秀治(たてのしゅうじ)は、ある日、目を覚ますと、見知らぬ土地に降り立っていた。  そこは魔物や魔法が存在している異世界で、元の世界に帰る方法も分からず、行く当ても無い秀治は、偶然出会った者達に勧められ、ある冒険者ギルドで働くことになった。  これはそんな秀治と仲間達による、のんびりほのぼのとした異世界生活のお話。

世界でいちばん、近くて遠い

木原あざみ
BL
 関西の田舎町で生まれ育った暎(あき)は、高校を卒業後、地元の市役所に就職した。生まれ育った町が好きだったからだ。  働き始めて三年目の夏、仕事にも慣れ順風満帆な日々を過ごしていた暎の前に、東京の大学に進学して以降音信不通だった幼馴染みの春海(はるみ)が現れる。  高校を卒業する直前に気まずくなり、それきりだった相手。「あきちゃんは変わらんねぇ」とほほえむ春海は、まったく屈託のない調子だった。  大学の夏休み中ずっと滞在すると聞いた暎はますます戸惑うが、嫌いなはずの故郷に戻らざるを得なかった事情を知るにつれ、放っておけなくなり――。  物心ついたときから、一番近くにいた。一番近くにいて、ずっと一緒に生きてきた。なんでも知っていると思っていた。でも、違った。あいつが俺のことを好きだったなんて、俺はなにも知らなかった。 【美形×平凡/幼馴染み/再会もの/方言】

【完結】復讐の館〜私はあなたを待っています〜

リオール
ホラー
愛しています愛しています 私はあなたを愛しています 恨みます呪います憎みます 私は あなたを 許さない

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

愛されない花嫁は初夜を一人で過ごす

リオール
恋愛
「俺はお前を妻と思わないし愛する事もない」  夫となったバジルはそう言って部屋を出て行った。妻となったアルビナは、初夜を一人で過ごすこととなる。  後に夫から聞かされた衝撃の事実。  アルビナは夫への復讐に、静かに心を燃やすのだった。 ※シリアスです。 ※ざまあが行き過ぎ・過剰だといったご意見を頂戴しております。年齢制限は設定しておりませんが、お読みになる場合は自己責任でお願い致します。

処理中です...